解決済みの質問
現在、障害者雇用として週30時間契約のパート社員として事務に就いています。会社の業種は不動産会社です。現在34歳、女性独身親許(1人暮らしは医師に禁止されてます)です。
病名は確定していませんが、障害年金の診断書には「混合性抑うつ不安障害」、自立支援通院医療証更新の時には「統合失調症」と書かれてます。
とにかく自分に自信がありません。生まれてきたこと自体が間違ってると思ってますが、過去に数回自殺未遂をしてるので、死ぬことも許されないのだと思っています。
今月頭、ささいな出来事が原因で職場でうつ状態になり「営業の士気を下げた」としてまず3日間の欠勤を、その後話し合いがなされ1ヶ月の休養を言い渡されました。正社員ではないので無給、ただし社会保険には加入しています。障害年金も3級で月5万なので厳しいです。元々の月収も手取り9万程度です。
今の会社には約2年前に入社、障害者就職面接会で採用されました。が、一発ではなく、先に同僚(25歳)が採用され、もう1人健常者を採用したところすぐに辞められたために私が繰り上げ採用になったと聞いてます。だから「同僚のオマケ」という概念がどうしても消せず、残したいのは私ではなく同僚だろうとずっと思ってます。
ちなみに本社ですが総従業員数は約500人・うち本社勤務は50名です。
すべて自力で就職できた訳ではなく、今まではずっと一般で働いてきました。中学校の時の担任に「おまえは社会人として通用しないだろう」と言われたのが悔しくて、高校生の時からずっとバイトしてきました。26歳の時に精神科を受診し、長時間労働を禁止された際に障害者手帳(3級)を取得しましたが、求職期間を合わせ、休養したことは過去18年間一度もありませんでした。
そんな訳で、病気を理由に前の会社を退職勧告で辞めた時に、ハローワークに勧められて登録したのが市内にある障害者就労生活支援センターでした。
今回の復帰も会社ではなく、センターの担当者の判断に任せる、ということになっていました。私の場合、家族との確執があったため、それをなくすためにお母さんと一緒に家事をするなどコミュニケーションを取りなさいと言われて一生懸命やりました。
おかげさまで様々な誤解が解け、考え方もずいぶん変わって、家事も自然に身体が動くという感じでいけるようになったんです。1ヵ月の休職は経済的に痛かったけど、今までの自分とは違う、と。
ところが。今日担当者と面談をして「じゃああと1ヵ月、今度はボランティアという形で職業訓練しようか」と言われ、言葉が発せられないほどショックを受けて「やっぱり元に戻った」と言われてしまいました。
同席した兄もはじめは驚いたそうですが、納得してしまいました。
というのも、来月宅建を受験予定です(昨年不合格を経験してます)が、このままでは棄権しかないかな…と思ってます(強制ではなく任意受験です)。
また先に書いた通り「休職」という経験がまったくないのです。しかも無給。来月には年金が振り込まれますが、家族には「足りない分は遠慮なく言って」と言われてます。が、兄は自営の宅配ドライバーで夜遅く帰宅してきますし、父は66歳ですから老齢年金をもらいつつ市の公営企業でパートとして朝早くから仕事してます。それがわかってるので自分が許せないのです。
ましてや何の能力もない自分が何のボランティアを?想像ができません。長年スーパーのレジの仕事しかやってきてない人間です。
しかし夕食の手伝い(最近では包丁を扱う作業はほとんど母に任させてます)をしていると、自然と気持ちが楽になるんです。会社に戻っても好い顔されないのでは…と不安な気持ちしかありません。まして、今の会社でステップアップができる見込みもなさそうです。
「このまま会社を辞めて、家事手伝いをして暮らすのが幸せなのかな…そうすれば家族も心配しなくて良いし、誰にも迷惑かけない」
と思うようになりました。が、こんなことを言えば怒られてしまうので感情を殺してます。
こういう風に思う私は最低ですか。休職を延ばされたことにショックを受けたのはそんなに悪いことですか。社会復帰を諦めるのも悪いことですか。まだ若いといわれますが、34歳しかも女性で再就職は難しいと思っています。
不安で泣きたいけど泣くことも許されてません。どうして良いかわかりません。私はどうすれば良いのでしょうか。それすらも判断できません。
投稿日時 - 2008-09-30 00:31:27
何だかんだいっても、休職延長ということは、会社はまだあなたを雇用する
気でいるのではないでしょうか?
私も34歳、以前は昼夜、土日関係なく仕事に熱中していました。が、ある
日、我に帰ると会社の人間関係、過労、リストラのひずみの中に自分がい
て、「うつ病」になりました。およそ1年半、仕事に穴をあけました。復職
して1年経ったころ、異動を命じられました。というか、自分からも希望
しました。ところが、その環境の変化が災いしたのか、現在、再度休職し
ています。
テレビに出てくるような、華やかなキャリアウーマンを目指せばよい、と
いう訳でもないので、自分の身の丈に合った仕事から段々と復帰されるの
がよいと思います。焦ることは禁物です。私の中にも今だ焦りがありま
す。でも、自分のペースでゆっくり問題を解決することが一番だと思い
ます。私もどうすれば良いのか、模索中です。
復職を目指すもよし、家事をしながら新しい道を切り開くのもよいと思い
ますよ。まだ、人生の折り返し地点にも達していないのですから、気長に
やりましょうよ。
投稿日時 - 2008-10-04 00:28:48
お礼
回答ありがとうございます。
>何だかんだいっても、休職延長ということは、会社はまだあなたを雇用する気でいるのではないでしょうか?
ところが、センターの担当者の方曰く、会社には一切連絡を取っていないとのことです。会社側も、センターに私のことは一任しているという状態なので、本当に必要なのか?という疑問はあります。私が怖いのはそこなのです。
私も今回こんなことになるまで知らなかったのですが、従業員数に対して2人でも障害者は足りてないそうです。が、社会人経験が浅い上に私と違って人当たりは良いし若いという同僚の方が扱いやすいのは私も解ってます。もちろん、私の代わりなどたくさんいるということも。
他の回答者様へのお礼にも書きましたが、元々正社員職というのにこだわりはありません。パートこそが会社を支えてるという自負もあります。
ただ、障害者就労支援センターの役割というのが「障害者を就職させかつ持続させる」のが主旨なことは確かで(でなければ、仕事している私が登録者のままなのはおかしいですから)、また運良く登録直後に場慣れのつもりで参加した面接会で繰り上げとはいえ採用されたので、事実上就職のためのリハビリのようなものはほとんど受けてません。
他の回答者様のお礼にも書いたように、今の私には本当に選択肢がないことがわかりました。が、回答者様のお辛いご経験を読ませていただき少し心が安心してます。
とりあえず、いろんなことはあきらめることにしたので、8日の定期診察日と9日の面談までは大人しく家族が喜ぶように振る舞っていようと思います。
投稿日時 - 2008-10-04 10:36:50
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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
自然に振舞えない時点で、治療できる環境になっていません。
次の診察のときには、ぜひ「ご家族とともに」お医者さんを訪ね、ご自身の本心はどこまで苦しいか、それに対して一人では乗り越えられないから、家族としてどのような環境をつくるべきか、「家族ぐるみ」のカウンセリングを改めて受けられることをお勧めします。
職場がストレスで、家庭もストレスなのでは、静養ができるはずもありません。それをご家族に理解していただくために、お医者さんから呼び出しかけてもらうくらいでも、とにかく家族を病院に同伴させることです。
もう、家庭内で演じることはありません。むしろ演じても誰のためにもなりません。
センターは治療施設ではありません。あくまでも、お医者さまの見解をご自身・家族・センター・そしてパート先が共有しなくては、治る環境づくりができません。そのことをご家族が実感しないと、治療と関係ないセンターに任せてしまい続けてしまいます。
投稿日時 - 2008-10-04 11:01:03
お礼
回答ありがとうございます。遅くなりすみません。
回答者様の意見もごもっともなのですが、家族にもうひとり心の病を抱えているという以上、難しいのです。しかも今は会社の定休日に合わせて通院日を決めており、父や兄は休みにくい曜日です。主治医とは家族のことももちろん相談していますが、家族の面談は必要ないという見解です。
というのも過去に2回ほど過服薬で入院しています。それぞれ1週間と3日、意識不明でしたので、その間病院側と家族は十分話し合いをしています。
それに両親は60代を過ぎてますので、たとえ両親を同伴させたところで変わらない年頃だと思います。
人間慣れって凄いですね。この質問をした時はあれほど怖い、自分はロボットだと思わなきゃと思っていたのに、それが普通になっています。年齢の割にはどうしても上手く喋られませんが、環境自体には順応しています。
せっかくのご回答でしたのに、うちの家庭環境では無理です。申し訳ありません。
投稿日時 - 2008-10-10 16:04:46
何も無理して合わない会社で働くことはありません。
ご家族は理解しておられますし、家事が手伝えるなら十分、ちょっとバイトやパートができれば素晴らしいじゃないですか!
泣きたくなったら泣く。これが人間の自然な姿です。それを押しとどめようという無理をしても体はストレスがたまってしまうだけです。泣いてスッキリするというのは人間の自然なリラックス法なのです。
定期的にお医者様に見ていただき、自炊をして好きなものを美味しく食べ、自分のペースにあった時間だけパートして、という規則正しい生活をしているだけで、体への無理やストレスも減って、だんだん良くなるものです。
この世に完璧な人間などいません。学校の先生ですら完璧ではありません。
人にはそれぞれに合った生活パターンがあります。過去になにがあったかは考えても将来はかわりません。自分のペースで生きていれば、それなりのペースでそれなりに色々な経験ができ、なんとか過ごせるものです。
投稿日時 - 2008-10-01 05:24:48
お礼
回答ありがとうございます。
ですが、ANo.1様へのお礼にも書いた通り、私には「今の仕事を辞める」という自由もないのです。何で泣く必要がある、やめろとも言われました。
とにかく自分には自由がないのです。が、センターの方の指示通り動いていれば(感情を押し殺して笑顔をつくること含め)家族は納得のようなので、そのように生きていこうと思います。
投稿日時 - 2008-10-04 10:23:50
相談文を読ませて頂きました。
相談者が期待しているような回答やアドバイスにならないと思いますが、書かせて下さい。
まず、生きていくためにはは働かくてはなりませんが、今の相談者にはどうなんでしょう? 勿論あなたのことを私は見てませんので正確性が欠けると思いますが、その会社の担当者から見て、【まだ???】だったのではと思います。相談者本人が【もう大丈夫!】と言ってもです。
と言っても、給料がなくては話になりません。ここはパートやアルバイトを選択肢に入れてはどうですか?
ということで、確かに<34歳しかも女性で再就職は難しい>、私も良くわかっているつもりですが、まず、自分の健康を第一優先に考えた方が良い気がします。
まず、誰が見ても健康体になった上で、正規の職員を目指す!これが順当では?
その間の経済的なものはパートやアルバイト、それこそ<スーパーのレジの仕事>で体力を温存しては?---失礼な表現かもしれませんが。
(私の経験、1年休職したとき---本題から少しずれますが)
わたしは休職経験を持つ人間ですが、給料の支給が少なくとても生活が???の時期がありました。主治医に相談し、時間制限付きで近くの配送業者の手分け作業、コンビニでバイトしたり、食堂で皿洗いしたりして7ヶ月過ごしました。<不謹慎かもしれませんが>バイト先からの食事の支給は非常に助かりました。
当時、それぞれのバイト先で、『仕事クビになったら、おいで!いつでも歓迎だよ!』は今でも心に残っています。
私も経験で35歳が職探しの限界と感じました。ですから不安な毎日を過ごされているのも手に取るように判ります。でも、ヤッパリ健康第一です!誰が何と言おうと健康体のあなたが一番だと思います。
私の回答・アドバイスというより、個人的な意見を書かせていただきました。 参考になればさいわいです。
投稿日時 - 2008-09-30 09:53:24
お礼
回答・貴重な体験談ありがとうございました。
元々、ちょうど高校卒業後にバブル経済崩壊・就職難を経験しており、有名大学に行った友人たち(私は経済的理由で大学には行ってません)も正社員に就けなかったのを見てきたので、元々非正社員という雇用形態には不満はありません。今の会社を辞めてもっと長く働ける所といってもおそらく非正社員職を探したでしょう…しんどいのはわかってますから。
今の不安の気持ちを家族に伝えました。ガマンするのをやめて気が済むまで泣いてもみました。案の定家族全員に怒られました(父だけは「ボランティアと言われても何をするのか解らない不安な気持ちはよくわかる」と言ってくれましたが)。家族はセンターの担当者と面談しており、全面的に信頼しているから「罰当たり」と言われたのです。
私には何の自由もないということがわかりました…。正直少し遠出しただけでもへとへとなくらい疲れてます。大学病院なので主治医は何度か変わってますが、ほぼ全員に「40歳くらいまでは今の調子が続く。薬はあくまで今現在の対処療法」と言われてます。つまり健康になるには早くても40歳くらいまではかかるだろうと言われてる訳です。
これからの人生、いろんなことをあきらめて生きていこうと思います。
投稿日時 - 2008-10-04 10:19:50