江戸時代まで 「なんば歩き」 をしていたという説は本当?(3/4)

解決済みの質問

江戸時代まで 「なんば歩き」 をしていたという説は本当?

江戸時代までの人たちは、右手と右足を同時に前に出す、いわゆる 「なんば歩き」 をしていたと聞きました。

当時の人は着物を着ていたので、その歩き方の方が着物が乱れないし、また武士が刀を腰に差すのにも便利だったからとありました。

ところが、先日あるサイトで明治30年頃の東京の風景を写した映像が紹介されていたのでジックリ見たのですが、着物を着ている一般庶民の歩き方は今と同じでした。 つまり、右手と左足を同時に前に出す歩き方ですね。

記憶では明治に入って一般庶民も洋服を着るようになったのと、軍隊が積極的に西洋の歩き方を取り入れた事が、従来までの歩き方に変化をもたらしたと思うのですが、動画をよく見ると中年と思しき男性が着物姿で町を歩いていますよね。

画像が小さいし不鮮明なんですが、どのオジサンたちも歩き方は今と同じスタイルのように見えます。 撮影時期を考えると、これらのオジサンたちは江戸時代に生まれているはず。 という事は 「なんば歩き」 で育った人たちのはずです。 

でもこの映像では 「なんば歩き」 で町を歩く人は一人もいないのですが、なぜですか?

「なんば歩き」 を禁止するとかは、なかったと思うし、小さい頃から身に付いた歩き方を変えるというのは、大変な事だと思うのですが ・・・

江戸時代までの人は 「なんば歩き」 をしていたというのは本当ですか?

そして、それはどうやって確証されたのですか?

投稿日時 - 2007-10-24 10:58:53

QNo.3456738

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ラクダ以外にキリンもそうです。(時折、犬もいます)これらの歩き方は乗馬で則対歩といいます。則対歩の馬は早足のときに上下の反動がないので楽です。弓を射るときなどは便利ですがこれは時折生まれる天然のものです。人工的に作る場合は左前足、後ろ足、右前足、後ろ足を紐でつないで調教するようですが失敗する場合も多いようです。モンゴルでこの話をしましたが、やはり数は少ないとのことでまた長距離の移動には向いていないと聞かされました。ナーダムでは則対歩の馬だけのレースもあるようです。
なんばと則対歩が同じではないとおもいますが、着物を着たときの制限から体の動きが変わる。というのは上に述べた馬の調教法からもあるのではないかとおもいます。
着物(はかま)はすそが広がっているので100ダッシュのような大きく足を前後に伸ばす場合、ばさばさとすそが邪魔です。そのような場合はももだちをとったり、たくし上げるような事前準備をしなくてはなりません。
気持ちとしてわかりやすいのは長ばかまをはいて歩く感じです。
腰に手を当てて(ベルトに親指を引っ掛け)肩と足を同時に動かさないとあるけないとおもいます。

人間がもともと斜対歩であったのは確実です。赤ちゃんのハイハイを見ればわかります。武道などでは「自然体」という言葉をよく使いますが
なんばは100%「自然体」ではありません

武士の歩き方が独特であればそれは彼らが職業的に無意識にそのようになったといえます。腰を落とした動きは西洋でも同じであり、もフェンシングも腰の位置は上下せず一定ですし、同じ側の腕と足を踏み込むというのであればプロのフフェンサーこそそうあるべきです。しかし、現実にはほとんどそのような歩き方をするフェンサーはいないでしょう。

わたしは表題の「江戸時代の人たち」は「なんば歩きをして」「走れなかった」はいくつかの疑問がまとまってしまったものだと思います。

1、絵画様式からみたなんばと見られるうごき。
 これはリアルではなく表現性の問題だと思います
2、武道をする場合の独特な歩き。
 日本だけではなく西洋の騎士も同じでした。
3、衣装から来る制限と農耕民族という特殊性
 衣装の制限は大きいと思います。農耕民族の畑を耕す動きという点で は西洋も農耕民族でした。これは牧畜主体のモンゴル人などの歩き方と比較をしなくては結論がでません。彼らは歩くよりも馬に乗る時間がながいですから彼ら特有の歩き方というのがあってもおかしくないです
4、明治時代の軍隊教練で統一して走れなかったこと
 これは西洋リズムがステップ主体であったことの文化的差ではないかとおもいます。日本舞踊はよくわかりませんが、「ちょちょんのちょん」のようなリズムは手拍子主体ですし、太鼓のリズムにしても体が動くのは先に上半身のような気がします。

投稿日時 - 2007-11-10 11:15:23

お礼

とても詳しく解説して頂いて、有難うございました。
人間もほとんどの動物も、現代人のような歩き方が自然なんでしょうね。
たしかに長袴を穿いて 「殿中でござる」 と歩いたら、やはり出した足と同じ側の手で袴の一部を持たないと歩き難いと思います。
一方、他の回答者様のご意見にも剣道やボクシングでは前に出した足と同じ側の手を主体にして攻撃するとあって、私もなるほどと感じたのですが、もしかしてこれは、足と同じ側の手を前に出して攻撃した方が肩が入って相手に届きやすいからではないかと思い始めました。
もしこれを普段歩くように前に出した足と反対側の手で攻撃しようとすると、肩も入らず体重が乗らないように思いました。
格闘技で体重を乗せるって結構大事ですからね。
格闘技には全くの素人なんですが、そんな事を考えてしまいました。

投稿日時 - 2007-11-12 13:37:52

ANo.16

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ベストアンサー以外の回答(17件中 11~15件目)

ANo.7

少なくとも、侍は「なんば歩き」をしていたと思います。

質問者さんが述べているように、そもそも、腰に刀を差していては手と足を逆に前に出す歩き方では、
振った際に刀に手が当たるため不便です。

質問者さんや他の回答者の方が述べているように袴を履いている状態できれいに見せるためや、
手と刀が当たらないように動くために、
手をふとももに軽く添えて、手と足を一緒に出す所作があります。
(時代劇ではよくこの所作が登場します。)

それに、武士のたしなみである剣術では「なんば歩き」のように同じ側の手と足を同時に出す事になっています。
そのため、剣術から派生した剣道・柔道・古武術等は「なんば歩き」が基本形となっており、
現代でもその経験者の中には、くせとして「なんば歩き」をする方がいます。
私も剣道経験者ですが階段を昇る時には無意識に「なんば歩き」をしてしまいます。

以上の事から、武士以外の事はわかりませんが、武士については「なんば歩き」をしていたと思われます。

投稿日時 - 2007-10-24 14:08:46

お礼

有難うございました。
私も時代劇をよく見ますが、裃を着た侍が両手をふとももに添えて、小走りに急いで上司に報告するシーンがあります。
武士の場合はなんば歩きの方が自然に歩けるんでしょうね。

投稿日時 - 2007-10-25 10:15:07

ANo.6

江戸時代がなんば歩きだったかどうかは確証はありません。

 武道の動きか「なんば歩き」に近いという意見がありますが、柔道は明治15年頃に生まれた近代スポーツですし、剣道は大正4年(その原典はフランス式フェンシング)です。相撲も明治4年に禁止され17年に復活したものです。弓道は明治初期の写真が残っていて現代とあまり変わっていません。
 日本に西洋式歩行術が確立したのは明治10年頃ですので、現在、日本武道とされているものは西洋歩行術の後に生まれた武道です。

 映像時代は先の説明とり西洋式が普通になっています。一方江戸時代の映像はありませんのでどのような歩き方をしていたのか不明です。写真を見る限りは手は動かしていないと思いますが。

投稿日時 - 2007-10-24 14:02:35

お礼

有難うございました。
なるほど、今の武術はほとんど西洋歩行が取り入れられた後に生まれているんですねえ。 という事は日本古来の歩き方とは関係無いという事になりますよね。
質問に挙げました映像なんですが、テロップでは明治30年撮影とありました。 この中に和服を着た年寄りや子供たちが何人か登場していますが、手ぶらで歩いている人たちは今のように足とは逆の手を前後に軽く振っているように感じました。
映像の一番最初の方に手ぶらの人が何人かいたと思います。
それに映像に登場する年寄りたちは江戸時代末期に生まれて、説が正しいとすれば 「なんば歩き」 で育った世代のはずです。
一人くらい 「なんば歩き」 で道を歩いている人がいても不思議ではないはずなんですが、誰もいないというのは ・・・

投稿日時 - 2007-10-24 14:34:45

ANo.5

#3です。
追加をお許しください。

近世までの日本の絵は、写実ではありませんので、もしかするとただの構図上の「ならわし」にすぎなかったのでは、と疑えるような気がします。
トンデモ系かも?

投稿日時 - 2007-10-24 12:07:59

お礼

有難うございました。
実は私も、もしかして単なる当時の画法かも ・・ と感じました。
西洋画もそうですが、中にはかなりデフォルメして現実とは違う描き方をする時もあるので ・・

一方、先ほど Wikipedia で 「歩行」 と打ち込んでみると、説明の中に 「なんば歩きは明治以前、日本古来の歩き方」 と解説されていました。
これを書き込んだ人は一体どうやって確認したのでしょうか?
何か、歩き方に関する古文書のような史実があっての解説なんでしょうか? 

それと和服のように帯で固定する衣服って、おそらく日本だけじゃなく世界中に似たようなものがあると思う (間違っていますか?) のですが、なんば歩きがなぜ日本だけのスタイルなのか、理解できません。

以前、トルコの軍楽隊がなんば歩きをしながら行進している光景を見た事がありますが、これはある意味でパフォーマンスに近いもので、昔のトルコ人がなんば歩きをしていたとは思えません。
う~ん、謎は益々膨らんできました。

投稿日時 - 2007-10-24 13:25:20

ANo.4

そもそも、江戸時代には、歩くときに腕を振る、という習慣が無かったのだ、という話を聞いたことがあります。
武士は、拳を軽く握り、太ももの前の部分にあてて、歩く。商人は手のひらを重ねるように下腹部のあたりに持ってきて、腰をかがめるように歩く。あるいは、寒いときには懐手。女は裾が乱れないように軽くおさえながら歩く。

つまり、腕を振る必然性が無いのだとか。それでも「敢えて」腕を振って歩く場合は「なんば歩き」になるのだ、とか。つまり武士が太ももに置いた手を足と一緒に出す感じなのでしょうかね? 
だから、「なんば歩き」が一般的なのではなくて、腕を振る習慣が無いから、腕を振るときだけはそうなる、ということではないのでしょうか。

投稿日時 - 2007-10-24 11:48:50

お礼

有難うございました。
> 腕を振る習慣が無いから、腕を振るときだけはそうなる ・・
う~ん、正解はこれかも知れませんねえ。
ただ、質問に挙げました明治の映像では、着物を着たオジサンたちは現在のように両手を軽く前後に振って歩いていたのですが ・・

投稿日時 - 2007-10-24 13:13:45

嘘です。

手をブラブラ振りながら歩くわけないじゃないですか。荷物を担い
でたり裃の前をつまんでたり刀を押さえてたりするでしょう。能な
どの伝統芸能でも腕は腰にかまえてたり扇を突き出したりしててブ
ラブラ振りませんし、基本的にゆっくりとしたすり足なので腕を
振って勢いを付ける必要はありません。また、鍬や刀を持ってれば
常に利き腕が前でして、踏み込む時に利き腕側の脚が前になるのは
歩いてるわけじゃありません。

それに、「なんば」という名称が伝わっている事自体、それが普通
に歩いている状態とは違う証拠です。

投稿日時 - 2007-10-24 11:44:25

お礼

有難うございました。
なんば歩きをしていたというのは嘘だったんですねえ。
おっしゃるように着物を着て歩くと自然に前を押さえながら歩くようになるし、今のように両手を前後に大きく振って歩くという事はなかったかも知れませんね。
一方、先ほど Wikipedia で 「歩行」 と打ち込んでみると、なんば歩きは明治以前、日本古来の歩き方と紹介されていました。
これって、あの Wikipedia が嘘の説明している事になるんでしょうか?

投稿日時 - 2007-10-24 13:09:10

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