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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
私は、「騎射しにくい」も使用されなかった理由の一つと考えます。
弩が日本に入ってきたのは、弥生時代と回答されているように、古いものでしょう。しかしながら、戦国以前の戦いは、騎馬武者を中心として「やあやあ我こそは」の戦いでしたし、主役たる騎馬武者が使用しにくい弩が、従者の使用するものとならざるを得ない結果、主人以上の成果を挙げる弩が「不名誉」なものとして、だんだんとすたれていったものと思います。
他の理由は、他の方と同様です。
投稿日時 - 2002-11-01 15:48:10
お礼
回答してくださった皆様、多忙の為レスが遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。失礼ながら、一番上にあるこの書きこみの所で纏めてお礼を述べさせて頂きます。本当にありがとうございました。
投稿日時 - 2003-01-24 00:46:49
回答の追加です。
弩は弓勢が強い反面、矢の装填に時間がかかり、
たて続けに撃てないという欠点があります。
同様に装填に時間がかかる武器に火縄銃があります。
これが実用化されたのは、連射を可能にしたためです。
それは、織田信長が採用した「長篠の戦」の有名な三段構えの方法です。
これより以前では、次弾を装填している間に騎馬に突入されるため、
その威力にもかかわらず、あまり重要視されていませんでした。
つまり装填時間の不利を補う方法が確立るのは、長篠の戦以降のことです。
もっと早くにこの三段構えの方法が確立されていたら、
日本史で弩が活躍する余地があったのですが、
威力に勝る火縄銃が存在するため、
日本史に登場できなかったのではないかと思われます。
投稿日時 - 2002-10-27 22:38:43