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最近若者による凶悪事件が相次いでいますが、その原因の一つに豊かな時代背景があるのではないでしょうか。欲しい物は、さほど苦労もなく手に入り、辛いことや苦しいことをあまり経験しないで大人になってしまった若者が多いように思います。
その為、家では意図的に子供に我慢をさせる場面を作ったり、辛抱する経験をさせています。
皆さんはこのような教育は必要だと思いますか。
自分が子供の頃は、色んなことを我慢していたような記憶があります。
投稿日時 - 2008-11-12 22:59:11
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回答(7件中 1~5件目)
> 我慢ができる子供に
これは社会全体の責任だと思います。 私はここにお書きの皆さんとはちょっと違った意見を持っています。
最近の子供たちに数多く見られる口呼吸が原因で忍耐力のない子供が多い。 彼らは実に簡単に《キレ》てしまうのです。
私の言う口呼吸とは、夜寝ている時の口の状態を指しています。 殆どのお子さんは口を開けて寝ています。 日本では《いびき》は病気と認識されていません。 社会的に容認されています。 しかし、寝ている時のいびきが齎す弊害は驚くべきものです。 これが幼少期の子供にも見られるとあっては恐ろしくなります。
寝ている時も口をしっかりと閉じる。 そして、鼻で呼吸する。 このふたつがまっとう出来れば、お子さんの性格は大きく変わります。 古来から伝わっている生活の知恵や秘伝といったものは、正しい呼吸法を如何にしてマスターするかを教えています。 アジアで始まったヨーガも座禅も突き詰めれば、正しい鼻呼吸のやり方に収斂しています。 それほどに呼吸法は大切なのです。
投稿日時 - 2008-11-13 17:07:16
人間、我慢ばっかりはダメでしょう。メリハリが大事なのでは。
ストレスが溜まりすぎると大爆発を起こすでしょうし、ストッパーがない人間でも困ります。ホドホドにブレーキできないとね。
感情の調節がキチンと機能する人間になれるかどうか。
肝心なのはココだと思います。
そういう意味で、『かくれんぼ』『だるまさんがころんだ』などの昔の集団遊びは優れものです。かくれんぼでは、じっと身を潜めているのは子供には辛抱が要ります。音をたてたら、途端に見つかってしまうでしょう。
だるまさんが転んだ、にしても瞬時にじっと止まることの難しさ・体のバランス感覚や手先まで神経を使うなど、知らぬ間にトレーニングになっています。
親がわざわざ辛抱を教えなくても、今の子どもはよく色々辛抱していると思います。若者による凶悪事件が多いのも、辛抱の爆発だと思えて仕方ありません。本当に愛され、満たされて育った者はおっとりとして、凶暴な感じの人、少ないもの。必要な時に、必要な愛を。必要な物を。必要な対応を。それがされなかった者(特に戦時中の子供など)に、荒れた人を多く見かけます。もちろん、(戦時中に子供だった)親に育てられた子にも多く・・ね。
投稿日時 - 2008-11-13 13:33:42
http://kangaeru.s59.xrea.com/toukei.html
どうなんでしょう?
少年犯罪で殺人が300の大台を切るのが昭和43年。つまり戦後の団塊の世代が大人になったので、同じ殺人をしても少年犯罪でなくなったころからなんですよね。
確かに団塊の世代は人数が多いので、犯罪者の数も多いでしょうが
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei04/index.html
1947ー1949 の三年間で800万人 1966年少年殺人368人
1987ー1989 の三年間で380万人 2006年少年殺人 73人
正確に、年齢対照になっていませんが、少年殺人の犯罪者がハイティーン17,18,19歳くらいと考えると、団塊の世代は件数で5倍、人口比率で2倍以上殺人犯人を生み出しています。
もっとも少年殺人の多かったのが1951年で1930年代前半生まれが犯罪を起こしていると推測されます。あるいは、1959年から1961年も多い。これは戦争中に生まれた世代と思われます。
もう、ものが少なくて、辛いことや苦しいことをたくさん経験した世代だと推測されます。
データを素直に見るならば、辛いことや苦しいことを経験しなかった世代の方が凶悪犯罪(殺人)を起こさないと考えるのが妥当であると思います。
投稿日時 - 2008-11-13 02:58:43
大人になって、街の親子を見て思うのは、子どもって、親の鏡だなぁということです。
中には、親を反面教師と見ているような子どももいます。
家庭の中で我慢させるというよりも、社会生活の上で我慢させることを覚えさせる方が効果的な気がします。
バスや電車の中で、親子連れで、子どもを立たせている姿をここ数年、本当に見かけなくなりました。席が空いていれば座るのが当たり前、と思う子どもは、「我慢」をどのようにとらえるようになると思います?
手に入るモノを手に入れないことが「我慢」ですよね。人生を歩む上で、「手に入らないモノがあること」があることを知る、ということが大切なんですよね。
強制的に我慢をさせる、というのも教育だと思いますが、その強制が外れたときに、暴走をします。特にここ数年の凶悪事件を起こした人の過去をテレビ出見る限りでは、「何でも手に入る」過程と「思い通りにならない」過程の両方を経ているように思います。この過程は、いずれかが先のケースもあるように思います。
我慢させる画面で、心を教える機会があることが一番だと思いますので、その辺の工夫もされてみてはいかがでしょうか。
投稿日時 - 2008-11-13 01:26:21
>皆さんはこのような教育は必要だと思いますか。
必要か否かという2者択一ですと、パスです。
まあ、あってもいいかなぐらいです。
問いかけが、学校での教育か、一般家庭での教育か、質問者のご家庭での教育か、今ひとつわかり兼ねますが。
質問者のかたは「子ども」を問題としていますが、大人もどうしてなかなかのものでしょう。
確か『暴走老人』という本も話題になりましたね。本のタイトルは不確実ですが。何のために延々とクレームを付けているのかわからない高齢者、病院の床に寝転び足をばたつかせて嫌だ嫌だをする高齢者などが、本の中で報告されています。
保護者( 父母 )にしても、モンスターペアレントなどというものが出現していますから、一般論として、「子ども」だけに何かの教育を施せば好転する方向が見えてくるというのはいかがなものでしょうか。
つまり、それぞれのご家庭の判断で我慢することを学ばせるのは、他の者がとやかく言うことではありません。また、ウチがそうだからあなたもそうしなさいのような論理であるとするならば、賛成できません。
ただし、質問者のかたのご家庭で、お子様に我慢を覚えさせるということは、ご自由にということです。外部の者たちが賛否を言う以前のことです。
世の中、大人から子どもまで、全体的に我慢しきれなくなってきているのかな、という感じはします。しかし、昔は表面に出ていなかっただけであって、情報化社会になって表面化しただけのことなのかも知れません。
投稿日時 - 2008-11-13 01:00:04