締切り済みの質問
漢字がとても苦手、本読みも好きでなく、毎日いっしょに反復練習をしたり、読み聞かせをしたりするものの、親から無理やりやらされている意識が強いようで、あまり身につかないように思います。
私も仕事をもっていて、ただでさえ疲れているところに、息子の勉強をみるのも最近はつらくさえなっています。同じ部屋で、私は息子に声かけしながら、私もまた自分の勉強をしている状態なのですが。
叱るまい、と思いながら、ついつい叱ってばかりいる毎日に、自分も疲れますが、本人のためにもなりませんね。
国語だけでも専門家に任せて、熟通いを考えています。感情的に叱ることもないでしょうし、本人も漢字など身につくことがまたほかへの様々な自信ともなるような気がして。
ずっと、家でみてきたのですが、ちょっと私のほうが限界かな、というような。どうしたらいいでしょう。
投稿日時 - 2008-09-10 22:54:25
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回答(10件中 1~5件目)
「リトル・トリー」フォレスト・カーター著、株式会社めるくまーる。
を読んでいます。今日も、105円で「リトル・トリー」を買ってしまいました。何冊もっているかわかりません。好きな本は、4,5冊持っています。絶版になりそうなときは、買い占めます。「リトル・トリー」を読んでみて下さい。必ずnono1001さんの「心の積荷目録」の1冊に加えてもらえる自信があります。
NHKブックス「小説入門としての高校入試国語」石原千秋著、読んでください。9月15日以来の金融危機、経済危機、世界恐慌の情勢から
資本主義社会の経済法則を解明した「資本論」に挑戦しようと思っています。経済学の法則、定理はむずかしくても、文学作品としての「資本論」なら、読めそうです。聖書、ダンテ、シェイクスピア、セルバンテス、ギリシャ神話、ローマ時代の詩人と引用作品が世界文学全集から、ひろく採用されています。
読書の秋をお楽しみください。食欲の秋、満月を見ながら、栗を食べたり、風流を味わってください。
参考URL:http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3980/book_littletree.htm
投稿日時 - 2008-10-13 21:56:09
お礼
有難うございます。
リトル・トリー、さっそく手元に。「足るを知る」という言葉?が好きというのか、信条にしているようなところがあるのですが、それをふっとおもいだしています。まだ、読み始めたばかりですが、次男にも読んできかせたい。
塾にいかせるつもりでしたが、まだ迷っています。これまで手をかけてこなかったので、それを取り戻すつもりでもう少し家でがんばってみようかな、そんな心境でもあります。
投稿日時 - 2008-10-24 23:33:22
今日は、小学校の運動会でした。といっても、子供は成人してしまい、家でごろごろしていました。夕方、父親と近所の土手を散歩しました。
「日本晴れ」快晴のとても気持ちのよい散歩でした。
さっき、NHKBSテレビで「学校」という映画を見ました。学生時代に読んだ「教育とはなにか」矢川徳光著、を思い出しました。
日付がかわって、秋分の日になりました。お彼岸の中日です。
いよいよ秋本番です。読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋、収穫の秋です。こどもたちは、勉強に励み、おとなは、労働と選挙です。
人間には、ひとりひとり、もって生まれた「役割」があります。それに早く気がついて、自分の道を歩き始めると、親は少し安心します。
今は、子供の手がはなれ、親と人生の最後をまっとうできるように、私にできることをするだけです。生きているうちに親孝行のまねごとでもしておかないと、死んでからはご飯も一緒に食べられません。
親子とは、コピーのように似るものですね。父も私も気がつきませんが、母が「あんたたちはそっくりじゃ」といいます。大抵よくないところがそっくりなのでしょう。
読書を「心の積荷目録」といった哲学者がいました。「教育」は、親子、孫、ひ孫と数世代にわたる大事業です。家庭の文化です。
8年は、あっという間です。毎日が、かけがえのない日々です。濃密にお過ごしください。
投稿日時 - 2008-09-23 00:38:17
補足
書くところがなくてこちらで、、。
夕べは長時間勤務で疲れていたうえ、母との電話のやりとりで嫌な気持ちになっていたので、そんな気持ちのままのお礼になってしまいました。失礼しました。
子育ては、あまり向き合いたくない自分と向き合うことも時にあって(忘れていたことをふっと思い出すとか)、子どもを育てながら我が身をまた育てられていくのだということを思いながらの14年になります。
あらためて有難うございます。
投稿日時 - 2008-09-24 10:43:07
お礼
有難うございます。
次男はプリント学習をしているのですが、これまで私が決めたところをやらせていました。それを今月残りの分は本人に任せています。そうしたら、ちゃんと今月中に終わるように本人なりに考えて、今日も仕事で留守していたのですが、言わずとも今日の分としてやっていました。私は○つけして、間違ったところを伝えたり、質問に答えたり。必要あれば辞書を引かせたり。勉強のこと、まだ考えていかなくてはいけないと思いますが、今ここで答えを出すのはまだいいかな、、なんて最近思っています。
親のこと、これはまた私にとり課題となりそうな。親が嫌いなんです。
表面はうまく取り繕っていますが、、、
親を否定することは自分自身の存在を否定することですものね。
投稿日時 - 2008-09-23 22:41:18
小学校の担任の先生に相談してみてください。教育のプロですから。
No.7の回答者様がおっしゃるように、子供が自発的に勉強に向かい始めたときがチャンスです。親は、あの手この手で、子供の特性をみきわめたり、興味、関心をさぐったりしながら、よいところを見つけて、伸ばしてあげるしか方法がありません。
もう成人した子供が、中学3年の無理数の勉強をしています。初めて無理数を勉強するらしくて、教科書にのっている、古代バビロニアの粘土板に書かれた正方形とその対角線を説明します。500km離れているので、電話代がはねあがります。手元の本の裏表紙に、その粘土板の写真がのっていました。あとは、電話で聞いた足し算をして、ルート2の値がでてきました。一緒にいるときは、取っ組み合いのけんかをよくしました。娘ですが。今はやさしくなりました。
3歳、10歳、14歳の発達の節というのは、岸本裕史の本ではなかったかもしれません。 秋葉英則さんの「向かい合い子育て」だったかもしれません。ごめんなさい。「中学生の心理が見える」秋葉英則著もいつか読んでください。
私の読み聞かせは、「ほるぷこども図書館」でした。
nono1001さんが、たのしい読書をしてください。椋鳩十の児童文学や、赤毛のアン、福音館の古典童話など。
息子さんが「小先生」になって、お母さんに学校で習ったことを教えてくれると、立場が逆転します。少々間違ってもいいでしょう。教えるということが、大変なことだとわかるでしょう。もちろん、気持ちのよい(快感)ことでもあります。そのなかで、息子さんが、自分で「学習したこと」を自分なりに再発見するのです。「わかった!」という感動を何回かくりかえすと、もう自分で勉強するようになるかもしれません。
お母さんは、上手に聞いてあげてください。
剣道では、打ち太刀と仕太刀(型の稽古)では、上手な人が仕太刀(受けるほう)になります。
息子さんも、5年生になると、しっかりしてきます。家庭の仕事を頼んだり、頼りにしていることを伝えてください。
18歳まで、一緒に暮らすとして、あと8年です。毎日が、かけがえのない日々です。もしかしたら、nono1001さんのご両親は、上手にnono1001さんの力を引き出して、子離れをしてしまったのかもしれません。まさに達人です。
投稿日時 - 2008-09-12 11:35:58
お礼
再度、有難うございます。
秋葉さんですが、公演を聞いたことがあります。とても印象に残った言葉があって、「子どもに勉強をしなさいということを言わないでいると、子どものほうからやるようになります」ということでした。当時は本当に感銘を受けて、こうして子どもを育てようと思った、、、はずなのですが。岸本さんの本ですが、節目とはもしかして別の本なのかもしれませんが、多くのことを考えさせられて、この本も親のためというのか、私のためになる本です。基本的な家庭生活こそ大切、というようなことが書かれています。そして今、国語力を伸ばす、という本をよんでいます。
昨日も、私の師である人と話するなかで人生の節目についての話を聞きました。そのときは、今はまだあせる必要は何も無いと思ったのですが、テレビを見ながらゲームしている子を見て、本当にあせらなくていいのかなーと一抹の不安を・・。ただ、先日読み聞かせた本がすごく印象に残ったらしく、「すごく面白くて、昨日ずっと読んでいたよ」と今まで聞いたことのないことを言うので内心びっくり。以前は毎日のように本を読んでやっていたときもあったのですが、今は下の子レベルになってしまって。でも、下の子はわりに上級生向きの本でもついていけて、字さえ分かれば自分で読んでいるので、ここのところ二人一緒に読み聞かせています。
福音館の本、私もとても好きで、子どもたちがもう少し幼いころには毎月定期購読で送ってもらっていました。それ以外にも、すでに発刊されている本を買ったり、ブックオフで100円で出ていたりして(なぜこんな良書を出すのーと思うのですが)見つけてはせっせと購入して、福音館の絵本は我が家にかなりあります。
もっと子どものもつ力を信頼して、「親」という字のごとく少し離れたところから、子どもの全体をそっと見てやれればよいのですが、そばにはりついて、あれこれというようでは子どもも嫌になりますよね。
無理数のお話、要は自分で考えを見つけるところから勉強をいっそう興味もって出来るものにさせるんですよね。
いったい自分は子どもをどうしようとしているのか、、、こうして書きながら、考えています。
投稿日時 - 2008-09-18 11:16:41
失礼ですが、「今からじゃ遅い」などということは、何事においてもないと思います。勉強も出来るにこしたことはありませんし、学歴なども重要だとは思います。しかし、それが全てではないのだから、当たり前だと思います。お子様の例で言えば、仮に中学受験で失敗したならば、高校受験でリベンジすればよいし、高校受験で失敗したなら、大学受験でリベンジすればよいし、大学受験で失敗したなら、浪人でリベンジするなり、長い人生の中で学歴にも勝るものを手にいれればいいだけの話だと思います。ただ、勝ち組・負組みなどいうくだらない言葉が流行る現代では、そのくらいに思える私のような人間は少数派かもしれません。しかし、基本部分は間違っていないと思います。それに例えば、私の知人にも48歳で医師を志し、寝る時間を惜しんで勉強し50歳で医学部に入られた方もいます。また、70歳で法曹(弁護士等)になるため、法科大学院に入学された方もいます。すなわち、人生において本人がやろうと思った時がスタートだと私は思うのです。(これは私たち大人にこそ言えることかもしれません。)
公文については、確かに単調な繰り返しです。私の場合は、もうじき中学生というのに、数学(算数)のみ、足し算から始めました。確か、小学2年程度の部分からです。小5位から始めて良いと言われましたが、あえて計算の基本の基本からやりたい、と思ってそうしました。もしかしたらそれが良かったのかもしれません。
ところで、私の視点に個別指導の塾が抜けていました。失礼しました。しかも、若輩者である私が色々と偉そうに言ってしまい、申し訳ありませんでした。最後にお詫びさせて頂きます。
投稿日時 - 2008-09-11 18:55:45
お礼
丁寧な回答を有難うございました。
次男の漢字の総テストがあって、集中してすごく勉強をしたので(あらかじめ出題が分かっている50題)満点をとり、また塾をどうしようかと子どもと考えていました。つまるところの?理想と現実なんですねー。私も子どものために何がベストなのか、無理に塾に行かせることではないことがよく分かっているけれども、中学の息子が「行くなら今から」という、それは本人の経験からでもあるんですね。でも、人それぞれだし、、、。迷い、周りに相談するほどに本質というのか、自分が本当はどうしたいのか見えなくなってきます。
投稿日時 - 2008-09-18 10:53:40
岸本裕史「見える学力、見えない学力」という本をさがして、読んでください。
3歳、10歳、14歳、人間の子供の発達の節目があるそうです。
私は、子供が生まれたとき、絵本のセールスをしていました。誕生と同時に300冊の絵本を購入して、読み聞かせをしながら、セールストークを磨きました。
私が小学生のころ、「親子20分読書」運動があって、子供は、自宅で教科書、図書館で借りた本を音読する。親は、仕事をしながら、聞いてあげる。絵本の読み聞かせの逆でした。
絵本や教材を、知らない人にすすめるのは、大変なことです。絵本の読み聞かせは、それほど技術はいりません。子供が読んで、ともってくる絵本を読んであげればいいのです。
小学生に教材を与えるときは、つい、親の考え、親の欲がでてしまいます。
働きながら、子供さんの勉強をみてあげるのは、難しいでしょう。親子とは、なかなか距離をおけないものです。一緒に遊んであげてください。兄弟仲がよければ、お兄ちゃんに見てもらうのもよい方法です。どちらかというと、教えるほうが実力がつきます。
投稿日時 - 2008-09-11 13:44:18
お礼
いつも有難うございます。もしかしてhanaさんが目にするとしたら申し訳ないなーなど思いながら、夕べ書き込んでおりました。いろいろと夏休み中に試してみたのですね。
でも私のほうばかり力が入りすぎてしまったようでした。夕べは息子をしかりすぎてしまって、本当に自己嫌悪でしたので、今日は何も言うまいなど思っていました。昨日のことがあって息子のほうは自分から宿題も早いうちから片付け、いつものテレビを消す時間に「今日はどうするー?」と聞いてきました。「今日は休もう」といったら、えーなんでー?と拍子抜けした様子でしたが、将棋を3回戦して(このところ勉強ばかりで一緒にやる時間がありませんでした)、学校の話をたくさん聞きました。先にふとんに行ってるから、、と寝床にいき、後から行ったら本を静かに読んでいました。昨日のパチパチと音がきこえそうな張り詰めた空気から一転、和みのひとときをすごしました。
小4は10歳、、子どもの発達の節目になるんですね。本は注文してみました。同じ方の著書で国語力というような本もありましたが、これもまた読んでみたいと思います。有難うございます。
私自身の話になりますが、母はまったく読書というものをしない人でした。父も趣味の本はよく読んでいたのですが、読書とは違うかな。また字を書くこともすごく嫌って、私は小学生のころから自分で自分の通知表に「みました」とか一言書いていたものです。また両親の書き物も代わりに(商売の請求書など)書いていました。小3のころくらいに、よく昔あった50巻くらいの文学全集というものをなぜかすごくねだって買ってもらい、それが私を読書の虫にさせたかな。それ以前には、毎月一冊ずつ届く絵本がとても楽しみで、当時はそんなに楽しみもありませんので、本が擦り切れるくらいに読んだことを覚えています。
下に兄弟もいましたし、私はほとんど手間かからずの子でもあって、あまり関心ないみたいな、、、(そんなことないでしょうけど)。きっと、もっと面倒みて欲しかった、というトラウマのようなものになっていて、必要以上に子どものことに手を出しすぎているかな、と思ったりもしています。子育ては、いろいろと自分の過ぎ去りし生き様をまたいろんな形で再生させるものだなーなど思い、、ちょっとため息かな。
投稿日時 - 2008-09-11 23:05:20