解決済みの質問
こんばんは。
先日もこちらのカテゴリーでお世話になりました者です。
その節は本当にありがとうございました。
今回も、自分のカウンセリングを兼ねた質問を立てさせて頂きます。
お付き合い頂ければ、幸いです。
質問は、
「ポルノと言う、性を扇情的に扱うもの」の存在を「初めて知った時」、どういう風に感じましたか?
*当たり前
*違和感
どちらでしょうか?
そして、これは男女の違い(本人の性別/被写体の同性or異性)によって、変わるのでしょうか?
いえ。。。
多くの子ども達は「身体は大切に」「人の嫌がる事はしない」。。。等と言い聞かされ、またそれを「人としての基本」に据えて育って来ていると思うのです。
でも。。。
ポルノ、と言う存在を「当然」或は「必要悪」等と捉える時、それはその「基本」との違和感、を生じないのでしょうか?
また。。。「違和感」を感じた方は、それによって「自分が傷付く」と感じないのでしょうか?
ちなみに、私は20代後半の女性で、既婚6年、三児の母でもあります。
夫との関係、性的関係も問題無く、とても幸せを実感しております。^^
そして、(男女によってその程度の差はあれ)「性欲は愛情とイコールでは無い」事、性欲と言うものは「性的禁止」と「性的刺激」によって形成される、と言う事も判ります。
現に私自身、例えば好きな海外サッカーの或る選手等、「いや。。。脱いでも綺麗だろうなあ。。。ニカニカ」等と、思ってもいます(恥!)。
でもでも、翻って「初めて知った時」の記憶を辿り、以後の感じ方を辿ると、私には「違和感」以外、浮かばないのです。
何故、大切にすべき「人の身体」を、そのように扇情的に不特定多数の目に「現実の画像として」晒せるのか、それは、「人としての基本」に反しているのでは無いか?。。。そう思えてなりません。
そう思うのは、「同性としての(不要な?)共感/想像力の為せる事」なのでしょうか?(現に、先述のように私自身「妄想」はしても、それについて違和感はありません。汗)
では、男性は男性のポルノ(有りますよね?)に対して、「違和感」は感じますでしょうか?
つまり、「感じ方の前提」として、
*自分を被写体に置き換えて、の臨場感、の有無
があるのかしら。。。。とも思います。
このように、私もすれ違う見知らぬ異性から「あらぬ姿」を思い描かれているのかしら? そうだとしたら。。。皆様はどうお感じになるのでしょうか?そして、まだ「性の入り口」に居たご自分は、どうお感じになりましたでしょうか?
纏まりの無い長文で、申し訳ありませんが、
よろしくお願い致します。
尚、お礼が遅くなる、または、順不同になるかも知れませんが、必ず書き込ませて頂きますので、その旨お許しください。
投稿日時 - 2008-12-06 00:24:32
○ それは 蚊が刺しただけです。
☆ よほど コミュニケーションが通っていないと 言えない文句です。
ですが わたしは いぢわるぢいさんよろしく mashumaro2さんや miko-desiさんのご見解に 輪をかけて 傾くものです。
もし 上の命題をたがえているとすれば それは 被害者であるyukkinn66さん あなたも 蚊となって刺したということです。
miko-desiさんの新しいご投稿が現われたので 書きこむ気になりました。
性愛関係には 一般の愛としての人間関係から 二人の合意によって 入ります。初めは 一方的な行為であったとしても 同意したという関係に入る場合があるということです。もしさもなければ 無効の行為だったという――蚊が刺しただけだという――事態です。
起きたことは起きたことで その過去を 消して 現状復帰することは 実際には 叶いませんが いやしくも人間が それでも とうとぶべき存在であるとするならば そのいまわしい過去は 瞬時に 消えます。そういうものです。
ご自愛なさって いやなものは嫌 とはっきり 言っていかれるようにという考えを わたしは 持っています。そこに 面従腹背は 含まれます。
投稿日時 - 2009-01-10 09:36:15
お礼
こんばんは、bragelone様。
また来てくださり光栄です。
>もし 上の命題をたがえているとすれば それは 被害者であるyukkinn66さん あなたも 蚊となって刺したということです。
これは、私も何らかの加害者である、と言う事でしょうか?
>初めは 一方的な行為であったとしても 同意したという関係に入る場合があるということです
私が嫌悪と恐怖で「同意を拒否した」と言う事でしょうか?
そして、その後に続いたかもしれない「性愛関係への道』を閉ざした。
だから、私も「蚊になって刺した」。。。そう言う事でしょうか?
うーーーん。。。何だか大らかな気持ちになれる言葉ですね。^^
(ん?私の解釈、合っていますでしょうか?汗)
>いやしくも人間が それでも とうとぶべき存在であるとするならば
これはあの犯人の男も「尊ぶべき存在」と言う事でよろしいでしょうか?
(勝手に解釈して勝手に喜んでいますけれど、大丈夫かしら。。。)
>そのいまわしい過去は 瞬時に 消えます。そういうものです。
はい。^^(私の解釈が合っているならば。)
添削お願い致します!
投稿日時 - 2009-01-11 22:28:30
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ベストアンサー以外の回答(65件中 1~5件目)
お礼をありがとうございました。
またあなたのことを傷つけてしまったのなら、ごめんなさい。
決して凹ませようという意図ではなく、一私見としてあなたの気持ちが楽になれる方向を老婆心を持って示したかったのです。
老婆って、本当に厄介よね(笑)
もう1点だけ、お付き合いくださいませ。
>>被害者であるあなたは本気で相手の痴漢男を「人間だから尊ぶ」などと悠長なことを言っていられます?
>ま、「痴漢男」は彼の一面だったに過ぎないんだよね。。。とは思えなかったのです。
>あの植草教授、いましたよね。
>只「人間の多面性/複雑さ」をとても不思議に思う、その一例です。
>例の痴漢男、彼もやっと今、そんな「多面性を持つ人間の例」の一つ、として私の中に位置を取りました。^^
件の痴漢男と植草教授とは同じ痴漢行為でありながら、決定的な差があります。おわかりでしょうか。
それは、あなたに「直接かかわった侵害行為」にあたるかどうかということです。
仮に植草教授の犯罪再現ビデオをポルノとみなせば、あなたの示すところのミクロとマクロの事象にあてはめることも出来ます。
前者は県の迷惑防止条例に違反するれっきとした犯罪です。
本来であれば告発してもおかしくないほどの自身の人権侵害にあたります。
ですが極めて行為が軽度なものであれば総合的見地から「蚊に刺された事件(私の場合は運悪く巻き添えとなった交通事故の意味に近いです)」と自身が達観したほうがベストかもしれない、と書いたのです。
でも植草教授の行為は、あなたと全く「無関係な事件」であり、はっきり言ってどうとらえようとどうでもいい他人事に過ぎません。
「いやらしい教授ね気持ち悪い!」であれ「学者としての力量は認める」であろうと、結局はあなた一人の傍観的な感想に過ぎません。
まして植草教授を諭そうなどとは思いもつかないはずです。
仮に教授の行為に似た盗撮の被害者が重症なトラウマになっていた場合、一体あなたには何ができると思われますか。
更に件の痴漢男に対してでも「彼を糾弾することにより彼の犯す更なる犯罪や被害者被害を未然に防げたであろう」などと考えるのは、少し発展しすぎだとも思えました。
ちょっとね、ミクロへの思索を詰めていく中で突然マクロ的な他者への干渉に走っているような思考のかたちに察せられるの。
自分の内面と他者への干渉とは繋がっている問題にせよ、ちょっと分けて考えたほうが良い気もします。どうかしらん。
結局、あなたのおっしゃることはマイノリティの意見に過ぎず、ポルノを見て自傷ぎみになる人間よりはるかに多くの人間がポルノ産業に携わり生計を立てている、そして、ポルノを性的なはけ口として賢く利用する人間が多いのだと思います。
そして利用するもしないも、善悪の判断も18禁やRated-Rなど一定の検閲の下においては個人の自由という現実を受け入れて、いかに直接的な関与の無い社会事象に憤りを感じない生き方をするか模索しても良いかもしれないです。
ちなみに欧米ではあまり靴、ハイヒールを脱いだスチールや広告を見かけません。
ベッド上のヌードやポルノであっても何故か靴を着けたまま、のイメージがあります。
これは、フェチという側面も否めませんが、やはり平和ボケな島国日本とは大いに異なる歴史的背景も影響していると思われます。
異民族の侵入など外敵からの「いざというとき靴が無いと逃げられない」という地続き大陸ならではの根深い深層心理も働いているのでは。
ブランド店でもまず挨拶ありきなのは、相手がどこの馬の骨かわからないから対話により初めて安心して売買が行える、という考えがあるからなのです。
これって、性善説云々といった哲学的思想とは別義の「現実的な自衛・防衛手段」としては何らおかしくない発想ですよね。
私はこの質問が閉じられたあともあなたの思索を続けていっていただきたいと思います。
でもね、今後ご家族のどなたかが権利侵害に遭遇してしまった時には大いに憤慨して皆と共に対処し(一人で悩まないで~)、社会事象から自らが憤り自傷ぎみになる際には「自らがどうする事も出来ないゆえに我関せず」と適宜考え分けていったほうが「あなたとあなたのお子様方のため」に現実的に有益かもしれませんよ。
たしかね、あのヤンキースの松井選手もあらぬブーイングを我関せずと達観して気にも留めないとある番組内でコメントしてました。
これと何となく通じるものがあるでしょうかね。
もちろん前者の犯罪者を人道的な見地から「悪い面ばかりじゃない」と考えることもできます。
ですが、逆に「人間て言う生き物は良い面ばかりじゃない、とんでもない悪がいる」と思うこともできるのです。
というか、その方が楽。だって時には「悪いことは人のせい」にしたり八つ当たりが出来るしね。
それに…ある目的や理由から「善」をひきたたせたいがために「悪」を作為的に生みだす、または存在づける、なんていうこともあるのでは、なんちゃって。
>例えとんちんかんでもいいから、謙虚になりつつもあなたなりのオリジナルな考えもしくはアレンジが欲しいところです
思いっきり上から目線で大ひんしゅくなフレーズで恐縮ですが、何だか恥や失敗をとても恐れて回答や質問をしているように私に思えたからです。
もうね、恥も外聞も気にしないでへっぽこ回答をするというのは、すご~く小気味良いですわよ、おためしあれ^^←恥さらし
ちなみに、私は意味不な小説より詩の方がはるかに好きなので、紹介して下さったお礼と尊敬の意味を込めてキザと表現したのです。
本当に的を射た詩だと感激致しました♪
「紅顔の美青年なりしころ」を「もしや魅力的な素敵な男性?」ととるか「禁断の蛇足」ととるか…
ここの箇所はyukkinnちゃんに任せて私の回答を終わります^^ふふ。
投稿日時 - 2009-01-28 11:00:44
お礼
私の言葉足らずな説明がご心配を増やしてしまっているようで申し訳なく思っております。
>同じ痴漢行為でありながら、決定的な差があります。
>あなたに「直接かかわった侵害行為」にあたるかどうかということ
私はいつも自分の中に二つの視点を置くように心掛けています。
あちこちで言い換えが多発しているので良くないのですが、
1)マクロの視点(#31)
厳正に客観的な視点(ライフカテ)
ポルノに関する議論(#54)
社会としての認識(#45?)
愛の問題(#36)
2)ミクロの視点(#31)
人間味ある想像力(ライフカテ)
私自身の心の問題(#54)
被害者の立場/被害者意識
性愛関係(#36、47)
個人としての対処法(#45)
「人間としての意味」(#42)
こんな感じでしょうか。。。
余計分かり難くなってしまいましたでしょうか。。。汗
そして、
>結局はあなた一人の傍観的な感想に過ぎません。
それは確かにそうなのですが、これを更に押し進め(人間味を加味し)た所に「厳正に客観的な視点」が現れるのだと思うのです。
これを他の分野では持てるのに、性犯罪とポルノの分野では「持てなかった」。。。これこそが「被害者意識に囚われている状態」と考えるのです。
>「痴漢男」は彼の一面だったに過ぎないんだよね。。。
これは1)の視点です。
この思いと「あの男を罵って蹴り上げてけちょんけちょんにしてやりたい!!(実際の私の感情です。汗)」と言う2)の思いは「並立/両立可能」なのです。
しかも、1)の視点をはっきりと自分の中に確認する事によって、2)の意識や感情に「安心して身を任せられる」のです。(私だけ?汗)
>何だか恥や失敗をとても恐れて回答や質問をしているように私に思えたからです
うわーー、すっかり見抜かれてますね。。。(脱帽!^^)
でももう一つ加わります、そしてこちらの意識の方が強いと思われます。
それは
「私の無知や失敗によって誰かを傷付けたり不快にさせるのではないか」
です。
だから「うまく行かない時」は三つ巴に雁字搦めになっちゃうのです。涙
暖かく最後迄お付き合いとお手伝いを頂き、ありがとうございました!!
投稿日時 - 2009-01-28 19:16:27
No.57です。
★ (No.57お礼欄) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>▲ わたしたちは ひとを愛しその欠陥を憎むのであって 欠陥ゆえにひとを憎むべきではなく ひとゆえに欠陥を愛すべからず。
どんな人にも「欠陥/欠点」はあり、同時に「良い(善い)ところ」もある。
だから、人は(丸ごと)愛される価値のあるものである。
欠陥があるとしても「愛される価値」は減りはしない。
。。。と解釈しました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ これについて 違う考えを持ちますので ひとこと 触れます。
○ たとえ 植物人間の状態になっても 《存在は 善悪などの価値判断を超えている》ゆえ それとして 誰ひとりとして例外なく 平等であり対等である。
☆ という意味だと解します。
★ ・・・「欠陥を容認し放置してはならない」と言う意味なのでしょうか?
☆ は おっしゃるとおりに解しています。
これで やっと 回答を寄せ得たという気分になりました。
キザという文字に へこんでいました。これまで ガラッパチだと言われたことはありましたが 耳にした言葉としては 初めてでしたので。紅顔の美青年なりしころ ねじり鉢巻きで取り組んだ作業だったと思うと 深海の底まで降りて行った気分でした。同じようだと思ったら 軽くなりました。謝謝。
投稿日時 - 2009-01-28 09:09:23
お礼
本当に奥深く幅広い思考力をお持ちなのですね。。。
しかも暖かく明るい。。。適度に悪戯心もお持ちでいらっしゃる。。。
私もそうなりたいものだ、とつくづく思わせられました。^^
>○ たとえ 植物人間の状態になっても
>《存在は 善悪などの価値判断を超えている》ゆえ
>それとして 誰ひとりとして例外なく 平等であり対等である。
「価値」を凌駕する「存在」。
「存在」の是非や可能不可能は「価値」の有無や高低で左右されるものでは無いのですね。
そうかあ。。。だから「犯罪者にも人権がある」のですね。。。
「刑罰」が存在するからと言って「存在の選別を行っている」わけではないのですね。(#54の補足欄中程での稚拙な反論が恥ずかしいです。。。汗)
また、この「存在は価値を問わない」と言う所から、nabayosh様の「超社会的視点」と言う所にも入って行けそうに思います。
数々の糸口を下さった事、感謝申し上げます。
ありがとうございました!!
あ、キザと言う表現が引っかかっていらっしゃるご様子ですが、
madelaineの高貴ながらも甘い香りの褒め言葉に、ちょっぴりの隠し味が悪戯したのです。^^
食してしまえば得も言われぬ美味、しか残らないと思うのですが、いかがでしょうか?^^
投稿日時 - 2009-01-28 17:39:26
哲学カテゴリで、哲学史に関する質問や哲学用語の説明を求める質問であればある程度の「正解」というものがあります。しかし、大多数は「正解」の存在しないものであったり、あるいは自分の意見や主義主張を唱えて同意を求めるものであったりします。
私はこのカテゴリでしばしば回答してきましたし、これからも多分するのかと思いますが、回答する際にいつも考えるのは「その質問にどのような意図があるのだろう」ということです。
ソクラテスの助産術よろしく対話することによってその意図を丸裸にさせるというのが、私にとっては知的刺激をもたらす一種のポルノと言えるかもしれません。
しかし、私のこうした性癖ならぬ知癖が、時に質問者の癇に障ることがしばしばあるのです。相手の感情を害するつもりがなくとも、残念ながら知は人を刺したりもするものです。そこで、誰に対しても感情を害さない理想的な「知のポルノ」というのがあるかと考えると、なかなかできたものではありません。感情を害さないように語ろうとすると、問題の核心に行くどころが、ぬるま湯の中で終わってしまい、モヤモヤが残るからです。
さて、ここまでの対話を総括してみましょう。
この質問、当初は雲を掴むような漠然とした質問文ではありましたが、シンプルに言えば「yukkinn66さんはポルノの存在に不満を抱いている」ということを読み解くことができたと思っています。
ではなぜポルノに不満なのか。ここへ来ると途端に分岐します。ひとつは社会的に問題がある、もうひとつは個人的に不快であるということ。
で、この「ミクロとマクロの二種類の攻め手」という分岐がややこしい。片方がもう片方の隠れ蓑になってしまう状況なのです。それで私の手法としては、社会的なものは一旦のけておいて、超社会の視点から考えるということを提案した次第なのです(45、「あるがままを見つめる」)。ところが、それに対するお答えで「でも、これを「社会として認めて」しまうのは間違いではないでしょうか?」と、社会を持ち出されてしまった。
このことが「どうやら話が通じていない」(52)と私の雑感の漏れるところではありました。
ラファエロの「アテネの学園」の中心にはプラトンとアリストテレスが並んでいます。老いたプラトンが形而上の理想を語っていることが上を指さしていることで示され、一方アリストテレスは地面を指差して地上の現実を語ろうとしています。私たちの議論はこの二哲ほどではありませんが、やはりベクトルが違うものでした。
このままでは埒が明かないと思い、争点というか拠点を変えることにしました。それが「より良い」という言葉について論じることになったのです。つまり私がyukkinn66さんと同じ方向を向き、理想方面についてもう少し詳しく検討をしてみようとしたのです。
ところが、またしてもお互いの前提の差異が浮き彫りにされました。私はそうした理想というものは実現されないものであるという前提を擁しており、一方のyukkinn66さんはそれが可能であると考えておられます。
そこを振り返ってみると回答(54)の大半は蛇足の多い雑談に堕している感は否めません。
ともかく、ポイントを絞ってみましょう。
>「感じる側の問題」をクリア出来た人間には「ポルノ側の問題」更には「感じる側の未熟な人間の問題」を解決する力が備わる筈とも思うのです。^^
>自分が通って来た「解決への道」を一つの解決方法として未熟な人間に提示する事が出来ますもの。
平行線になってしまうのは承知していますが。
感じる側の問題をクリアするということは、確かに(哲学用語ではなく通俗用語として)客観的にポルノを見るでしょう。そういう人ってどうですかね。達観して、ポルノを見ても熱中しないんじゃないでしょうか。つまり、感じない人になるということなんです。ポルノに対して何も感じない人というのが克服された状態であるとするならば、そういう人達はもはやポルノを必要としないのであり、ましてやそのどうでもいいポルノを「より良く」しようなどとも思わないことでしょう。
また、場合によっては、感じなくなってしまった方がいいかというとそうでもなく、どうであれ感じる方がまだ幸福だと思ったりしかねません。だとすれば「寝た子を起こすな」ということで、啓蒙などにも携わらないということも考えられましょう。
さらには、自分が通って来た「解決への道」というのは、解決してしまうと当人にとってはお払い箱であったりします。用のないものは忘れ去られます。ウィトゲンシュタインの梯子の話ではありませんが。
実践することと教えることはまた別問題でもありますし、yukkinn66さんが楽観するほど、うまく行くかどうか。
成熟したポルノが登場してからも未熟なポルノの方が愛好されたりするかもしれませんし。熟すというのは裏返せば腐るということですからね。
>私は社会も個人も全てを「移り変わるもの」と捉えておりますし、常識や規範、真実さえも「常に揺らぎ変遷して行くもの」と考えております。
>私は直感として「悪は(元々は)存在しない(筈)」と考えている者です。
このへんは共感できるんだけれどもなぁ。
「同様に善も(元々は)存在しない(筈)」という直感には目をつむっているのかしらん。盲目的によりよい未来という理想を追求しているような。万物の流転は行き着くべき至高の目的(善)に向かっているとは必ずしも言えないのではないでしょうか。
もっと超社会的に言ってしまうとするならば、善悪の概念をとっぱらって物事を考えてみたらどうかな、と。悪って基本的に社会悪ですから。
仮に痴漢だろうがレイプだろうが罪に問われない世界を想像してみて下さい。無秩序ですがそれが自然状態です。その自然状態においては「許すも許さないもない」のです。
(近代社会はこの自然状態の「万人の万人に対する闘争」の否定の上に成り立っているわけですが)
でも一方yukkinn66さんはポルノの未熟さに不満を抱く。それは許していないからですね。秩序に泥んでしまうと許せなくなるものです。しかし、yukkinn66さんが許そうが許すまいが自然状態という根本は変わらないし、その自然状態が「許すも許さないもない」として(未熟な)ポルノにも居場所が与えられていることも変わらない。
私が最後に問いかけるとしたら、「yukkinn66さんはそれでもポルノに不満を抱く必要があるの」ということです。少しでも「ないかもしれない」くらいに感じていただければ、私としては回答した甲斐があったかもしれません。
社会がどういうかはわからないけれども、個人としては不満を抱かない方が精神衛生上よいのではないでしょうか。社会が造り上げた善悪の観念に縛られるよりは。
これにて私からは以上です。
追伸:
これで私はようやく他人の回答を見る機会が訪れたというわけです。^^
投稿日時 - 2009-01-26 23:38:19
わけあって、 そっとOKウェブから去ることになったわけですが(そっとではないでしょうが^^)、
書いた者の責任から とある訂正をしておくべきと思うところがあります。
また それは そちらの混乱を避けるためでもあるところなんです。
*
しかし、 ほんとうのところはどうなっているのか?については、 考えすぎないでください。 そのために筆を伸ばすのですから。
*
訂正する点は、 「蚊にさされたようなもの」 とう表現で、brageloneさんと同じ結論だというふうに書いてしまった点についてです。
彼は「蚊にさされた」というふうに表現していて 「蚊に刺されたようなもの」という表現はしていないわけです。
文脈の中で私は 表現を変えてしまっています。 これも わたしは善意のつもりでしたことです。 しかしかえってへんなことになってしまいました。
善意とかは いまさら誰にもわかってもられなくてもいいのですが、 ここには一応書いておきますね。
しかし、 ともあれ、 訂正は必要となっています。
その結論は まったく別のものでした。
ですので、 なんで、こんな蚊に刺されたような小さな点を訂正するのか書いておきます。
《何故、小さなことではないのか、》についての私の方からの見解です。
*
私の見解はなのですが、 こうです。
(イ)
例えばですが、 ゴッホの見解というものは、簡単にはわかりません。
私はそれを 34歳の頃、 始めてそのある絵(畑が手前側にあり、その垣根と道があり その奥に畑とか森とかがあったりして奥に丘が続いているような絵だったと思います。 名前は知りません。)を前にした時、 なんなんだこれは!という驚きで釘付けになってしまっあことがありました。
言葉でなんて それは伝えようの無い感動の世界でした。
炎の画家? 弟テオルドへの書簡? 全部の知識が虚しく思えました。
そして思いました。 彼の言葉は、 簡単には解釈できない。
そのような ゴッホの感性の深みや そこからの言葉にはたしかに深い価値があります。
しかし、 それ以前の私にとって その言葉には何か価値があったのでしょうか?
(ロ)
一方 私は子どものころ、 体をこわしたため 虚弱児施設に入っていたときがありますが、
その施設の食堂で、最初の「私は貝になりたい」というテレビ映画を 見ました。
今、また新たな話題ともなっている映画であるわけですが、 この初期の映画の場合はテレビ用に作られたものとそうでないものとの二つがありテレビ用に作られたものがすばらしかったようなのです。
フランキー堺という俳優が演じる、床屋だった主人公が 戦後に戦争犯罪の罪をきせられ、死刑台に向かうのですが、 その最後にナレーション風に彼の心の中の言葉として「私は貝になりたい」というせりふが出くる映画です。
これを その虚弱児施設では、 小学一年生から6年生までいた すべての子ども達と、 施設のすべての先生方までが、 その夕食時の大きな食堂にて全員が 泣いて感動したのです。
最後のシーンとなったときには みんなすすり泣いていましたが 終わったとたん その泣き声は 爆発しました。 全員がほんとうの大声で泣き出してしまったのです。 (ふだんは、なぜか泣きまねの得意だったわたしも その時は ほ ほんとうに泣いていました^^。)
時代の風を まだなにも解らない一年生までもが 受けていたのですね。
テレビの始まったばかりの頃の エネルギーの一つとも言えます。
また、 ラジオがはじまったばかりのころ、 「ペス」という名の愛犬の物語を すばらしいアイドル女優が朗読していましたが それがどれだけ子どもであった私の心をつかんでいたか。
時代とか 大衆の根っこのエネルギーや感動の世界。
そこには 中身それ自体の芸術性の深さとか感性の深さとはまた別の しかしとてつもなく大事な価値の世界があります。
*
かえって 解りにくくなっている回答でしょうが、 どうか 事態を理解されてください。
私の感性の専門化としての考えからの筆も、 今回とんでもない間違いをしてしまったとはいえ、 わたしには意味あることと考えらていたのです。(これは信じてもらえないなら、かまわないことなのですが。)
そして、それは(イ)の世界として例えられます。
一方 いつもbrageloneさんから教わることは、感銘を受ける点は(ロ)の新鮮な何かなのです。 ともすれば 一人で進んでいってしまいかねない専門家としての道を 原点に引き戻してくれるのです。
今回の 訂正も 私の方からは、その(イ)と(ロ)の違いの観点からの、けして混同してはならなかった違いとして 訂正させていただきます。
あとは、私の意図は、詩 ですので。 …。
以上です。
yukkin66さん、 いろいろ すみません。 また 丁寧なコメントありがとうございました。
投稿日時 - 2009-01-19 19:41:05
お礼
「蚊が刺した」と言う表現については、情けない事に私自身お二人の言葉にどのような差があるのか?判然としません。大汗
只、お二人が共に「心から暖かい善意」に基づいて発してくださった事だけは確信しております。^^
そして、お二人の表現が「おそらく目的とするもの」も大きな意味で同じなのだと考えております。(適当過ぎる!!と叱られそうですが、お許し下さい。)
こんな頭足らず舌足らずの質問者に最後迄お付き合い下さったご親切に深く深く感謝申し上げます。ありがとうございました!!
またのご縁を信じておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げますね。^^
投稿日時 - 2009-01-28 14:10:05
No.57です。お言葉に甘えます。
▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて生殖器に内在する肉の欲望を婚姻の純潔は善く用いるのであるが しかもその欲望は意のままにならない運動を持っている。その運動は 堕罪以前の楽園においては欲望が皆無であり得たか あるいはたとい存在していても 時には意志に抵抗することがないように存在していたことを私たちに示す。
しかし堕罪後の今は 欲望は精神の法に反しつつ 生むべき原因が全くないときにも 性交すべき刺激を与えるようなものであると私たちは考える。
もしそれに人が屈服するなら罪を犯しつつ満たされる。もし屈服しないなら 同意しないで 制御される。この二つのことは堕罪以前の楽園においては無縁なものであったことを誰が疑い得ようか。
なぜなら あの貞潔は恥ずべきことをなさず あの祝福はいかなる不安も覚えなかったからである。したがって 処女の子が懐胎されたとき そこにはこの肉的な欲望は全く存在する筈がなかったのである。
処女の子において死の制作者は死に値する何ものも見出さなかったにも拘わらず 生命の制作者の死によって征服されるために彼を殺すようになったのである。
最初のアダムの勝利者は人類を拘束していたのであるが 第二のアダムによって征服されて キリストに属(つ)ける者たちを放免する。・・・このことは 人間が高められることなく 《誇る者は 主において誇る》(コリント後書10:17)ためになされたのである。・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆ 読みづらい文章を あえて 持って来ました。
要するに
○ 不可能なことが 実現する。
☆ と読みます。いかがでしょうか。
* 《わたしは 主において 誇ります》という言葉を連ねればよいと考える場合も 見受けられるようですので 言葉というものは 扱いにくいものですね。
投稿日時 - 2009-01-16 22:10:19
お礼
>☆ 読みづらい文章を あえて 持って来ました。
あう。。。イヂワルされてしまいました。。。^^
「どうして読み難いのか?」を考えてみました。
>さて生殖器に内在する肉の欲望を婚姻の純潔は善く用いるのであるが
「肉の欲望」を「婚姻の純潔」は(何の為に)「善く用いる」のか?
この「目的」を書いてくれれば。。。とか、
その次の文は出来れば「簡潔に二文に分けて」欲しい!とか、
どうも「文法面の読み難さ」ではなかろうか?と思うのです。
受験の時に英文法を完璧にする為に「切ったり貼ったり」SVOCを明確にする練習をしたものですが、全く同じ感覚をこの手の文章からは感じます。
これはつまり、
*私が素直に読んでいないのか?
*書き手/翻訳者の文章能力があまり良くない(無礼極まりない!!大汗)のか?
どちらなのでしょうね。。。それとも別の理由があるのでしょうか。。。
文章の中身に関して
>処女の子が懐胎されたとき そこにはこの肉的な欲望は全く存在する筈がなかったのである。
これはマリアの処女懐胎を言っていると思われますが、
この「処女懐胎」は神的な意味からはともかくとして、その後の世界の「肉欲の位置づけ」を格段に貶める役割をしているように思えてなりません。
勿論、私はクリスチャンではありませんし、聖書をしっかりと読んだ事も無い不勉強者ですので何も言う資格は無いのですが、そんな事をふと考えます。
まだまだ「私の知らない事」が世界には溢れていて、それが私には「生きる意味」にすら思えます。^^
ありがとうございました!!
投稿日時 - 2009-01-28 14:31:24