解決済みの質問
(1)堕胎(中絶)者・あるいはそれを強要した者は、人殺しだと思いますか
(2)母体保護法によって、ほとんどの堕胎者は無罪として過ごしてますが
それは妥当だと思いますか
(3)堕胎と殺人は、別物・別問題だと思いますか
出来れば、産まれているかいないかの違い以外のお答えを伺いたいです
テーマが重いので、このカテゴリに投稿するのを迷いましたが
色々な意見が聞けるかなと思いまして・・・・
よろしくお願いします。
投稿日時 - 2009-01-05 04:01:31
社会的な判断は含めず、私の思う事として回答。
1.人殺しだとは思いません。
2.妥当だと思います。
3.どちらかと言うと、別物、別問題だと思います。
人殺しの「人を殺す」と言う行為の中の「人」と言う存在を、
私の中でどう判断しているかについて説明します。
通常、母体の中にいる生き物を、私は人とは呼びません。
赤子など、生まれたばかりの生き物も同様です。
では、いつからその生き物を人と呼ぶのかと言うと、
私がその生き物を人だと思った時からです。
ですので、まれにですが、
母体の中にいる生き物を人と呼ぶ事もあります。
こうして、私によって人と呼ばれるようになった存在を、
死にいたらしめる行為をした者を人殺しと呼びます。
とは言え、私は「人殺し」と言う言葉を好まないので使いません。
言うとしたら、「人を死なせた事がある人」と言います。
どう言う事かと言うと、
人を殺した人をいつまでも「人殺し」と呼ぶのに抵抗があります。
これをいつまでも「人殺し」と呼ぶのは、
2人殺そうと、3人殺そうと、何人殺そうと同じで、
今後殺していく人数も数え、
未来永劫に「人殺し」と呼ぶ事になります。
「人殺し」とは常に人を殺していくものだと思っているので、
何らかのあやまちがあるのも含め、1人殺した人を、
いつまでも人を殺すのを許可してしまっているような、
この呼び方が好きではありません。
2の「妥当」について、補足。
その妥当の中には、私のまったく感知しない、
本人にとって妥当な過ごし方をしている人がいると思う、
と言う意味が含まれています。
本人の気持ちの中では、それなりの感情などがあるのだと推測。
どんな事があれば、私がその生き物を人と呼ぶようになるのか、
と言う事が、疑問になるかも知れませんので、それを説明します。
さてね。
どんな事があればそうなるのか私にもわかりません。
なので、うまく説明はできません。
「どんな人でも殺せば人殺し」と言う考えもあれば、
「人殺しとは呼びがたい殺し」もあるのだと思います。
法律の事などは私はまったくわからないので、無視しますが、
例えば、わかりやすく数字で表現してみると、
1才の人間を死なせるのと、100才の人間を死なせるのと、
これは同じなのか、と考えると、同じではないと思います。
1才も0才も母体の中も、同じようなものだと考える事もできるし、
同じではないと考える事もできます。
なので、生まれた後か生まれる前かと言う違いはありません。
生き物として、細胞分裂が始まった時から、それはすでに生き物なのです。
母体の中の生き物も、100才の人も、同じ生き物です。
とは言え、母体の中の生き物の存在と、
100年の歳月をかけなければ作り上げられない100才の人の存在が同じであるとは思えません。
数字ではないもので表現される存在の違いもあると思いますので、
それはご想像してください。
例えば、人の命を救おうとしている人の存在と、
人の命を奪おうとしている人の存在が同じと言えるのかどうか、など。
ついでに言うと、
今まさに臨終の寸前で大往生を迎えようとする100才の人を殺すのは、
はたして、人殺しなのだろうか、と言う疑問。
少なくとも、私と会話のひとつもしていない、母体の中の生き物など、
私は人とは呼ばないので、人殺しにはなりません。
投稿日時 - 2009-01-08 14:04:51
お礼
1歳の人間と百歳の人間の存在は同じであるとも同じでないとも
私には断言することはできないのですが
その人が何らかの影響を与えた人数、築きあげてきたもの、
それらの重みが同じではないだろうと考えると、
確かに回答者様の仰る通りかも知れませんね。
回答者様が人を「人殺し」とは呼びたくない理由も、とても良く分かります。
過去の過ちを、いつまでも現在進行形で言うのはどうなのかという事ですね。
同感です。
堕胎を当人がどう受け止めたか、それはその当人にしか分からないことであり
表面から見える事だけを見て、第三者が
憶測でモノを言うものではないな、と回答者様のコメントを拝見して思いました。
批判めいた意見も含まれているなら、尚更ですよね。
ただ、私は胎児のことを「人」としてこれからも認識するだろうと思います。
そして、胎児の権利というものも、もっと大切にされればなぁとも思います。
そこはまぁ、感じ方は人それぞれということで・・・。
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-08 15:03:34
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ベストアンサー以外の回答(9件中 1~5件目)
1、厳密に言うとそうだと思います。
レイプ犯、妊娠の可能性を無視して、避妊を行わない男性も、同罪です。
2、優性保護法の「貧困」の拡大解釈がありますから、罪に問われることは、ありません。
そこに、ペナルティが、あると、医師は、加害者となります。
3、望まない妊娠に一番傷つくのは、その当人です。
それ以上、赤の他人が、追い込む必要は、ありません。
投稿日時 - 2009-01-07 14:49:31
お礼
今までとは、やや違った御意見が出ましたね。
私も、胎児=そのまま育てば人となる生命=厳密には「人」
という認識を持っています。
相手男性の非も問いたいところですが、
相手がそういう人だった場合どのように対処するか
自分の身を守るためには重要になってきますから、
女性も大変ですよね・・・って、まるで人ごとみたいですけども(汗)。
>優性保護法の「貧困」の拡大解釈
そうですね、先立つものがないと産めるものも・・・ですね。
貧乏人はセックスするなとも言えませんし。(そんな私だって貧乏人です)
私の意見は、堕胎者を傷付ける不愉快なものだったかも知れません。
でも堕胎で傷付き、深く自分を責める人、厳粛に受け止める人に対しては
私は何も言う気はありません。
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-08 02:40:01
(1)思いません。
(2)認めてはいます。
(3)別物だと思います。
>母体保護法により無罪で過ごすのが妥当であるなら、
>罪の意識や自己嫌悪感は、一体何からくるものなのでしょうか?
「無罪」という言葉は「罪が無い」と書きますが、
社会的な裁きのカテゴリーなんだと思います。
無罪扱いである、ということの証明でしかありません。
罪の意識は、自分のお腹に宿った命に対して抱くと思います。
>ただ私が思うのは、誰かが妊婦のお腹を蹴るなどの危害を加え
>結果流産させてしまった等の事態が発生した場合、
>その加害者は「人殺し」と非難されるのだろうと思います。
>妊婦本人以外の手によるものであるから、胎児でも「人」殺しなのか
妊婦のお腹を蹴って流産させるという行為は、
明らかな殺意と殺人行為が認められます。
堕胎する女性とは全く別だと思います。
例えば、妊婦が自ら、真冬の川に浸かる、階段から落ちるなど、
このような場合でなければ同列には語れないと思います。
(イヤな例えで申し訳ないですが…殺意とはこういったことだと思います)
投稿日時 - 2009-01-06 23:16:51
お礼
>妊婦のお腹を蹴って流産させるという行為は
明らかな殺意と殺人行為が認められます。堕胎する女性とは全く別
う~ん、分かるような気もするけどイマイチよく分かりません。
育てられないから「始末して下さい」と医師へ依頼する行為は
「命を消す」という意思が明確に存在していると思いますが如何でしょうか。
というか、私がこの例を挙げたのは
加害者を『人殺し』と呼ぶ、その『人』っていうのは胎児のことを指す訳ですが
堕胎の場合は「胎児はまだ人ではない」という言い分なのに
そういう時だけ『人』という言葉を胎児に対して使うんだ?と言いたかったんです。
殺意について確かに触れてますが、殺意の有無に関わらず
その加害者にしても、堕胎しようとする妊婦にしても、
「胎児の命を消す」という明確な意思を伴っているのは同じだと思います。
皆さん「堕胎と殺人は別」と仰ってますが、
どのように別なのか明確にご説明頂くのは難しいことのようですね。
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-07 01:53:56
私は23にもなって彼氏がいながら、未だにHとか恥ずかしくて、なんかいけないことをしてるみたいに思えて、将来ちゃんと子供が作れるのかなと、気にかけてるんですけど…。
彼は「お前がそういうのを受け入れられるようになるまで待つよ」と、言ってくれてます。
って、質問の主旨からずれてますね。
こんな精神的に未熟な私からの意見でもよろしいでしょうか?
私も基本的に♯5さんとほぼ同じ意見です。
(1)思いません。
(2)思います。
(3)思います。
人のことを責めたり、咎めたりする気にはなりません。
でも、自分がその立場だったら自分を許せないだろうなあ、って思います。
産んであげれなくてごめんね。
と、ずっと悔やんで、詫びていくと思います。
この子はそういう運命だったんだ、仕方ないんだよって、一瞬そういう考えがふと頭を過って、私は嫌な人間だなと思いました…。
投稿日時 - 2009-01-06 11:52:12
お礼
人は誰しも、好きな人と触れ合える喜びや自由を奪われたくないし
自分が犯す可能性がある過ちには、寛大な処置である母体保護法は
存続させたいのだろうな・・・というのが、
この質問への皆さんの回答に対する、率直な感想です。
嫌味とか、批判の意味で言っている訳ではありませんが
そう捉えられても、言い訳はできないかも知れませんね。
でも、ただ率直に、そう感じました。
胎児と人間の違いって、何でしょう。
自分がその立場だったら「人殺し」と思って自分を責めてしまう、
もしかしたら、法で裁かれたほうが本当は幾分か楽なのかも知れません。
母体保護法により無罪で過ごすのが妥当であるなら、
罪の意識や自己嫌悪感は、一体何からくるものなのでしょうか?
まだ、私には答えを出せそうにないです・・・。
すごく嫌な意見かも知れないし、矛盾点も多々あるのだろうとは思いますが。
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-06 12:23:24
(1)理由によるものだと(僕は)思います。
赤ん坊を産めば,その母と父の人生って大きく変わると思うんです。
それはもちろん,良い意味も含んでいますが,悪い意味もあります。
ありがちな話で言えば”養えるお金がない”ことだったり,子育てのことで2人が議論し,結果的に離婚してしまった,なんてこともあり得るでしょう。
どっちにも転びうるだけの影響力を持つ”1人の人”を産むって案外勇気が要ると思うんです。
問題を放り投げるかもしれない,っていう気持ちが微塵でもあるなら,そこでストップすべきです。
本当はそういう気持ちがあるなら,”するな”って言いたいんですけど。
(2)う~ん…(僕は)無罪だと思います。
理由は基本上と同じです。
それに加え,その子が将来どういう気持になるかを考えること,ですね。
テレビでよくある”こんなからだだけど,不幸せになんて一度も感じたことない!”なんて,果たして生まれた人全員が思っているのかな,って。
(3)別問題。
生んだ以上は生かせよう,面倒を見ろ!と思います。
たとえ,それがどんなに辛くても。
できないなら,そこ(堕胎)が最低のストップラインだ,と思います。
投稿日時 - 2009-01-05 23:19:44
お礼
そうですね・・・私も、産んであげられないなら
最初から「するな」って言いたいんですが
やっぱ人間、好きな人相手だとしたくなっちゃうのも理解できるし
理屈でどうこうなるものでもないですもんね・・・。
確かに、人ひとり産むっていうのは、人生が大きく変わることでしょう。
だから私は、セックス(子供ができるような行為)を今はしないんです。
しようと思えばできる時でも、したい時も。
でもそれは、私個人の考え・行動ですし、他人に強要できるものでもないと思ってます。
ただ、避妊はちゃんとしようねっていうのは思いますが^^
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-06 04:38:38
昔から考えは変わりません。
(1)思いません。
(2)思う。
(3)思う。
人にはその人にしか分からない事情や考え方があるので誰にもその人達を批難する事、ましてや罪を与える事などできません。
ただし、私は別です。
私自身がその立場になれば殺人だと思うし、批難され、罪を受けたい、或いは自身を罰すると考えています。
これは私個人の考えであり、正しくもなんともない独りよがりの持論なので重ねますが私は自分以外の人を責める事はできません。
投稿日時 - 2009-01-05 22:15:29
お礼
私自身も、堕胎者を責めるつもりは毛頭ありません。
でもそう、回答者様同様、私自身がその立場になれば
自分で自分を人殺しだって、きっと思います。
そんな思いをした(している)方は、今現在も
たくさん居るのかも知れないですね。
他人を責めることはできないけれど、自分は別
これは私も回答者様と同じで共感いたしました。
回答、ありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-06 04:24:02