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他人と違うことをしたいと言う心理を教えてください

「学ぶ」という言葉は「真似る」から来ているそうです。自分よりも優秀な人の行動を真似することが上達の基本だと考えています。 中学・高校とサッカー部だった僕は、一流選手のビデオや雑誌に掲載されている解説入りの連続写真などを見て真似をしていました。 大学受験の時も就職活動の時も、実際に成功した人の話を参考にしたり、成功した人が書いた本を参考にしました。 大学受験の時は、赤本を購入して、出題傾向に沿った勉強しました。これも成功した先輩や先生の真似だし、彼らから勧められた参考書の暗記にも努めました。 就職してからも優秀な先輩や上司の真似をしています。 空手を始めてからも、優秀な先輩の技やコンビネーションを観て真似をしていました。 写真撮影が趣味ですが、写真雑誌に載っている構図や撮り方を真似しているし、ポスターやチラシで気に入った写真があれば真似をしています。また上手い人の真似をしています。 これは僕だけじゃなくて、僕の廻りにいた人々も同じことをしていました。自分よりも優秀な人の真似をするのは当然だと思っていました。 だから「他人と違うことをしたい」という意見を聞いたときは驚きました。世の中には変わった人がいるなと思いました。 ところがその後も「他人と違うことをしたい」という人々に何人も会いました。僕には全く理解できません。 僕の行動基準は他人から褒められることです。ゴールを決めれば仲間や観客から褒められるし、受験や就職に成功すれば他人から褒められます。仕事でも成績を上げて上司や同僚から褒められたい。勿論褒められるだけじゃなくてお金や信用や人脈を得るにも+です。 それに対して、他人と違うことをして何か得することがありますか? 「他人と違うことをしたい」という人の心理を教えてください。彼らの行動基準は何なのでしょうか?

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>他人と違うことをしたいという人の心理 それは私がやらなくても誰かがやるだろうから私はやらなくていいや これは私がやった方がいいな、是非私がやりたいな、私がやらなかったら誰もやらないだろうしな …こんな感じでしょうか 実は上に書いた内容は、写真でお金を得ている友達がこないだ言ってた言葉なんです 実際の会話は、「骨董品じゃなくても使える皿はジャスコにも売ってるけど、なんで骨董品が好きなの?」と聞いたら「店にある皿を見て、これは私が使うべきだって思う物があるんだ。これは絶対私が引き取るべきだなっていう感覚。ジャスコの皿は使い勝手も良いだろうし、私が買わなくても他の誰かが買って使うよ。だから私が買ったげなくても大丈夫だと思う」という物でした 凡人の私にはとても印象強く、目からウロコな話に感じました 芸術家は普通と違うのではなく、そもそも「普通」を意識してもおらず、ただ「私はこうしたい」という単純な心理で物事を選択しており、ひたすら自分に正直に選んだ結果が少数派に当たってしまう人達なんじゃないかと思います 逆に私などは凡人でありながら「他人と同じ事などしない」ポリシーで生きております 「他人」を意識している時点で小者ですね… しかし何故かやめられないんです ただ、どれも自分なりに考えた結果最も良いと感じる選択には違いないんです 変わり者と言われながら生きておりますこの私の心の内は、短く言えば 「びっくりさせたいな」 だと思います 長いと 「普通ならああするのかなぁ、じゃぁ敢えてもっと考えよう。何か新しい試みを考え出してみんなに見せたい」 だと思います 芸術家は他人などお構いなしなのに対して、小者の行動の全ては誰かに感想を言って貰いたい一心に支配されています 浅はかですよね… しかしどうにもやめられない 「変わってるね」と言われない私など死んでいるのと同じなんです… 淋しがりやで甘えたがりだと思います 『変わってる』選択をして和を乱す事で「しょうがないね、あなたは変わってて」と、容赦してもらえる甘美に常に飢えているという事ですよね >行動基準 結果誰かがかまってくれるかどうか …という事になると思います 我ながら驚きの次元の低さです しかしやめられなそうです… 小さい頃なにか有ったのだろうかと心配になって来ました 長文すいません なんだか考えてる内に、自分の事が本当によ~くわかりました(^^;) ご質問に出会えて良かったです

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 >逆に私などは凡人でありながら「他人と同じ事などしない」ポリシーで生きております 実際の経験者からの書き込みをお待ちしていました。やはり経験者の意見は重みが違います。 >「変わってるね」と言われない私など死んでいるのと同じなんです… これがよくわからなかったのです。僕だったら「優秀だね」「よく勉強してるね」「頼りになる」と言われたいです。ただ >結果誰かがかまってくれるかどうか なるほどと思いました。 学級崩壊などの記事で、他の生徒達が大人しく勉強している授業中に、突然奇声を上げたり、教室の外に飛び出していくのは「誰かに構ってもらいたい」という合図なんですね。 そういえば暴走族も大勢の人がいる街中で走りますものね。 経験談を踏まえた説得力がある回答ありがとうございました。

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  • 回答No.14
  • poyo3
  • ベストアンサー率30% (259/855)

誤解をされたようなのであえて余計とは思い釈明させていただきます。 私が述べたかった対象は暴走族やオタクの良否ではなくあくまで人間として十分な成長が出来なかった、それを阻害された人間がどうであるかという主にマイナス動機に支配された人間の心理面に対する個人的な見解です。前前回頂いた回答からそういう人間を対象に限定して述べてきたつもりです。 ただそういう人間がその方面に傾倒しやすいのも事実ではないかと思います。その為他の人たちの扱いが同じにされている部分があるのは否めないと思いますがそこは間違いであると断言していいと思います。 ですから暴走族が全てが同情の余地の無い人間か?といえばそうはいいません。もし余地がないのなら片っ端から捕まえて処分すればいい話しです。オタクも同様。問題の人間であるならば印でもつけてマークしておけばいいです。そういう人間が全て犯罪者予備軍のように言うつもりはありません。 ですから述べた対象が全て該当すると思われるような誤解をされたのならそこはお詫びします。 余計ついでの戯言と思っていただければいいですが人は集まっているから集団だからとか表面だけで人は見ないで下さい。現象面は同じでもそこにあるものはさまざまです。今の日本の問題も表面だけで解釈しようとするから何時までたっても問題の解決が無いのではないかと思います。言いたかったのはその辺です。本来の質問の内容も同じことを言っていても決して同じ理由でも無いわけです。そこにある真理を捉える事が大事なのだと思います。人間はどうしても形や行動に惑わされます。本当の意図がつかめない事もあります。ただその背後にはもっと重要な本質があるということを知って欲しいと思ったわけです。 どこか外側で人を理解しようとしているのではないか?そんな感じを質問から受けましたのでその辺を伝えたかったつもりですがうまくまとめられずかえって誤解を招いてしまったようですね。 質問の回答とは異なりますが不快な思いをさせてしまった事お詫びいたします。

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質問者からのお礼

他人を説得する方法には2通りあると思います。 1つが「経験」によって説得する。もう一つは「理論」によって説得する。 Poyo3は長々と書いているけど、根拠となる経験も理論もないから説得力が全くない。 前回もそうだったけど、今回も同じです。 >ただそういう人間がその方面に傾倒しやすいのも事実ではないかと思います。 >その為他の人たちの扱いが同じにされている部分があるのは否めないと思います つねに「自分は○○だと思う」と頭の中に浮かんだことを書いているだけです。ただ自分の頭の中に浮かんだことを言うだけなら幼児でもできるのですよ。 暴走族が…・(妄想)、オタクが…(これも妄想)、独裁国家の人間が…(これも妄想)、その内容も類型的で、なんだか雑誌や新聞に書いてあることをそのまま書き写しているみたいです。 経験による根拠も理屈による根拠も提示できず、突然、真理とか本質とか言われても説得力を感じません。

質問者からの補足

回答してくださった全ての人に、ありがとうございました。 サッカーの試合でゴールを決めた僕に仲間達が歓喜の表情で駆け寄ってくる。この瞬間のために苦しい練習に耐えることが出来た。たとえゴールを決められなくても、「お前が一生懸命ボールを追ってパスを繋げてくれたから勝てた」と言われたときも嬉しかった。 他人から褒められるのが嬉しくって仕方がない。 そのために自分の個性を殺して、なにをしたら褒められるかを考えてきました。他人に注目されて褒められたいから自分がやりたいことを我慢してきたのです。 当然「他人と違うことをやりたい」という人の気持ちが理解できなかった。僕が経営する会社にも時々そう言う人が来ることがあります。叱っても褒めても動じない。常にマイペースで周囲に合わせようとしない。 本を読むと「劣等感や社会格差が原因で虚勢を張っているからだ」と書いてあるけど、実物を見ると彼らから劣等感を感じない。実力がないのにむしろ優越感さえ感じる。あれほど自己評価が高い人たちが存在することが理解できないし、本に書いてあることと実像がかけ離れすぎている。ということで理解に苦しんで質問しました。 僕自身は、「彼らは社会や周囲の人間関係に興味がないからじゃないか」という仮説を立てていました。だから7番のsaya_suke様の回答には目から鱗が落ちる思いです。 そうか彼らは「廻りから注目されたい」から他人と違うことをするのですね。そういう考え方もあったんのですね。 とても新鮮な意見だし、経験者が語るだけあって説得力がある素晴らしい回答です。今回質問をして本当に良かったと思います。 saya_suke様の回答とは全く正反対だけど、10番のMusaffah様の意見 >行動基準は全て彼らの「心の中」であり、「心の外」に彼らの基準がないのです。 にもなるほどと思いました。

  • 回答No.13
  • poyo3
  • ベストアンサー率30% (259/855)

せっかくですので補足の補足です。少々本題とはずれてしまいますが暴走族の人たちの解釈として確かにそういった劣等感や反抗心がないように感じるかもしれませんが何故そう見えるのかといえばそれはそういう組織としてあるからではないかと思います。自分だけでなく同じような人間が集まり一つの社会とは別の社会を作る。自分には実際の社会ではみ出してもその社会では普通。むしろ一般社会では非難の対象となるものがその社会では逆にそれこそ英雄扱いされる。蔑まれた社会とは価値観が180度異なるわけですからそこにいる限りにおいて劣等感はないでしょう。組織内においては当然反抗心もないでしょう。組織そのものが反抗心みたいなものでしょうから個人としてはないように見えるのでしょう。 また上下関係が厳しくなるのはやはりどこかに幼児的な関係、上下、支配と従属、つまりは親と子の関係ができるからでしょう。劣等感をもつと誰かに保護されたい思いが出るでしょう。そこへ親分、兄貴分という保護者がいれば心理的不安は減るでしょう。そうすれば心理的にも安定するから劣等感のようなものはない。支配するほうも支配する事で力を感じるそういう相互作用もあるのではないかと思います。 ですから保護を受けて安心できるような人であれば使いやすいでしょう。適度な支配があったほうが楽な場合もあります。(独裁国家の人間が食事さえできればこの国がいいというのと似たような感じでしょうか) ですから劣等である事と劣等感を持つことは必ずしも同じではないのです。 しかし思うに彼らに無いのは個としての自分ではないかと。もともと自分が希薄なのを集団に属しそこに埋没する事で自分の希薄さから逃れているような事もあるでしょう。それぞれが独立した人間ではなくそれぞれのツッパリ合いで支えあう共依存のような関係で成り立っているのではないかと考えます。なのでどこか無責任。言う事は兄貴が・・誰々が・・・自分がが無いのではないでしょうか? やっている事が楽しいのではなく、みんなでわいわい出来る。それが楽しいのでしょう。受け入れてもらえるところがある、それがうれしいのでしょう。本当のところはやはり自分のなかの無力感への抵抗があるのではないかと思います。 ついでに青少年の犯罪は反抗心というよりは甘えや自己承認の要求でしょう。自分を認めてくれという叫びではないかと思います。 さらについでにオタクは基本的に先ほどの人とは本質的に変わらないのでしょう。ただ所属できる集団がない。だから自分を守る為に自分の中に架空の社会を作りそこで主役になる。そうすれば世間の価値観や批判にさらされずにすむ。ただ現実の位置的には確かに暴走族の方々のほうがある意味リアルに接しているわけですから現実の仕事をするにはそちらのほうが使いやすいのかもしれません。(仕事内容によりますけど) あとは個人的にですがその人間が劣等感を持っているか反抗心があるかはなかなか見抜きにくいのではないかと思います。(反抗心はわかりやすいとは思いますが)実際に仕事で成功していても劣等感の塊みたいなひとはいます。某有名企業でずばぬけて優秀といわれてもその本質には劣等感からのマイナスの動機を原動力に仕事をしている人がいます。そういう人の中には外面はやたらといい人もいます。(というより多いでしょう) ですから表向き劣等感を感じなくても違う仕事がしたいということは何がしか今の仕事には満足しないのでしょうが。ただどのように違う仕事をしたいのかを見極めればほんとうは何がしたいのかがわかるのではないでしょうか?自分はもっと力があるこんな仕事は役不足だとうぬぼれているのか、それともやはり今の現実を意認めたくない言い訳としてそういっているのか。 あとは存在への不安でしょうか。自己の不安さから人とは違う自分だけを求めているのかもしれませんね。自分にしか出来ない自分だからできるこれが自分だというものを欲しているのかもしれません。 社会の一員として埋没していく自分に意味を見出したいのかもしれませんね。(人間は何のために存在するのかという問いに追われているのかもしれません。) 本当に何を欲しているかはその人その人で違うでしょうから一概にこれと決め付けるのは難しいかもしれませんね。ただ根っこの部分はやはり似たようなものではないかと思いますけど。その人が何をしたいかは言動の一致具合でわかりそうですけどね。余談になりましたがとりあえず回答の個人的見解としての補足です。

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質問者からのお礼

ここは議論をするサイトではないので、コメントを控えようと思いましたが、折角書いてくれたのでコメントします。 非常に類型的な回答をする人ですね。平均的な日本人、典型的な大衆というのはpoyo3さんなのではないかと思ってしまいました。 ・暴走族には反抗心もなければ個性もない ・青少年犯罪は自分を認めて欲しいという心の叫び ・独裁国家の人間は食事さえ出来ればこの国がよいと言う ・オタクには所属する集団がない 紋切り型の見解が並んでいますが、本当にそうなのですか? 独裁国家の人間は・・・、実際に貴方はどの独裁国家の人と話をしたのですか?出稼ぎのイラク人は「食事さえ出来ればフセイン独裁が良い」とでも言ったのですか?オタク同士がサークルを作って同人誌即売会に出店したり、オタク専用のサイトがあって同好者を募集していたり、アイドルユニットを作ってライブに出演している現実をどう説明するのですか?

  • 回答No.12

再度No.10 です。 なるほど、質問内容の趣旨がようやく分かりました。 >つまり上達する人とは心構えが180度違うのです。 上達したい、成功したい、貢献したい、他人から褒められたいという意識が全く感じられない。 >このような発想というのは僕には判りません。だから彼らの心理を知りたいのです。 それなら答えは簡単です。No.10でも書きましたが、 >ただ単に「他人と違うことをしたい」というだけなら、単なる我侭ですから。そうなると彼らの行動基準は全て彼らの「心の中」にしかありません。 それがずばりです。 要するに理解できる人にしか理解できない話なんですよ。 何故かと言うと、行動基準は全て彼らの「心の中」であり、「心の外」に彼らの基準がないのです。 それを理解するのは相当至難の業ですよ。 逆に自分がかなり頭を軟らかくして、相手の側に立って、見下すようなことなく接すれば、もしかしたら理解できるかもしれません。 向上心がない。何故か? 「自分の"我"を貫きたい。」 「自分が興味あるもの以外に対して欲がない。」 「それらしくやって給料もらえて、生活できさえすればいいじゃん。」 「別に他人に認めてもらう必要ないじゃん。何故褒められるようなことしなきゃいけない訳?それって義務?」 「何かこの会社さぁ、あ~しろこ~しろと色々俺がやろうとすることにいちいち注文つけんのよ。何か締め付けられてるようで息苦しいんだけど。」 このような発想の持ち主に対して、貴方はどのように接していけますか?その人の考えを理解できますか? ボルテール(が言ったと誰かが言い出したらしい)の言葉「わたしは君の意見には反対だが、その意見を言う権利は死んでも守る」(みたいな雰囲気)は御存知ですよね。 結びとして。 彼らの行動基準は「彼らの心の中」にしかありません。その彼らの行動基準を理解できるかどうか?それは貴方がどこまで彼らの「心の中」を理解・納得できるかにかかっていますよ。 P.S. 「『守・破・離』の話」「マズロー理論」という言葉は初めて聞きました。 私はそんなの理屈じゃなく、常識だと思ってました・・・・。 そうやって何もかも理論化・体系化されてるんですね? 人間(特に西洋文化圏の人達)は、全てのものに対して何らかの「体系」をつけたがりますよね? それに対し東洋では「おばぁちゃんの知恵袋」みたいに「理由や原理なんてどうでもいいんよ」みたいな風潮が若干ですがまだ残ってますよね。 (書いて見てよく考えたらどうでもいい話でしたね。すいません。)

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質問者からのお礼

三浦展さんが書いてベストセラーにもなった「下流階級」に書かれていたことのような回答ありがとうございます。 11番の回答者povo3さんの回答は類型的な一般意識であり平均的な日本人の感覚を表していると思うのですが、現実的にはMusaffahさんの回答は近いと思われます。 「他人と同じことをしたくない」と主張する人々に共通して感じるのは、劣等感ではなくて優越感、それも絶対的な優越感です。 「俺は天才だ」「俺様サイコー」 だから他人から学ぼうとしないし、逆に「誰でも知っている当たり前のこと」を特別な知識として周りの人に見せびらかそうとしたり、周りの人を過小評価する傾向があります。 その心理がどこから来るのか知って対策を立てたかったのです。 >行動基準は全て彼らの「心の中」であり、「心の外」に彼らの基準がないのです。 なるほど、そう考えると全て理解できますね。 ・部活でレギュラー獲得、試合で活躍して勝利に貢献 ・希望大学に合格、資格も取得、希望会社に就職 ・仕事では研究成果或いは営業成績をあげて、出世そして昇級 ・趣味ではコンテストに応募して入賞など そういった外的な要因に行動原理を求める僕や僕の廻りにいた人間にとって、理解不能な存在です。 実は困っていたのです。「他人と同じことをしたくない」という人を雇ってしまうとコントロールが効かない。出世にも昇級にも興味を示さないし、規則を作っても平然と破ってしまう。どうしたらよいか途方に暮れていました。 ちなみに現在私が経営する会社の人事採用は学歴優先に切り替えています。これは正解となりますね。自分の心の中に行動基準がある人よりも、○○大学合格という外部に行動基準がある人の方がコントロールしやすいのですから。

質問者からの補足

文字制限により御礼の部分に書けなかったので、補足内容を利用させていただきます。 追記の部分も大変興味深いです。 >人間(特に西洋文化圏の人達)は、全てのものに対して何らかの「体系」をつけたがりますよね? これは大変新鮮でした。今まで逆のことを聞いていたからです。日本を訪れた外国人に対して、剣道や空手には様々な流派があってそれぞれが独自に体型づけられていると説明すると「日本人は体型付けが好きなんですね」と驚かれるからです(外国人に武道の話は喜ばれます) 守・破・離については、武道をやっていた人ならすぐに判ると思う。また歌舞伎や狂言などの伝統芸能の世界でも行われていることです。簡単に言うと「徹底的に型にはめろ、型にはまった人間だけが新しい世界を切り開くことが出来る」 歌舞伎役者や狂言師がテレビの時代劇は勿論、現代劇やシェークスピア劇でも活躍しているのは徹底的に基礎をたたき込まれたから、他の分野でも応用が利くからでしょう。僕は守・破・離を気に入っているけど、現在の日本では廃れているようです。 >私はそんなの理屈じゃなく、常識だと思ってました・・・・。 そうなんですか?どちらにお住まいの方なのでしょうか? 僕が読んでいる新聞や雑誌、テレビ番組では、「個性を尊重しよう。小学校中学校でも生徒の個性を尊重した授業が必要だ」という意見が優勢で、「子供に個性なんていらないんだよ。小学校中学校高校では徹底的に型にはめる授業を行った方がよい」という意見は聞かないのです。日本人は「個性」という言葉が大好きですよね? マズロー理論については心理学・経営学は勿論、企業のビジネス教育でも頻繁に登場します。性欲を行動基準とするフロイトの心理学、権力欲を行動基準とするアードラーの心理学よりも、ずっと馴染みやすいのですが、先日このサイトで質問したら否定されてしまいました。 http://okwave.jp/qa4395429.html

  • 回答No.11
  • poyo3
  • ベストアンサー率30% (259/855)

そういう次元の話しですか。それならそこに限定しますが何故他人と違う事をしたいのか?それは先にも書きましたように同じでは自分の自尊心が満足しない。これでは納得しないでしょうからもう少し詳しく説明します。あくまで私見ですので御了承。 彼らの中にある本質的な部分は不安、劣等感、無力感なのでしょう。当然自信の欠如、自己不在・自己の希薄さといった事もおきるでしょう。 ではなぜそうなるのか?それは恐らく自分の存在を認めてこられなかったからでしょう。自分が認めてもらえない、承認が得られないとなると自分自身に存在に不安になりまた無力になっていくでしょう。誰かに認めてもらえなければ自信も育ちませんし自我・自己も成長はしません。 そうした心理的未成熟なまま成長すれば人は誰かの承認や賞賛を求めるようになります。希薄な自己は何とかして自分の存在を認めさせようとなるでしょう。そんな人が人と同じではどうでしょう?何とか認めて欲しい賞賛がほしいと思っている人が同じでは自分を認めてもらえない、注目してもらえないでしょう。 そいうするとなら何か努力して認めてもらえばいいでは?と思うでしょう。それが出来ないから(自信もないし)何か奇抜な方法、つまりは人と違う事で注目を引くと同時に自分の存在を内外に示そうとするのだと思います。 わかり易くいうと不良のお兄さんが髪を染めて、変形学生服着て単車乗り回しているようなもんです。 人は段階を追って成長しますので途中を抜かして十分に成長してこないと何時までもそれに固執してしまいます。たとえ社会人になってもその欲求の補完のために走り回る事になるのでしょう。 誰かのまねをして成功しても(所詮)そのひとがいたから出来た。自分の力ではないという無力感から完全に逃れる事はできないのです。あくまで自分で手に入れたと思うことで自分には力があると思い込みたいのです。 そんなことより成功して認められたほうがいいでしょ? 成功してもほめられる事は知れてますし、成功の意味が異なります。あくまで喝采を浴びるくらいの賞賛出なければならないわけです。問題はもう一つ失敗した時の事です。人が既に行った事をもし失敗したらどうでしょう?誰かが成功した方法で自分が失敗すれば劣等感や無力感に苦しんでいる人間であれば相当なダメージになるでしょう。全く新しい方法であれば仮に失敗しても自分の中では言い訳は出来ます。なので最初からそれを否定にかかるわけです。仕事であれば先輩にたいしそれは間違っているとはいえないでしょう。なので違う事をやりたいと。違う事であれば比較される事もないし他に同じ事をする人がいなければ順番が付きませんから劣等感を感じる事も無い。競争の少ないところへ傾倒しがちになるわけです。自分しかいないところへ。学生のマニアックな話しの例も同じ事ではないかと思います。自分が競争を避け優位な立場に立てることを探していけば行く先はマニアックな領域でしょう。そしてそれを人に押し付ける。反発があっても引けば自分の非を認めることになるでしょうからあくまで自分を押し通そうとする。それだけ自分に対する劣等感や無力感が強い現れでしょうか。 大学卒の方々はある程度自分があり会社をひっぱっている。つまりはそこで自己実現が出来ている。だから別に不満はない。だから違う事をしようとも言わない。自分らしくとも言わない。そこで働く事が自分らしい生き方だから。 人間には承認の欲求がありますからそれは社会において自己実現するよりももっと切実な自己にたいする欲求であるといってもいいのではないかと思います。(優先度が違うというか彼らの場合は存在の承認というか社会的承認とはまた異なるかな)自分中に穴が開いているような人が人に対して何かできる事はありません。なので常にそれが常に行動の基準といってもいいのではないかと思います。 ただそれを安易な方法で求めすぎるのでしょう。自分は何もせず傷つくことは避け、人からは認めて欲しい。 このような状況は一体何か?このような状態は幼児の関係です。自分の好きな事して何でも母親が許してくれて無条件に自分を受け入れてくれる。そういう関係を望んでいるのでしょう。(それが彼らの満たされない欲求なのでしょう)一言で言えば甘えた人間ということなのでしょうが。 甘えた人間は体裁やプライドにこだわりますから。 現実を認めないのもその辺でしょうか。「俺は社会の歯車にはならない」と言っている人たちと同じです。(フリーターの方にもそういう方がいるのでは?) 実際は不安で会社にいても存在感がなく能力も無いから無力感に苦しむ。結果現実を否認し偽りの自尊心にしがみついて自分の心理的安定を保とうとしているのでしょう。 それが変なプライドの実態ではないかと思います。 ですからそんな人と自己実現しようとしている人が同じプロジェクトを行えばどうなるでしょう?自己実現している人は自分の中で自己が確立していますのであくまで自己実現としての成功が欲求としてある。 プロジェクトの遂行が全てであるから当然効率を優先するでしょう。どうすれば少ない費用で最大限の効果をあげるか?と たいして承認欲求の強い人間はプロジェクトの遂行よりもそのプロジェクトを通してどうしたら自分の心理的欲求を補完できるかを考えて行動するでしょう。そうなればまずは自分が主導的な立場でありたい。つまりは他を一切を否定する。自分の都合を押し通す。となります。 彼らにとってはその方法が最善であるとか効率がいいとか正しい、間違っているは問題では無いのです。そもそも目的が違うわけですから。 当然自分都合を押し通そうとするからわがままですよね。 彼らはマスローの言う欠乏動機による人たちで成長動機による人とは当然異なってくるのではないかと思います。 ですから違う事をしたいというのもある意味現実の否認なのでしょうね。今の自分を認めたくない。本当はもっと実力がある、自分は特別な存在だと根拠の無い自信や偽りの自尊心で固めないと生きられない人たちなのではないかと思います。ですから本当に何か別のことがしたいわけではないのです。だから努力もしない。今のままの自分で人から認められたい。自分の力を見せたい。そんな都合のいいことは起きませんから周りをゆがめる。他人が作ったルールなど彼らの目的からすれば無意味な事です。もともと自分(の欲求を満たす事)にしか興味が無いわけですから。 「他人と違う事をしたい」つまり「自分に合った仕事をもってきて」「会社の歯車にはなりたくない」と同義ともいえるかもしれません。でも給料は欲しい。 そんな人たちを自分と同じ感覚で見ていると理解はできないでしょう。 ちょうど海外で現地人を使って仕事をするようなものではないでしょうか? ただ本当の意味で自分にしか出来ない仕事をしたいという人もいますので。違いは行動があるかどうかでしょうか。本当にやる人は行動します。理屈や御託を並べる人はあなたが悩む人たちでしょう。 ながながと書きましたが取り留めの無い内容になりうまくまとまっていませんが言わんとするところが伝われば幸いです。(十分ではないですけど) またあなたが期待する回答であればいいですがあくまで私見としてですので参考までに。

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質問者からのお礼

長文の回答ありがとうございました。 いくつかの指摘をすると、 >わかり易くいうと不良のお兄さんが髪を染めて、変形学生服着て単車乗り回しているようなもんです。 暴走族の人たちは、考え方が保守的で女性蔑視的で好きではありませんが、コミュニケーションスキルはむしろ高いです。彼らの話を聞くと上下関係が厳しいようで、序列を無視して仲間内で目立つことをしないそうなんです。仕事をする分にはむしろ使いやすいです。協調性があります。当然ですよね?今までずっと団体行動をしてきた人たちなのですから。むしろ使いづらいのは「オタク」と呼ばれている人たちです。 それ以外については、回答として筋が通っていますし、僕自身これと同じ答えが最初に返ってくると予想していました。ただ本当かな?という疑問はあります。 新聞や雑誌の記事で、青少年の犯罪、ふてくされた態度を「実力不足・劣等感から来る社会への反抗」と捉えたものは多くあります。ところが実際に暴走族の人(元メンバー)から聞いた話は全く違うのです。 「やっぱ、仲間とつるんで走るのは楽しいじゃん」 「人を殴ったり、恐喝するのも楽しいし、やっぱりお金があると嬉しい」 「廻りの奴らの怯えている表情を見るのって、気持ちいいでしょ」 その是非はともかくとして、劣等感や反抗心というのは全く感じませんでした(複数の人から聞いた感想です) これと同じで現実にいる「他人と違うことをしたい」という人の意見や行動を観察しても、劣等感や反抗心というものを感じませんでした。 だから今回の僕の質問「他人と違うことをしたいという人の心理を教えてください」に対して、「実力不足による劣等感の裏返し」というのは多くの人が真っ先に浮かぶことだと思うのですが、本当のところはどうなのだろうという疑問を感じているのです。 だから「俺も他人と違うことをしたいと考えている。その理由はこうだ」という意見を集めたいのです。

  • 回答No.10

「他人と違うことをしたい」と思っている一般市民です。 だって「俺は俺だ。他の誰でもない!」と思うのは当然のことだと思います。 しかし私の場合は、質問者さんが考えている「他人と違うことをしたい」とは違います。 私も今では会社員(エンジニア)として、学生の時から「何をするにしても最初は必ず習う・学ぶ・真似する」をモットーとしています。この3原則無しでは何も出来ないと思っています。 例え「俺は我流でいく!」といっている人がいても、参考本・専門書を読んだりしているはずです。それはその本の作者の手法を「学ぶ」ことになります。ですから完全な「我流」は有り得ないと私は思っています。 その観点からいくと、私の場合は「他人と違うことをしたい」というよりも「自分流の方法でやっていきたい」というほうが正しい表現だと思います。 私が「他の人とは違うことをしたい」と言う場合は、上述した3原則を用いて「内容を理解・把握できた」次のステップとして「自分流のやり方というのを考えてみたい」という意味で使います。 コピーだオリジナルだ何ていうのは関係ありません。「自分流のやり方」を確立させるためには上述の3原則が必須であることは当然のことだと思います。 「他の人とは違うことをしたい」という人の、その場の状況にもよりますが、要は自分流のやり方でいきたいというだけだと思いますよ。 ただ「3原則」を実施するかしないかだけでも、意味が全然違ってくると思います。 ただ単に「他人と違うことをしたい」というだけなら、単なる我侭ですから。そうなると彼らの行動基準は全て彼らの「心の中」にしかありません。 私も職場に部下がいますが、部下に最初に必ず言うことは「私のやり方を真似なさい。それ以外でのやり方は認めません。」です。 そして、部下が大体慣れてきたな?と判断した時に「そろそろ自分流のやり方ってのがついたんじゃないか?」と質問します。すると大体「はい!」と言ってきます。 誰しも必ず自分が一番やり安い手段というものを持っているはずです。世の中十人十色です。 当然守らなければいけないルール(規定・手順・法規 etc..)があるのは大前提といううえで、その範囲内で、自分のやり方でやってみなさいと私は部下に教えています。 話が段々離れていっているような気がしますね。すいません。 他の人の質問や補足・回答とかを見ながら書いていたので、文章に統一性がなくなってますね?^^; ま、簡単に言うと「自分流でやりたい」ということですわ。 後はその言葉に対する本人の「認識・思想・見解」の違いで、単純な我侭なのか、基礎的なことを見につけた上で言っているのかが違ってくると思いますよ。 こんな文章、回答になってますかね?

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質問者からのお礼

これは有名な「守・破・離」の話ですね。 国民の間で広く流布されている「マズロー理論」や「守・破・離」なら僕も知っています。ただし今回は、それとは全く違う事例の質問です。 プロの試合を観ていて、「この選手は僕と体格が似てるからプレーを真似しよう」、「今のコンビネーションは使えそうだから早速練習しよう」そういった見よう見真似する人は多いと思います。(トヨタカップのテレビ中継があると地方の中学校のサッカー部でも真似が流行ります) 仕事でも同じで、優秀な人が一人いると周りの人が真似をして全体の能力が上がっていくことが多くあります。 6番の回答者への御礼で書いた僕が以前勤めてていた研究所の人たちは、これが非常に上手かった。教えられたことを覚えるのが早いだけではなくて、見よう見まねで他人の能力をコピーすることが非常に上手かった。上達したい、成功したい、貢献したい、他人から褒められたい、そのためには謙虚に他人の良いところを採り入れるぞという意識を強く感じました。 私の会社でも同じことをやっています。新人の上に優秀な先輩社員をつける。そうするとほとんどの新人達は、優秀な先輩のやり方を真似て能力を高めていく。社長である僕自身も「他人の良いところは真似しなさい」と勧めています。 ところが稀にいくらたっても上達しない人がいます。電話応対は上手くならない、まともな報告書を書けない、段取りも出来ない。だから結局雑用しかやらせることができない。 最初は「こいつ馬鹿なんだろう」と僕は思いました。ところが話を聞いてみると意外なことを言います。「他人と同じことをやりたくない」「他人と違うことをやりたい」 つまり上達する人とは心構えが180度違うのです。 上達したい、成功したい、貢献したい、他人から褒められたいという意識が全く感じられない。 このような発想というのは僕には判りません。だから彼らの心理を知りたいのです。

  • 回答No.9

世の中いろんな人がいるから面白いのですよ。 貴方は人生楽しんでいますか。 人がそれで楽しいのならいいじゃないですか。 みんな貴方とは考え方が違うのです。 なぜ社員教育等をしないのですか。 マニュアルよりお金を優先しているのですか。 貴方と同じ考えの人ばかりならみんな起業していますよ。 社員なんていなくなりますよ。 貴方の知識を盗み独立していきますよ。 貴方が手本ならあなた以上にはならないかもしれませんが。 みんな目標は違いますし、満足度も違います。 欲が少ない人も沢山いますよ。 金持ちになれると思っていない人や働かなくても裕福な人、人に使われるのが嫌な人、いつも楽しんでいたい人。 私の知人にもいますが、意見が新鮮で時には参考になりますよ。 このタイプの人は人の意見はあまり聞かない(信用しない)と思います。 自分の経験で生きているのではないでしょうか。 楽しんで生きているのですよ。

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質問者からのお礼

「他人と違うことをしたいという人の心理を教えてください」と言う質問に対して、「世の中いろんな人がいる」では回答になっていませんよ。集団の中に一人だけ極端に能力が低く上達しようという意識がない人がいたら迷惑ですよ。 >貴方は人生楽しんでいますか。 質問でも書いたとおり、他人に褒められたり感謝されると嬉しいし楽しいです。 >なぜ社員教育等をしないのですか。 どのような根拠から我が社では社員教育をしていないと判断されたのか判りませんが、社員教育はしていますよ。 >マニュアルよりお金を優先しているのですか。 当然でしょう。お金がなかったら従業員に給料を払えないし、設備投資もできません。それに生産管理論、財務管理論、マーケッティング論などで登場するマニュアルは、すべてお金儲けの手段に過ぎないのですよ。 >貴方と同じ考えの人ばかりならみんな起業していますよ。 そんな馬鹿な! 僕の仲間の中には、官僚になった者、学者になった者、教師になった者、ジャーナリストになった者など色々いますよ。 >社員なんていなくなりますよ。 研究所勤務時代の仲間は今でも研究所で働いていますよ。 考えても見てください。研究を天職だと思っている人にとって、独立して小さな会社を作るよりも、大会社や一流大学の研究所、或いは国立の研究機関に勤務していた方が、予算面でも人脈面でも有利ですね。 色々な人がいると言うことが判っているのなら、類型的に考えるのは止めましょうよ。

  • 回答No.8
noname#152554
noname#152554

お早う御座います。 No.3 の回答者です。 >「他人と同じことをしたくない」と発言した人々にはいくつかの共通点があって、まず能力が低いこと、そして我が儘ということです ↑ この一文は、質問文には書かれて無かったですね? >「能力が低い」 >「我が儘」 この2点を取っても、大成する天才肌とは思えません。 単なる「ひねくれ者」ですね。 私が書いた、 >「人の真似からスタートじゃなく【独学】で作り出して行きたい」 と言うような人。 このような人は、「真似る」段階の基礎の部分は、能力が高いから既に身に付いてる、(天才肌だから)練習しなくとも出来ると言う意味です。 >基本的なドリブルやパスなら、練習しなくても出来る。 >(好きな画家の)絵の模写なら、練習しなくても出来る。 と言う高いレベルの人間の話しです。 でも、こうゆう人たちは「大成」すれば「結果オーライ」ですが、 挫折や慢心してダメになる危険度が高いですね。 「天才は謙虚に生きよ」 至言だと思います。 凡人も、同じでしょうけど・・・。

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  • 回答No.6
  • poyo3
  • ベストアンサー率30% (259/855)

わかりにくいところでしょうけど要するにはコピーは所詮オリジナルを超えることはできないというところでしょうか?スポーツなどは個体差がありますから絶対ではないでしょうけど(特に時代によって)。 別に超えなくてもいいじゃないというならばそもそもこの質問は無意味なきもしますが。 逆にあなたはどこを目指しますか?サッカーにしても、写真や空手にしても。恐らく今はある程度努力すると上達があるから満足があるのだと思います。しかしある程度上達しその上をもし目指すとすればどうでしょう?同じことをやっていてそこからさらに上に行くと思うでしょうか?確かに技術的には上達し才能によってはそこを超えるでしょうけど。(超えるという意味もまた微妙ですけど) 要は守・破・離ですから。今のあなたは守(形を覚えて身に付ける事)で満足しそこで終わっているのでしょう。それが悪い事だとは思いません。どこを自分の満足とするかはひとそれぞれです。しかしその先を行こうとすればやはりどこかで自分のやりかたを模索する事になるのだと思います。スポーツでもそうでしょうけど選手それぞれ得意がありそれぞれが形は同じでもやはりその人の形があるのだと思います。それがある意味では人と違う事だと思いますけど。 内容色々見ていると今は初心者という感じで(謙虚なのはいいことですけど)で確かに真似て上達するのはいいことです。その先で今度あなたが先頭に立った時どうするかです。本はなくならないでしょうけど本で教えられることは知れてます。先輩も何時までもいません。 後はあなたがいう他人と違う事のとらえかたが何か違うのかな?(違う事の範囲というか)何をどう違う事をしたいのか良く考えてみては。 そうすれば何故違う事をしたいのかが多少はわかるのかもしれません。 何かなんでもかんでも反対の事をしたいという捉え方をしているような気もしますが。 ついでに先にも書きましたがあなたの目標はありますか?(なんとなく漠然としたあいまいな感じでは?)立ち回りはうまくても器用貧乏になりそうな感じがします。自分とは?と考えればいつまでも人まねではやはり満足行かない部分もあるのではないでしょうか?人の真似で成功して給料もらって楽しく生活できればいいというならば恐らく一生理解できるものではないでしょう。(あなたは色んな意味で恵まれた人といっていいでしょう。悪い意味じゃないですよ。) あまり回答になってませんが参考までに。

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質問者からのお礼

最初の説明が説明不足だったようです。 貴方が組織に所属する社会人だと仮定して仕事の話をします。 はじめは誰でも初心者です。優秀な先輩や上司の指示に従うことや仕事ぶりを参考にすることで熟練者になり能力が上がり、他人から評価されるようになります。 ところが「他人と違うことをやりたい」という理由で、ことごとく人とは違うやり方をする人の心理を教えてください。 貴方がまだ社会に出ていない学生だとして遊びの話をします。 仲間同士で仲良く話をしていたのに、突然他の人が判らないマニアックな話を始めた人がいた。リーダー格の人が「場が白けるから黙ってくれ」と諫めても、「他の人と同じような話をしたくない。自分が話したいことを話して何が悪い」と開き直る。こういう人の心理を教えてくださいという質問です。

質問者からの補足

念のために書いておきますが、現在は起業して会社の社長をしています。あいかわらずマニュアル好きで経営書などを読んでいます。今のところは自分の会社を成長させることが目標となっています。従業員を養わなくっちゃいけない。 先生や監督や上司の指示には素直にしたがった方が良いというのが僕の考え方でした。またせっかく情報が豊富な社会に生きているのだから、成功した人のやり方を真似をすることが成功するために費用対効果が良いと考えています。この費用対効果という言葉は僕が好んで使う言葉の1つです。 大学卒業後は、誰でも知っている大手企業の研究所に勤務しました。ここに勤務していた人は皆僕と同じタイプでした。他人から評価されることが大好きで、規則には素直に従い、上司の指示にも素直に従う。誰一人「他人と違うことをやりたい」とか「自分らしく生きたい」とは言わなかったし、そんな発想自体がありませんでした。(東大卒とかが多かったからね) 自分で会社を興した頃は経営が苦しくて(今も苦しいけど)、夜勤のアルバイトとか日雇いのアルバイト、土日のあるアルバイトなどして生活費を稼いでいました。廻りにいるのはフリーターとかが多かったです。全員がそうだというわけではないけど、我が儘な人が多かった。ルールを守らないどころではなくて、自分でルールを作ってしまう。これには驚いた。だって法律にしても工学にしても他人が作ったルールを知ることが勉強じゃないですか?ルールを改良するにしても元のルールを熟知しないと話になりません。ところが自分で勝手にルールを作ってしまう。そして他人とは違うことをやりたいと主張する。ビックリするほど安い給料で働き、世間的な評価も低いのにプライドだけは非常に高い。僕には理解できなかったし、非常に付き合いにくかった。これが10年くらい前の僕の生活環境でした。 現在では、企業当時よりは楽になりましたが、まだ問題があります。ほとんどのお客様は大変協力的ですが、中にはそうではないお客様もいて、従業員だけではなくて他のお客様の迷惑になっている。その我が儘なお客様の言い分が「自分らしくありたい」それから「他人と違うことをやりたい」です。 これで困っているのです。理解できないけど、お金が欲しいから排除したくない、でも他のお客様に迷惑がかかると来店してもらえなくなる。 どうしたらよいか? それからアルバイトを雇うと、稀に「他人と違うことをやりたい」と言って(大学卒はまず言わない)、勉強しようとしない(他人と同じことをやりたくて自分のやり方を貫きたいそうです)。だから当然技術も向上しない。だからといって人手不足なので辞められると困るのです。 成功するために、他人から評価されて人気者になるために、成功した人の真似をしようというのが僕の考え方 それに対して他人の評価はどうでも良いけど「自分らしくありたい」「他人と同じことはしたくない」という人の心理を教えてくださいというのが今回の質問です。

  • 回答No.5
  • jun8686
  • ベストアンサー率13% (10/72)

人がなかなか成し遂げられないことができるというのは、その人にとってそれまで苦労や努力した結果であって、その人なりの感動を味わうことができ経験をすることになり、達成感を味わえるのだと思います。また、人ができないことをしたいという決意はなぜ生まれるかは、人それぞれだと思います。私は、何か高い目標をたてることで日常の嫌なことが気にならなかったし、乗り越えれたのでメリット以上のことはあると思います。

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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 最初の説明が不足していたので誤解を与えてしまったようです。 >何か高い目標をたてることで ここがまず違うのです。 高い目標を立てるのなら、例えばオリンピックで金メダルを取るとか、もっと低くするなら、インターハイで優勝するとか、いずれにせよ「他人から高く評価されること」ですよね? これは僕にも十分理解できるし、動機付けにもなります。 ところがそういった高い目標を立てるのではなくて、「他人と違うことをやりたい」という僕から観たらどうでも良いことを主張する人の心理を知りたいのです。

  • 回答No.4

同じ事をしても先人を越えられないからです。 ベリーロールしかしなければベリーロールの限界までしか跳べません。 背面跳びを発明してこそ、ベリーロールを越えられるのです。

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質問者からのお礼

元サッカー部員で、走り高跳びの経験がないのに走り高跳びの話をしたのはまずかったですね。ごめんなさい。 フォックスベリーが背面跳びを発明したのは偶然の産物だそうです(ウィキペディア) 野茂英雄投手がトルネード投法を発明したのもよくわかりません。 ただ僕が指摘したのは、彼らとは全く違う事例です。 上記の彼らの場合は、他人と違うやり方を発明して、更に努力をしました。そして目標としては僕と同じ「他人から評価されたい」でしょう。 別に他人と違うことをやりたかったのではなくて、他人から評価されるために独特のやり方を採用したのです。 ところが僕が質問した事例は、それとは全く逆の事例です。 つまり「他人から評価されること」などどうてもよくて、「他人と違うことをすること」が目的となっている人間の心理状態を教えて欲しいという質問です。 貴方の廻りにはいませんか?仲間同士で仲良くやっていた中で、突然一人が身勝手な行動を始める。当然非難されると、「他人とは違うことをやりたいんだ」と開き直る。そういった人の心理を教えてくださいという質問です。

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