時の権力者はなぜ天皇に取って変わらなかったのか?(1/3)

締切り済みの質問

時の権力者はなぜ天皇に取って変わらなかったのか?

曽我氏に始まり、藤原氏、平氏に源氏に北条氏、足利氏に、信長秀吉家康と数え上げたら切りが有りません。
これらの面々は天皇家より強大な権力と財力を持っていました。室町以前の天皇家の荘園なんて無いに等しいぐらいだったと聞きます。
はたまたこれらの権力者は直接的、間接的に天皇や上皇を殺し勝手に次期天皇を決めたりしています。有史以来天皇家が権力財力を誇示できたのはほんの一ページに過ぎません。
これだけ天皇家をないがしろにしていて大義名分もあったものでは無いと思います。
世界と比べたらいけませんがここまで来たら大半の国は禅譲もしくは簒奪が行なわれていたと思います。
万世一系などというのもどこの権力者も夢見る事なので理由になりません。
本当に神の子孫と考えていたのなら殺したりするでしょうか?
これらの事を考えても象徴だからとか大義名分が取れなかったからとか万世一系だからというのは理由にならないと思います。
これらの面々が天皇に取って変わったとしても利点は見当たるが欠点はあまり見当たらないように思います。

投稿日時 - 2008-04-22 09:38:52

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回答(13件中 1~5件目)

ANo.13

時の権力者は国内では逆らう者がいません。
1番力を持っていますから、しかし回りの国々ではその権力者を
対等に思うものやそれ以上だと思う国王は沢山いたはずです。
そしてもし国と国との戦争になりその権力者が敗れてしまった
場合には一族皆殺しを実行する国もあります。
そうなっては家が滅びて無くなってしまいます。
ですから、外国から見た場合にはナンバーワンではないが
国内から見た場合はナンバーワン!!都合が良いですね^^

投稿日時 - 2008-04-29 02:53:26

ANo.12

”世界史を見る限り”ではなくて、日本史を見てください。
論点は日本のことでしょう。天皇家やそれを巡る情勢というのは
世界広しといえども、日本にしかないものです。
あなたの焦点の合ってないところはそこです。
普遍的な理由なんてありません。
探すだけ馬鹿げてます。何しろ、世界に一つ、日本の出来事ですからね。
日本の歴史は普遍的なものではないので、普遍的に見るのは間が抜けてます。

”親類だから滅ぼさないという理由にはならない”と本当にいえますか?
その根拠がむしろないですよね。
安徳天皇は平清盛の孫だし、三条天皇は藤原道長の甥だし、
藤原氏は姻戚関係が複雑に入り組んで完全に皇室と同一です。
実際、後年になるとそういう扱いになる。
推古天皇も崇険天皇も蘇我馬子の姪と甥でしかない。
これほど近しいと同族といえるし、世界史の例ではなく、日本史の例を見ると、
古代から強い母系社会によって結ばれた日本では、
外戚が本家の位置づけにもなるわけで、そこの日本の習慣・特色があるわけでしょう。
それを漠然とした世界史の歴史、世界平均に当てはめて、
”理由にならない”なんてのは、思考の停止以外の何物でもない。
そんな感じじゃ、確かにあたなが理由が”見当たらない”と言うのは当然でしょうね。
思い込みで処理してしまってますから全く論外、日本の特色に着目してない。
オスマントルコのような、親族皆殺しにするような例は
世界史的にみても稀有な例であって、実際、世継ぎ争いこそあれ、
それ以外では同族から権力を奪った例は、非常に稀なんです。それが世界の常識。

”権力を取り自分が皇帝になるのだから征夷大将軍などというしがらみに捕らわれなくてもよかったはず”といいますが、
その根拠は? 
そして何度も言うように、そんなことが日本の歴史で可能でしたか???
いつ可能だったんです? 誰が可能だったのです? 
”世界史からみたら当然”なんてのは、全く荒唐無稽ですよ。
世界史って一言でいいますが、当然のことならが、その歴史はいろいろ。
権力を奪うのが当然だと思ってるようですが、世界史をよく見れ
そういう歴史ばかりじゃないのは、知っているはずですが・・・知らないようですね。
じゃ、あなたが当然というのは無理があるでしょう。

”まとめにして言わせて頂くと公家と武家を分けたからって天皇家にとって変わらなかったという理由にはまったくなりません”
というか、理由をあなたがわかってないだけですよね。
日本の社会は、当時、封建社会だったのですよ。
封建社会がどういうものか、わかってます?
徳川家であれ、北条家、足利家であれ、日本全土を支配しているわけじゃないんですよ。

”両方潰しちゃえばいいだけの話なのですから”って、だからそういうことが可能だったかって話ですよ。
両方潰す?????  大量殺戮でもする気でしょうか。
そんなこと上手くいきますか。正気の沙汰じゃない。
武家社会で武士をなくすってどういう意味です???? 
「両方潰しちゃえ」ってお子ちゃまの意見ですね。論外だと思います。

機会が無いだけだというけれど、機会があるかどうかが、
実際には重要なわけで、機会が無ければ、起こりえない。当然ですよ。
逆に言えば、天皇家を廃して、日本全土を支配するような中央集権的な権力が
登場しなかったということがいえます。
日本史をみても、中央集権政府が誕生したのは、明治までないわけで、
それまではずーーーと地方分権型、封建型の社会なわけです。
封建社会では絶対的権威の所在が必要であり、多くの場合、
将軍家は最大あるいはもっとも影響力のある大名もしくは武家の棟梁であるだけだったわけで、
それでは天皇家に取って代わることはできないわけです。
しかし政治の実権と言う点において、公家と武士は、源平の前から
つまり武士の誕生以来、しばしば争っていて、それが両者の領分を分けるという
システムの誕生につながっている。
そしてそれこそが日本の中世史の全体像なわけであり、それを無視して考えるのは論外ですよ。

最近ことに、研究が進んでる日本の中世史をあなたが少しでも、かじれば、
具体性の無い議論、「世界史的にウンタラカンタラ」と言って日本史を論じるという
泡のような議論はやむでしょうね。

投稿日時 - 2008-04-23 12:06:12

ANo.11

ご質問は日本の歴史の本質にかかわる重要なことがらだと思います。

ご指摘の通り古代は別として、中世以降の天皇には「権威」はあっても、ほとんど「権力」はなかったので、「天皇に取って代わる」ということは「天皇が持っていた権威を手に入れる」ことになります。「権力」ならば、実力で奪い取ることができますが、「権威」はそうはいきません。特に天皇の「権威」の根源には国の祭祀を司る宗教的な力がありますから、世のなかの大多数の人が認めてくれなければどうにもなりません。いくら権力者が「俺が一番偉いのだ、天皇より偉いのだ」と言ったところで、「成り上がり者が何を言うか」と世人に思われてしまえばそれまでです。そう考えれば、自分が天皇に取って代わるより、天皇の「権威」をできるだけ利用して自分の「権力」を安泰にするほうが得策であると考えるのが当然でしょう。

一つ参考になるのは、平安時代に東国で反乱を起こした平将門の事例だと思います。彼は「新皇」と称しましたが、京都の天皇を「本天皇」と呼んで手紙を送り、自分が東国で行ったことを説明して理解を求めています。東国の独立を目指した点では反抗・反乱ですが、天皇に取って代わって全国を支配する気はなく、また東国を支配するその権力の源泉も、「新皇」という名称が示すように天皇の権威から逃れることができなかったことは象徴的ではないでしょうか。

もちろん、義満や信長のようにそれだけでは飽き足らず、できればそれを乗り越えたいと考えていた権力者も少数ながら存在したことは確かですが、結局その願いは実現しませんでした。

投稿日時 - 2008-04-22 23:22:09

ANo.10

鎌倉幕府の力の及ぶ所は関東だけでした。
ここが転機になります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%BF%E4%B9%85%E3%81%AE%E4%B9%B1

これ以前に頼朝討伐の院宣を義経に渡しますが、
頼朝は大軍を率いて上洛。義経は逃亡。
頼朝討伐の院宣を撤回させ、義経討伐の院宣を下させます。

この時点で既に脆弱化していた推測が出来ます。

平安時代、荘園は無税であったのでここに百姓が農地を寄付の形を取り、貴族や自社に礼金を納付する事が流行し、律令制はほぼ崩壊します。

国衙領(公領、公田)は以下の流れです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%A1%99%E9%A0%98

国司の流れで天皇の権威の動きは読めると思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%8F%B8

戦国武将は国司の肩書きを必要としていました。
他国を侵略する理由が無ければ周囲が全て敵になるからです。

元は町程度の領地から周囲を領地にしていますので、戦国武将は家柄や官位の必要性を痛感していました。

家柄をお金で買えれば買います。
また、婚姻も大国と小国ではまとまらないので何らかの
対等性の理由が必要不可欠であったのです。

戦国時代以降、将軍と家臣の間柄になります。
こうなって来ると、トップである根拠と家臣である根拠は明確にせねばなりません。

土佐藩主は元は豊臣の家臣です。

うちの殿様は、源氏の血筋で無いので将軍は永久に無理。
やる前に腰を折る事で政治の安定を図ったのです。

投稿日時 - 2008-04-22 22:45:40

ANo.9

 古墳時代から蘇我氏あたりまでは、天皇位が美味しい立場であったようで、割合ストレートに天皇位を争っています。

 平安時代以後、回りの人間にとって利用価値がある割りに、天皇になった人間自身にはそれほどメリットのない時代となります。
 権力者は、摂政関白であったり、院であったりと、あまり天皇自体には権力がありません。(それに対して、病気になった時に針や灸などの治療はできないなど、天皇がしてはいけない禁忌が多く、本人にはデメリットが多い。)
 朝廷という天皇を含んだシステムに実態があって、天皇単独の存在には、政治的本質がないものとなります。

次の過去の質問は参考になるかもしれません。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3294468.html
日本人の心のあり方について
なんの武力も持たない天皇と武力を持って地域や国を統治している武士団と並存しているのはどうしてでしょうか?

普通に考えると、武器をもたない天皇は、武士団に虐殺されてもおかしくないのにそれをしてこなかったのは日本人独特の心なのでしょうか?
不思議な日本人の心のありかたを教えていただけないでしょうか?

投稿日時 - 2008-04-22 19:31:30

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