回答受付中の質問
あけましておめでとうございます。
質問なのですが、私自身、かなり環境に恵まれてないと思う人間です。
私は中学の受験期に親がアル中に成って以降人生が悲惨で、志望していた高校受験は妨害され、滑り止めの高校は行きたくない場所を選ばされ、その後うつ病および健忘症にかかり今度は大学受験で、希望の塾に行かせない癖に行かせてもらえても、自分に合わない大手予備校と言うわけわからない状態で、二浪年齢でなんとか大学になんとか合格しました。もともと勉強は好きで親がアル中になる以前は成績も良いほうな人間でした。
高校に行かされていたとき、あの時、あの糞親があんなことしなければと何度か漏らしていたところ、友人や家族に何度も漏らしてたり当たってたりしたところ、その人たちが言うのは決まって「環境のや他人の所為にするな」です
この言葉が仮に成立するならば、僕が彼らの人生を邪魔してもかまわないという論理が成立してしまいます。僕が邪魔したところで「俺の所為にするな」という言葉が通ってしまうからです。
また、僕のような場合、自分に選択権がない、妨害があったという時点で僕の過失は低いように思います。(僕に過失があるとすれば他者に助けを求めたりしなかったりという部分でしょう)
こんな簡単な答えがあるのに環境や他人のせいにするなと言う人が居ますが、彼らはどんな考えで言うのでしょうか?
僕には到底理解できないので彼らの心境をどなたか教えていただけないでしょうか? よろしくお願いします
投稿日時 - 2008-01-01 03:35:55
2人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
回答(16件中 16~16件目)
あけましておめでとうございます。
私が思うに「勝ち続けてきた(と自分で思っている場合も含む)人々」なんだと思います。小さな挫折を乗り越えてきた人もしくは困難が無かった人が「俺は環境に負けずにやってきた!」という自負から「お前はなぜそうしないんだ!」という無責任な発言をするのではと思います。まぁ、実際大きな挫折を乗り越えてきた人もいるのかもしれないので、そういう人は素直に凄いんだと思いますけど。
私はあるとき、ある人が「弱い奴の気持ちなんてわからない」と言っているのを聞いて愕然としたことがあります。その人は、やはり親のことで大きな挫折を味わったと思っているようですが、よくよく聞けば、他の大人達の必死のサポートがあったようです。なぜ、挫折を乗り越えない、失敗したって、何度もチャレンジすればいいじゃないか!なぜそれができない!と精神論を言うのですが、世の中そうそう何度もチャレンジさせてくれないものです。その精神論はきっと「俺は乗り越えた!」という達成感があるからなのでは?その達成感の共有を強要しているのでは?と私は思います。
正直、なぜ人に「こういう感情を持て」と押し付けるのか理解に苦しみます。感情というのは考えて起こるものではなく、勝手に出てくるものだと思うんですけど。話がちょっとそれてすいません。
とりあえず、今の世の中で中学生高校生でお金を稼ぐ方法はかなり限られてると思いますし、稼げたとしても何の権限も無い年齢でしょう。また、他者に相談するにしても、どこで相談したらよいかなど、判断できるものではないでしょう。昔だったら親切な近所のおばちゃんとかが何とかしてくれたかもしれませんが、このご時勢ですし。子は親を選べないと言いますから、そこは環境のせいにしても良いと思います。
しかし、残念ながら過去のことを話しても、理解して許容してくれる人は少ないと思います。せっかく大学に入れたのですから、大学生ライフを楽しんでください。子供の頃同じような環境にあった人や、ある程度年を重ねて大きな挫折をした人が、やがては理解者になってくれると思いますが、大学~会社員2,3年目くらいでは難しいのではと思います。岩が川の中で丸くて平たい石になるように、社会の荒波にもまれて、だんだん丸くなって「『環境のせいにするな』とか、若い頃は言ってたっけな~」と思えばまだマシで、普通に「会社が悪い」「上司が悪い」と環境のせいにしだすように思います。要するに、彼らはまだ若いんです。察してあげてください。
投稿日時 - 2008-01-01 04:04:15
お礼
お返事ありがとうございます。
僕も質問のような文章をしながら、論理で考えても?ってなることあります。
若いから、経験がないからわからないこと、相談者の僕にも多数あります。
バイトを始めてはじめてわかり始めたことや、経験し始めて始めてわかり始めたことも多数あります。
そういうことなんだなぁって言うのがとてもわかりやすかったです
ご回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2008-01-03 00:52:10
OKWaveのオススメ
おすすめリンク