解決済みの質問
日本は有史以来、官僚国家以外無かったので経緯も何も有りません。
現在も天皇は象徴と名前が変わりましたが、国家を天皇を長とし官僚が支配する仕組みには変わりがありません。
戦国時代・明治維新においても、国家の統治者を目指すのでは無く、天皇より委託された行政部分の支配つまり官僚のTOPを目指した争いでした。
又国民が自分たちの手で革命などの手段で国家に意思を示したことはありません。つまり国民も官僚国家の構成の一部分なのです。
投稿日時 - 2008-07-27 21:52:30
お礼
わかりました。回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2008-07-28 11:54:14
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ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)
ご質問がちょっと大まかすぎて答えにくいですが。
第二次大戦の敗戦でGHQによる公職追放がありましたが、基本的なシステムは戦前戦後で連続性があると言われています。
最近とかく話題にあがる、霞が関の官僚システムは明治以降のものです。
では明治以前はそうでは無かったかというと、武家政権である徳川幕藩体制も官僚的な支配機構をもっています。
現に、歴代将軍が実際に政治を行った期間はわずかで、大老や老中、側用人が政治を取り仕切ってます。
新井白石やら田沼意次やらですね。
最初の武家政権である鎌倉幕府が、守護・地頭を置いたのも、官僚的システムと言えなくはないと思います。
ではそれ以前も遡るとですが、
官僚国家を、中央政府が役人によって全国支配するという意味で良いなら、聖徳太子の時代に日本は隋に律令制度を学んでいますから、その時代以降でしょう。
投稿日時 - 2008-07-27 21:31:46
お礼
広い意味ではそんな昔からの制度なんですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2008-07-28 11:52:39