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回答(2件中 1~2件目)
>イングランドに併合される前
この言い方には、問題があると思います。
ウエールズもスコットランドも、イングランドとの同君連合であり、べつに併合されたわけではないからです。
あくまで、同一の国王が統治する別の国というのが建前です。
ウエールズがイングランドと同君連合になった時は、まだカトリックが全盛の時代でした。
ただ当時のウエールズにおいては、同じキリスト教ですがカトリックとは異なるゲール教会が勢力を持っていました。
このゲール教会は、聖パトリックを重視する教会で、ケルト社会に広くひろがっていました。
ただし、それは、カトリックのような強固な組織ではありませんでしたから、イングランドとの統合後急速に消滅してゆきました。
これは、宗教改革よりも500年ほど前の話です。
スコットランドのイングランドとの同君連合は、1603年のスチュアート朝によると解釈して良いと思います。
スチュアート朝は、スコットランドの王様が、イングランドの王様を兼ねることにより連合が成立します。
この当時のスコットランドでは、スコットランド教会がスコットランドの最大勢力でした。
このスコットランド教会は、カトリックとカルビン派との混合したような組織でした。(カトリックからカルビン派への移行途中と言ったほうが適切かもしれません)
その考え方が、イングランドに流れ込み、イギリス国教会が3つに分裂し、清教徒革命へつながります。
イギリス国教会が分裂した3派は、イギリス国教会、長老派、会衆派です。
会衆派(ピューリタン)とイギリス国教会との間で戦争となりピューリタン革命が勃発します。
長老派は、スコットランドで優勢となってゆきます。
そのため、スコットランドでは、現在でも最大勢力は、長老派となっています。
投稿日時 - 2008-07-02 08:15:01