解決済みの質問
この回答も確固たる根拠があるわけではありませんが、以前聞いた事です。
戦後の朝鮮問題の処理については、ヤルタ、カイロ、ポツダム会談ですでに独立を促すことで決まっていたようですが、当時、朝鮮半島および中国東北地方に展開していた日本軍の武装解除を分担する際、38度線以南に駐屯していた近衛師団をアメリカが、以北に展開していた関東軍をソビエトが受け持つことになったとの事です。
恐らく、これを根拠に朝鮮半島の人々が朝鮮分断の責任の一端が日本にあると言っているようです。真偽のほどは確信がありませんが・・・
投稿日時 - 2000-06-25 17:35:31
補足
なるほど! じゃ、日本の軍管区境界をそのまま踏襲したと? じゃ、朝鮮軍は近衛師団なのですね? 朝鮮軍と関東軍の境界は、鴨緑江、豆満江あたりではなくて、38度線だったと? 重ねてお尋ねしますが、単純に卯酉線を使ってたのか、山や川を境界にしてたのかはわかりませんか?
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
1945年9月2日に日本に対しても通告、というか、命令が下されています:
連合国最高司令官(マッカーサー)一般命令第一号で「・・・満州、北緯38度以北の朝鮮、樺太・・・はソビエト極東軍最高司令官に降伏せよ。・・・日本本土、隣接する島、北緯38度以南の朝鮮・・・は合衆国太平洋陸軍最高司令官に降伏せよ」といった内容の降伏命令が大日本帝国大本営及び日本政府に対して出されています。
マッカーサーが就任して最初の命令がこの降伏命令だったわけで、そのときには朝鮮半島の分割が直接表現ではないにしても、日本政府に通知されたといえます。
また、この降伏命令書の内容からも分割は北緯38度線そのものであることが分かります。
投稿日時 - 2000-06-25 19:33:32
以前にテレビか何かで見たのですが・・・・。
第二次世界大戦末期に日本より先にドイツが降伏して、ソ連が日本との条約を
破棄して満州に侵攻しましたよね。
アメリカとしては、戦後の世界を見越してアメリカの地位を優位にする為に、
本当はソ連に参戦して欲しく無かった。
しかし、ソ連はアメリカの一人がちを許す訳に行かず、何が何でも日本戦に参戦
しようとした。
その為、アメリカか国連か分かりませんが、38度までならということで南下する
事を許したそうです。それがそのままいわゆる「38度線」になったと聞きました。
しかし、その根拠に関してはわかりません。
投稿日時 - 2000-06-25 15:00:23