大変失礼な先生への質問です。(1/2)

締切り済みの質問

大変失礼な先生への質問です。

大変失礼なのですが子供の頃からの疑問です。

自分の担任が卒業式の時に本当は、中学や高校の先生になれなかったので小学校の先生をしているのだと発言しました。

その先生を慕いみんなが一緒に中学に行こうよと騒いでいるのをいさめるための発言でした。

そこには、ある程度の本音と大人として伝えたいこと?

色々大人の事情があるのは、今、大人になってからわかります。

自分は、教師なる能力もなければ親としても子供の事をしんどいと思う事があります。

果たして小学校の先生を元々目指している人がいるのでしょうか?

それとももっと上を目指して勝ち得なかった人ばかりが小学校の先生なのでしょうか?

子供を預ける立場となった今どうしてもこの答えを確認したいです。

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-12-11 01:56:59

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QNo.4546194

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回答(8件中 1~5件目)

ANo.8

私は小学校教員です。
なりたいと思い、そうなりました。
免許状は、高校・中学 の理科と 小学校を持っています。
はじめは、理科の教員になりたいと思っていました。
中学校・高校の教育実習も受けました。
学問的な理科を教えたいと思っていたからです。
しかし、教えながら、子どもたちとの関わりの中で、小学校教育における役割の大きさを感じました。幼少期における関わり方が、その後の育ちに大きく影響を及ぼしていると。
小学校は、学問を追究する場所ではないかもしれません。
様々な教育活動の中で、人格形成を促す場です。
「かわいいから」という気持ちだけでは、実際現場に立つことはできないと思います。このご時世、本当に現場は、様々な問題と向き合っていますから。

私は、小学校教員であることに誇りをもっています。
私の同僚も同じです。

投稿日時 - 2008-12-15 23:10:24

お礼

断言してくれてありがとうございます。
その言葉を信じたいと思います。
ご回答ありがとうございます。

すみませんこの場をかります。
こんな質問に回答していただいて、
あらためて皆様に感謝いたします。

良回答とかは、つけられません。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-12-17 00:21:48

ANo.7

自分にとって、最も強い影響を受けた校種を、志願することになるのではないかな?

大好きな小学校の先生がいた人が小学校の先生になったり、
親身になってくれた中学校の先生に憧れて中学教師になったり、
高校の先生が部活の顧問でしてくれたような仕事がしたくて高校教師になったり。

ということですよね、きっと。
校種選びの根拠は、きっと、その人のノスタルジー。

年齢が低い学校の先生ほど、無能? 
高校の先生は、大学ほどの専門性を目指したにもかかわらず負けた人たち?
大学教授は皆、小学校教師よりも指導力と愛情にあふれた人格者?
高校の先生なら、小学生の生活と学習の指導など容易にできる?

…私はちがうと思います。

子供の成長過程の、どのパーツを担当したいか、自分の好き好きです。

適性のある仕事と、好きな仕事は違います。
あまり好きな仕事でなくても、本質が向いていたら、
やった仕事を高く評価されることが多いので、務まる。

質問者さんの先生は中学高校への思いがあり、好きだったのでしょう。
しかし、もし希望通りの中高の教師になっていたとしても、
自分の適性をそのうち見極め、小学校教師に転向していた可能性だってあります。

受験は入口にすぎません。
好き嫌いはノスタルジーにすぎません。やる前の思いこみです。
適性があるかどうかは、現場でやってみないとわからないですよ。

投稿日時 - 2008-12-13 11:20:14

お礼

好きでやってる。
それが大事ですよね
自分は、たいして好きな仕事をしているわけでは、ないですがそれが自分の能力なのだからできるだけ頑張ろうと思います。

働ける場所があるだけいいですか。

先生に期待しすぎなのかもしれません。

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-12-17 00:05:30

ANo.6

小学校の教員です。
私は、10才のころから、保育士になりたいと思っていました。
高校2年生くらいから、保育士より、小学校の先生になりたいと気持ちが変わってきました。

保育園の小さな子は確かに可愛いし、一緒に遊んであげて、優しい保育士さんになって…そういう未来像から、
小学校なら、ただ一緒に遊ぶだけではなくて、勉強も教えられる。人間が作られるその基礎の部分を教えられる。
そういう、「人に教える」という尊い、奥の深い仕事だ。素晴らしい、やりがいのある仕事だ、そういう未来像を考え始めたからです。

まさに、NO.2さんの回答後半です。

教育大学を受験するときも、教員になるための採用試験を受験するときも、親が「大丈夫?」と心配するくらい、勉強に没頭しました。
教育学部や小学校の教員枠なら、そこまで勉強しなくても受かったんでしょうけれど、
私には小学校の教員以外の道は考えられなかったので、例えて言うなら、60点合格のところを100点満点を目指すくらいがんばりました。

小学校の教員になれて数年たちますが、今最高に幸せです。
子どもが可愛いから、というだけの理由ではなく、大変だけれど、本当にやりがいを感じられる、
笑い、涙し、共に自己成長できる素晴らしい職場だと感じています。

さて、自分のことばかりすいません。
周りの同僚たちを見ていると、確かに、中学や高校で受験したけれど、倍率が高くて小学校に変えて合格した、
まだ中学で受験中だけど、とりあえず今は小学校で講師をしている、という人たちは結構います。

でも、それ以上に、元々小学校志望だった、小学校の免許しかもっていない(中学・高校には行く気もない)という人たちの方が多いです。

幼稚園・保育園は、真っ白なキャンパスに鉛筆で下書きをするような、基礎の基礎を扱える、という素晴らしさがあります。
小学校は、鉛筆の下書きに習いながらも、初めて色をつけ始める、という面白さがあります。
中学校は、グラデーションをつけたり、遠近法を使ってみたり、また、間違った色遣いがあれば修正する手助けをしたり、という奥深さがあります。
高校は、ある程度基盤が出来上がっているものを、仕上げることで作品の価値が決まり、更に味が加わるという大切な役割があります。

どんな「教育」を目指すかで、その人の目標が変わってきます。
優劣、競争はありえません。
ただ、自分の目指す教育への思いが強かった先生ほど、思いが叶わなかったときには、憧れがいつまでも残るのかもしれません。

質問者様の昔の担任の先生は、なぜそんなことを言ったんでしょうね。

本当は、先生だって一緒に中学校に行きたいさ。
今まで我が子のように可愛がり、一緒に歩んできた君達を、中学でも見守って、また一緒に笑って泣いて、一緒にがんばりたいさ。
でも、行きたくても行けないんだよ。大人には大人の事情(採用試験に受からなかったことなど)があるんだよ。
だから、そんなに簡単に行こう、行こうなんて言うなよ。

という感じでしょうか。
これ以上何も言えないようにする、というか…。

投稿日時 - 2008-12-12 23:03:07

お礼

大人になればなるほど。

誰かのせいにしたくてその一言をずっと引きずっているのかもしれません。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-12-16 23:55:40

ANo.5

小学校に勤務しています。

私は高等学校の教員を目指していました。高校の採用審査を2度受けましたが、2度とも不合格。高校(中学校も同じ)では、教科ごとの採用ですから、私の受審した時期(昔々になりました)は、私の教科での合格者は1~2名でした。
だから、私は「受審者が少数とはいえ、1・2番になるのは難しい。たくさん受審するとはいえ、合格者が多い小学校にしよう。」と、方向転換しました。そういう経過からは、私も「中学や高校の先生になれなかったので小学校の先生をしている」ということでしょうね。
でも、小学校に勤務しだして2年もたった頃から、小学校以外のことは考えられなくなりました。「高校で…」という気持ちは、全く無くなってしまいました。

>その先生を慕いみんなが一緒に中学に行こうよと騒いでいるのをいさめるための発言でした。
>そこには、ある程度の本音と大人として伝えたいこと?

そうですね、「みんなと一緒に中学校へは行けないんだよ」ということを伝えようとして、子どもたちにも納得をさせたい気持ちから出た言葉だと思います。心の中でくすぶっている思いかもしれませんが、「ある程度の本音」とまではいかないのではないでしょうか、というのが私の経験と重ねて思うことです。

ご質問の文を読んでいると、とても魅力的な素晴らしい先生だったんだろうなと思います。子どもたちも、先生を慕う一心から「一緒に中学校に…」といったのでしょうね。先生も、子どもたちを巣立たせるために、惜別の気持ちの中から思わず言った言葉だと思います。普通は子どもに対しても、なかなか自分の弱さをさらけだすようなことは言えないものです。

>子供を預ける立場となった今どうしてもこの答えを確認したいです。

素敵な先生に出会えた経験を、子どもさんにも伝えてあげてください。子どもさんにとって、学校が素晴らしい出会いの場であることを、心からお祈りいたします。

投稿日時 - 2008-12-11 19:35:54

お礼

今まで自分の考え方の軸になって信じて来たものを勘違いだったと認める作業は、なかなか難しいですね。

でももしかしたら違うのでは、ないかと疑問に思って確認しようと思わなければ、ずっと苦しみ続けたのかもしれません。

我ながら自分の気持ちにこんなに大人になってから向き合うとは、思っていませんでした。

でも勘違いなら勘違いで本当に勘違いならその方が幸せなのかもしれません。

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-12-11 19:57:24

ANo.4

こんにちは。教師では無いですが、私も前回答者さん達と同意見です。

>自分の担任が卒業式の時に本当は、中学や高校の先生になれなかったので小学校の先生をしているのだと発言しました
その先生を慕いみんなが一緒に中学に行こうよと騒いでいるのをいさめるための発言でした。
そこには、ある程度の本音と大人として伝えたいこと?

とおっしゃっていますが、もしこの先生が言った事が事実なら、小さな子供を相手にこういう事は言わないと思います。何しろ相手は子供ですから、この様な大人だから気付く皮肉、は言わないと思います。多分、ご質問者さんもおっしゃってる通り、質問をして来る子供達をなだめよう、と言う気持ちだけでこの様な事を言ったと感じます。私も小さい頃一緒に住んで居た叔父に何度か“何の仕事してるの?”と他愛も無い質問をしたのですが、何時も答えは“ゴミを燃やしてるんだよ”でした。実際はポスターや広告、パンフレット等の画像処理の仕事をしてると後々知りましたが、大人になってから“なんでまともに答えてくれなかったんだろう?”とちょっと腹立たしい気分になった事があります。ですが、私がこの様な質問をした時はまだ子供の頃。7~8歳くらいの時で、普通に考えれば、“こんな小さな子に大人の仕事の話をしても理解出来る訳が無い”と、大人だったら思いますし、叔父もその様な事を言っていました。

話が逸れてしまいましたが、私のポイントは、一人や二人と言った少数では無く、この先生は数十人と言った子供に質問攻めにされてしまい、全員の子供を納得させる為に当たり障りの無い、でも自分が中学に一緒に行くのは不可能なんだと言う事を解らせる為に軽い気持ちで言ったものなのではないでしょうか。

後は、元々謙虚な人と言うのは自分を下げて話をするものなので、この先生も“能ある鷹は爪を隠す”感じで、謙虚な発言をしただけとも考えられると思います。

前回答者さんもおっしゃってますが、小学校の先生だから中学よりも楽、なんて考えは間違ってますし、何より、この様な考えの人だったら、教師なんて長続きしてないと思います。

投稿日時 - 2008-12-11 05:30:16

お礼

受け止めかたの問題ですね。

小学校を卒業する年齢とは、いっても子供は、子供なので大人の言葉をそのまま受け止めてしまう事もあると思います。
ここは、
「私は、子供達に教育する事を誇りに思い、ここで仕事をしている。次の段階に進む君達には、新しい先生が待っているのだからしっかりと旅立って行きなさい、もう私には、君達にしてあげられる事は、ないのだから」
なんて言ってもらえると分かりやすかったと思います。

ひねくれ過ぎですか。(反省)

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-12-11 13:34:50

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