解決済みの質問
私は地域有数の進学校出身です。中学生の頃から自分の将来のために努力して入ることができました。そして入学すると、毎日毎日テストは当然、生活態度にも厳しく、忘れ物や予習復習のし忘れなどはもっての他、授業を受ける資格がないとたしなめられることもある学校でした。しかし、他校の生徒たちの話を聞くと、全く勉強しなくても、授業に出て普通に進級できるのが当たり前だということでした。それは驚くべき事でしたが、私は幸せになるために必死に勉強し、様々な厳しさにも耐えてきました。
だが、卒業する頃にはあまりの疲労で放心状態になってしまい、結局進学する気力さえ失せてしまいました。それは私だけでなく、周りの友達にも、「何のために勉強しているのか分からなくなった」、「夢とか希望とかもうどうでもよくなった」という燃え尽き症候群に陥った人はたくさんいました。
でも、学生時代勉強しなくても許される環境にあった人たちは、らくーに高校を卒業し、らくーに自分のレベルに合うそこそこの学校に進学し、有り余った力で資格取得に励んだり、仕事に打ち込んだりしているわけです。なんともいたたまれないです。こんな事になるなら、初めから楽な道を選んでいれば、人生うまく行ったのかもしれません。
現在、高校卒業して2年たち、アルバイトなども経験し、やっとこのような長い文が書けるまで心が落ち着いてきたのですが、親戚や知り合いの子が楽しそうに大学・専門学校生活を送っている様子を見ていると、自分と比べてしまい落ち込みます。将来のために努力してきた結果がこれなのですから・・・・。私はどうすれば報われるのでしょうか?
投稿日時 - 2008-08-16 12:36:30
No3、No4の方と同意見です。努力したことはすぐにではなくても必ず報われます。あなたは折角これまでやってきた努力を生かす道が今のところ見つけられていないのだと思います。
私は中年のオヤジですが、やはり地域の進学校に在学中、勉強することの意味を見出せず、私なりの(楽ができる都合の良い)理屈をつけて、
全く勉強せず大学にも進学しませんでした。
当初は同級より早く社会にでたことで先んじて大人になったような妙な優越感さえありましたが、4~5年働いているうちに、大卒の同期が私より多くのチャンスを得られることや高校の同窓が一流企業で働き出すようになってからは、徐々に劣等感を感じるようになり、1年以上悩みました。多少状況は違うにせよ、おそらく今のあなたはこの頃私が感じていたことととても似たような気持ちではないかと思います。
私の場合、いろいろ悩んだ末に、「自分の一生は一度だけ。このまま妙な劣等感を持ったまま人生を過ごすぐらいなら、例えうまくいかなくても自分が納得できる選択をしよう」と考えがまとまり、大学受験を目指すことにしました。お金がないので、これまで働いていた会社の社長の好意で土日は契約社員として使っていただき、目指す大学も中位の国立大一本を目標にしました。不思議なもので受験勉強中、あれだけ嫌いだった勉強が、自分で目標を定めたとたん面白いように頭に入りました。そして25歳で目指す大学に合格しました。
卒業後、一般企業数社を経て現在は小さな会社を立ち上げています。この間、私なりにいろいろな苦労もしましたし、決して順風満帆とは言えませんが、とても充実しています。
今こういう気持ちでいられるのも、当時の経験があったからこそだと思っています。甘えがあったにせよ、単に周りにながされて適当な大学にいくことを選択しなかったこと、劣等感を抱いたまま冒険をせず社会人生活を送ることを選択しなかったからだと思います。人から見れば回り道にも見えるでしょうが、私にとっては私の経験はすべて意味があることであり、私が人生の道筋を選択する上で必要なことだったと確信しています。
あなたがこれまでやってきた努力の結果を云々するのはまだまだ先です。今あなたが悩んでいること自体、あなたには必要な経験だと思います。そしてそのことがあなたの将来の糧になるはずです。
長々書いてしまいましたが、当時私が悩んだことととても状況が似ていたので、参考になればと思い投稿しました。
投稿日時 - 2008-08-17 09:32:01
お礼
回答ありがとうございました。
人生の先輩としての回答様の意見は、とても参考になりました。私自身、アルバイト経験しかないため、高卒で社会に出た人たちが、親のすねをかじらず自立している姿を見ていると、今から進学して親に養ってもらうのさえ引け目を感じていました。でも、回答様の言うように、長い目で見れば、今から自分のやりたい道に進んでみることも悪くないかもしれませんね。高校時代は夢を見失いかけていましたが、しがらみの無い今は、純粋に自分の夢を叶えてみたい気持はあります。もし、進学する場合も、私自身は今までろくな稼ぎがないため、親に世話になると思います。だからこそ、中途半端な気持ではなく、自分のために勉強したいんだと言う強い気持で臨みたいと思います。そして、卒業後就職したら、親に恩返しをしたいと思います。
投稿日時 - 2008-08-18 14:54:20
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ベストアンサー以外の回答(8件中 1~5件目)
♯6です。
私自身は偏差値70の進学校出身だから、あなたの言いたいことはわかります。ただ、もっと楽な高校に行って、楽に進学してという選択肢があったのではないか、というのは、そういう高校の人たちに対して失礼なのでは。偏差値のない高校なら、ないなりに、かなり努力するように学校側から言われますよ。その上、進学が勝ち取れるわけです。
実際、日東駒専のレベルの大學だと、偏差値70の高校からの進学もあるし、偏差値50のレベルの高校からの進学もあります。片方は、学校の中で落ちこぼれてきているわけで、片方は、頑張って受かってきたわけです。そこで、実力が釣り合ったという結果で、そのことについてどうお考えになりますか。
何も進学校の教育だけが、すべてではないでしょう。高校が途中経過だという意味で、履歴書の一行だと書いたのです。
確かに、地元の進学校を出ていれば、就職の時、君はどこそこを出ているんだね、と反応は違います。でも、その先を保証したものでは断じてないですよ。
過去にこだわらないで、これからの自分の発展を考えて努力しないと、将来を失います。四十や、五十にもなったら、進学校なんか関係ありません。
これからの生き方に掛かっているのではないですか。高校時代、多少ノイローゼになり、進学を断念してしまった、それだけが本当のことで、その先はいくらでも自分の力で変えることができます。未来をどうか見てください。
投稿日時 - 2008-08-18 23:44:07
お礼
回答ありがとうございました。
やっと落ち着いて回答者様の意見に納得することができました。つまり、進学校だけが無理に努力を強制させるわけでもなく、他の学校でも同じようにさまざまな努力を求めたりするわけですね。進学校だからと言って、努力しない人はしないでいくらでも楽な道に進めるし、それ以外の学校でも、努力する人は努力して、自分の好きな道に進めるのですね。そういう意味では、進学校でもそうで無くても関係ないです。
少し自暴自棄になり、失礼なことを書いてしまって大変申しわけございませんでした。高校を卒業してから努力することに臆病になっていましたが、やはり誰のためでもなく自分のためにもう一度努力をしてみたいと思います。
投稿日時 - 2008-08-19 12:04:43
あなたが。その高校を選ばれた理由はなんだったのでしょうか?
将来やりたい分野の仕事をやる為に大学に行きたかったから?
ただ、その高校に行きたかったなら、既に目的は果たしていますね。
まだ、卒業して2年しか経っていないではないですか。
目的を持ち中卒で技術職に就く人もあれば、大学に入るだけが目的で入学後に中退する人もいます。又、別の大学へ入り直す人もいます。
アルバイトをするのは良い事だと思います。
自分の生活は自分の稼ぎの範囲でが誰にも必要な時が来るでしょう。
幸い、これから若い労働力が貴重になる時代です。
30歳過ぎても遅くはないのですよ、他人からみての立場を望むのか、収入が少なくても好きな事を?ただし、どの仕事も最初から好きだと思って始める人は少ないです。続けていって、いろんな事があってすこしずつ好きが増していくのかな。
投稿日時 - 2008-08-17 11:16:51
お礼
回答ありがとうございました。
中学生の時は、自分が将来何をやりたいかはまだ決まっていませんでしたが、もし進学する時のことを考え、選択肢の幅が広がる高校に入りたいと思いました。でも入ってみると、皆さん自分にも他人にも厳しい人たちばかりですから、勝手にテストの点数で競争させられ、腑に落ちない点があると先生に講義されたり、連帯責任で評価される体育のチーム戦や班の発表などは絶対ミスが許されなかったです。このように、個人戦ではことごとく足をひっぱり、団体戦ではミスを許さないという生徒の雰囲気に、私は疑問を感じました。おそらく、進学校に限った事ではなく、私の運が悪かっただけなのかもしれませんが、幻滅したと同時に、自分の夢も失ってしまいました。
でも、今ではアルバイトなども経験し、その恐怖心からも解放されつつあります。もう一度、自分の夢を信じて頑張ってみようかと思います。
投稿日時 - 2008-08-18 15:11:44
今、偏差値70の高校の四割ぐらいの人が、大学全入時代なのに浪人するそうです。大學が自分が望んだレベルでないなら浪人する、一ランク上の大学に浪人して進学する、という話を聞きました。
一流大に行きたいと思うなら、やはり全入時代でも競争はあります。つまり、偏差値70同士でしのぎを削るわけです。
進学校の授業というものは、東大を頂点とする一流大の入試にあわせたカリキュラムを組んでいますから、普通の高校の三倍の進度で授業も進みます。あなたが経験したものは、その授業で、やっとその高校に入学できたレベルの人だと、ついていけない人もいます。少なくとも上位の方にいないと、満足な成績は取れないと思います。おそらくあなたのような学生は、半分より下なら何百人といると思います。
無名大學でも決めていっているでしょう。そうすれば良かっただけで、そうしなかったから、進路を決めずにアルバイトしている自分がいるのです。
私の友人に、娘さんが偏差値70の女子高を中退して、一浪している人がいますが、「私の娘は偏差値70の高校に通っていたのよ!四割も浪人するのよ」と、えらそうにいう人ですが、そんな進路を取っていて、高偏差値なんて関係ないと思います。牛歩に負けていて、偏差値50でも、現役で大学進学しているほうが、まだ良いと親としてはおもいます。
プライドを捨てる時期にきたのでは。社会に出たら、進学校など履歴書に一行程度の評価です。鼻にかければ、嫌われます。
投稿日時 - 2008-08-16 23:14:12
補足
>社会に出たら、進学校など履歴書に一行程度の評価です。
その通りです。だからこそ、らくーに高校を卒業し、らくーに自分のレベルに合うそこそこの学校に進学し、有り余った力で資格取得に励んだり、仕事に打ち込めば、今のように燃え尽きることもなく、周りに「努力家だね」なんてほめられて気楽な人生だったのかもという空想を作り上げたわけです。どんなに頑張っても、最終的に学歴は関係ないと言われれば、今までの努力は水の泡です。別に進学校を鼻にかけるつもりはございません。むしろその逆です。
投稿日時 - 2008-08-18 14:10:05
仮にレベルの低い学校で適当に授業受けて、テストも全力でも無いのにそれなりの点数とって、適当に卒業して、適当な大学とかに入っていた場合、満足感はあると思いますか?
進学校は確かにいろんな面で厳しかったかもしれない。
でも日々高いレベルのものに挑戦し、全力で努力した結果として得たものはそれなりに満足感・達成感があったのでは?
努力したことはムダでは無いと思います。
「将来のために努力してきた結果」でしょうか?
まだ結果では無いと思います。
「中学生の頃から自分の将来のため」って頑張ったわけです。
幼い頃の夢を思い出してみて、そのうえで今どんな仕事をしてみたいですか?
どんなに後悔しても過去は変わりません。
できることから初めてみれば、きっと良い結果につながります。
投稿日時 - 2008-08-16 14:44:42
お礼
回答ありがとうございました。
確かに満足感はかなりあります。周りの人に何を言われても、「あのときもっと努力をしていれば・・・」なんて思ったりしたことはないです。日々高いところを目指し、全力で努力することは素晴らしいことである反面、危ない橋でもあり、リスクを背負うということに気付かず、自分の中に予防線を弾いておかなかった自分も悪いです。ただ、「幸福論」と言う名の新書が書けるくらいの経験はできました。(笑) これからは、回答様の言うように、まっさらな幼い頃の夢をもう一度思い出してみようと思います。
投稿日時 - 2008-08-17 13:20:03