締切り済みの質問
就活を終えた現4年、女性です。
3月頃に就活ブルーを経験し、以来自分に自信がなくなりました。就活ブルー後は事務的に淡々と就活を行い、いくつか内定を頂けたのですが、自分のコミュニケーション力のなさ、魅力のなさ、器の小ささを就活を通して実感し、自分の魅力が全く分からなくなりました。
就活での自己分析は針小棒大に事柄を書くので本当の自分ではありません。面接で言っていたことなんて7割嘘です。
就活をはじめる前は、根拠のない自信に満ちていたのですが、就活をしてみて現実の一端を垣間見た結果、自分の能力の低さに絶望しました。
内定貰ってるのにどうしてこんなに気分が落ち込むのでしょうか。
周囲の大学に行っていない子達はどんどん結婚していっています。
子供を作って大変ながら幸せそうな姿を見ると、自分もあんなふうになれるのか酷く不安なのです。もしかしたら10年後の自分は自殺しているんじゃないか等、最近では考えてしまいます。
投稿日時 - 2008-10-18 15:49:43
2人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
回答(13件中 1~5件目)
色んなご意見がありますね。
でもそうは言っても限られた時間でもうすぐ卒業なら焦りますよね。
今年の夏に今年4年生の卒業間近の子の採用を請け負いました。
どの子もこの時期まで決まっていないので目が暗かったです。
だから面接している方がつらかったくらいです。
だんだん数をこなす方が優先でなぜこの会社を受けているのか分からなくなっていませんか?
実際きれい事ではないでしょうが
面接の時にそれが定まっていないと面接官の印象にも残りません。
たとえ志望した会社でなくとも要点と話は整理していった方がいいと思います。
志望してない会社から断られるのも悔しいではないですか?
数をこなしているなら面接も慣れてないといけないと思いますが
面接を上達するように反省点など振り返って次回に生かして下さい。
失敗は次に生かさないともったいないです。
投稿日時 - 2008-10-22 07:40:34
33男です
まず、”自分のコミュニケーション力のなさ、魅力のなさ、器の小ささを就活を通して実感し”とありますが、これは主観的なことですよね。定量的に計れるものではありません。
だから、これは単なる思い込みだと思います。自分はコミュニケーション能力があり、魅力もあり、器が大きいと思い込むことも可能だと思います(ここで思い込む能力がむずかしいのですが)
面接で言ったことは嘘なのですか?
たとえば、TOEICの点数が600点しかないのに750点といったらそれは嘘になります。
ただ、”学生時代にはあらゆる分野の人と出会い、コミュニケーション能力を高めました”というのは大していろんな人にあってないのにこれをいったとしても嘘にはなりません。
私は今まで3度転職していますが(技術系→クリエイティブ系→事務系→事務系)と一貫性のない職種を転々としていましたが、あらゆる分野に精通していけると感じているので、転職していくたびにパワーアップしていくような気がして自分に自信がついていきます。
一方で、これをネガティブな側面で見ると、いったい自分は何をやりたいんだろう。いままでこんな一貫性のないキャリアばかりもっていてこれからどおすればいいのだろう。っとかんがえてしまうと自信がなくなりますよね。
私はネガティブな考えは持たないように努力しています。長所は短所で短所は長所ですから、ネガティブなことを思いついてら裏返しのポジティブなことを考えれば、いいのではないでしょうか?
7割嘘というなら、私だったら、7割嘘ついてでも内定が取れるほど私はほかの人間より表現力が豊かで説得力があるんだと思いますね。
大学で楽しんで、仕事をばりばりして、それでもって結婚して幸せに慣れるなら、早くから子供をつくったひとより、視野の広い人間になれる、なんて私は幸せなんだろうっておもっちゃいませんか?
投稿日時 - 2008-10-19 02:42:56
「自分に自信がなくなりました。」
それが正しいのです。実力のない人が自信を持ってはいけません。
自信を持てというのは実力があるのに自信がない人に向ける
言葉でありあなたは該当しません。
「事務的に淡々と就活を行い」
仕事の一部なのだからそれが当たり前です。
「いくつか内定を頂けた」
よかったですね。
「コミュニケーション力のなさ、魅力のなさ、器の小ささを就活を通して実感し、自分の魅力が全く分からなくなりました。」
文章の後半がおかしいですよ。
〔魅力がわからない〕は魅力が〔ある〕という前提によるものですが
あなたに魅力はありません。
「根拠のない自信に満ちていた」
が間違いであり
「自分の能力の低さ」
を知るのが正しい。しかし、「絶望」するのはおかしいですよ。
内定をもらえたのだから労力として価値はあるわけです。
「内定貰ってるのにどうしてこんなに気分が落ち込むのでしょうか。」
これまで思い上がっていたからです。
そもそも、就職活動をするまでは二十歳すぎた大人が
根拠無く自分の価値が高いと思い込んでいたというのは、
なんにも考えてなかった証拠であり、
今落ち込んでいるのは正当な罰です。
「幸せそうな姿を見ると、自分もあんなふうになれるのか酷く不安なのです。もしかしたら10年後の自分は自殺しているんじゃないか」
???
これから成長するという選択肢をなぜ捨てているのですか。
ずいぶん出遅れてはいますが
遅すぎることはありません。
投稿日時 - 2008-10-18 21:16:57
どんな人にも、「本当の自分」をなるべく偽らずに生きていける環境が必要なのだと思います。
しかしながら、思い通りにならない目の前の世界に身を投じていかざるを得ない場合もあります。演じたくないものを演じようとして、アイデンティティー喪失に苦しむことも起こり得ます。
自分を知り、自分に適した環境を知り、それを手に入れることとは、場合によってはとても難しいことです。長い期間をかけ、成功や失敗を重ねながら、それらを徐々に成し遂げていくケースも多いのではないかと思います。
ひとまず、「目の前の山を一生懸命に登ってみる」ことをお勧めします。一旦与えられた課題を受け入れ、それらに対し誠実に努力を重ねていくことで、自分という人間の性質が次第にくっきりとしてくるはずです。それは、分からないものを知るための実験なので、たとえ好ましくない結果が出ても、仕方のないこととして受け入れるべきでしょう。苦しいことや悲しいことを経験しても、そこから学びを得ることが大事なのです。
進んでいる道が本当に自分に適さないと思えたところで、方向転換をすればいいのでしょう。人生なんて、30や40になってから決めてもいいのです。どうせ旅をするなら道中を楽しもうと心がけるべきなのです。迷い道や道草も楽しみのうちです。
「人間は、どんな人でも、その人にしかない素晴らしい能力を持っている」と松下幸之助は言います。どんな人も、自分に適した環境を得ることで、自分でも予想すらできないような大きな働きができるはずです。なので、現在の状況だけで、自分を過小評価する必要はありません。パフォーマンスの良し悪しは、自分と環境との相性の問題でもあるのです。
仕事の世界とは、一般的な一つの型に過ぎません。それが都合のいい人には都合がいいわけです。そして、都合の悪い人の場合、人生の長旅の中で、年を重ねながら徐々に自分に適した世界に近づいていけばいいのです。10年後はきっと、ぜんぜん違う心境でいるのではないでしょうか? 昔のことを懐かしく思い出したりしながら。
投稿日時 - 2008-10-18 20:45:04