解決済みの質問
ホームレスの人の中にはやむなく仕事を失い、また仕事をしたくても無い、この生活から脱出したくてもなかなかできない…
という方も居てそういう人達にチャンスを与える行政の役割は、まだ充実してないとは思います。またそうすべきだと思います。
しかし中には昼から酒をのみ、公園でマージャンをし、ボランティアの差し入れを黙って待ち
働く気も無く、ただ気楽で労せず食にありつけるからもうホームレスをやめる気は無い…という
連中が多数を占めている気もします(情報が偏っているかも知れませんが)。
また社会に「迷惑をかけてない」とは決して言えない状況です。
彼らはそこから這い上がる努力を全くしていないように思います。
なりたくてなったわけではないでしょうし、それぞれの事情はあったと思いますが、チャンスは誰にでも平等にあったと思うのです。
(以前阪神大震災のときボランティアのひとが家を失った人達に「今日の御飯はなに?」と食事をもらって当然という顔をされ、かなりショックだった…と言ったを思い出しました)
そういう状況を知りながらボランティアをしてる人達の気持ちがちょっと分りません。
私は「ちょっとうらやましい」と思う事はあっても「可哀想」だとはとても思えないのです。
「ホームレス問題を解決せよ」と叫ぶ人達は彼らへの慈悲?それとも自分達(社会)が快適に過ごすため?
取り留めのない書き方になりましたが貴方はどう思いますか?
投稿日時 - 2002-07-26 02:12:29
自分は大学の講義で「ボランティア」について学びました。
それによると、ボランティアの目的とは「自己変革」であるということです。つまり、他人に対して働きかけることで、自分自身を磨くということだそうです。その為には、他者と対等であること、決して他者を変えようと思わないこと、自己満足であってはならない、だそうです。
もっとも、これはあくまで講師の私見であって、一概には言えませんが、ボランティアについての具体的な在り方として卓越した意見だと思います。
よく「ボランティアは無償の行為」と言われますが、先の意見に従えば、必ずしもそうである必要は無い。もっと応用的に解釈すれば、彼らには、無償・有償などどうでもいいことなのです。従って、ボランティアの方々が、sitoakioさんの指摘するような状況を知りながらなおも活動に励むのも何の不思議も無いわけです。
ホームレスについてですが、問題解決を叫ぶ方々は、そのような状況については深くは考えていないと思います。 私たちは、社会人なら働くのが当然と考えていますが、一切の常識を捨てて考えてみれば、必ずしも働く必要は無い。彼らの弁護をするわけではないですが、極端な話、働くのは生きていく為なのだから、自給自足できれば働く必要も無いわけです。ホームレスの方々の行動を「堕落」ととるのも常識から見ればそうでしょうが、必ずしも正しいとは言えないのかもしれません。
なお、「ダメ連」というのをご存知でしょうか?文字通り働くことを放棄した人々の集まりです。無責任ながら当方には詳しい資料がありませんが、「ダメ連」についてお調べになれば、働こうとしない人々の主張が分かるかもしれません。
投稿日時 - 2002-07-26 11:58:43
お礼
多角的なものの考えよくわかりました。
回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2002-07-27 23:12:09
1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
世の中には「日曜ホームレス」と呼ばれるヒトも居ます。
家も定職もあって、でも休日には趣味で路上生活をするのです。
そんなワケで、なりたくてなった人も居るワケです。
ということはチャンスが平等にあった、かどーかは分かりませんが、
中には自らチャンスを放棄したケースもある、と思います。
この様な人々を「迷惑だ」と感ずる方は「去れ」と言うでしょうし
「気の毒だ」と思う方は支援を買って出るワケです。
ホームレス問題の解決を叫ぶ人には、2種類あると思います。
・純粋に彼らを哀れみ、施しを望む立場。
・努力ナシでも食える彼らを妬み、甘えを許すな、という立場。
…アナタは、どちらかと言えば後者に近いお考えですか?
でもコレは、ホームレスに限った話ではなく、
同和問題等も同じかな、と思ってしまいます。
要は「価値観の違いに対する許容限度」かなぁ、と感じます。
ダラダラと私見を述べました。うまくまとまりません。失敬。
投稿日時 - 2002-07-26 04:14:18
お礼
回答ありがとうございます。
良く分りました。
投稿日時 - 2002-07-27 23:10:59
仕事は義務だということは前提としてあります。
が、仕事を失った人のショックは大きいですよ。
やる気を失う人もいるのももっともだと思います。
仕事がなくなった→家を失った→家がないので仕事も出来ない→気力喪失→
酒をあおる生活→泥沼
これは誰にでもある可能性だと思います。
今日の食事もない生活で気力がなくて座り込んでいる人に、街の美化のために出ていけとも働かざるもの食うべからずとも言えません。
街のためになる仕事に採用すればそんなに嫌われないのではと思いますが。
天災にあった人々は、まだなんとか生活できる余力(貯金とか)があれば移動し
ていくと思うし、お年寄りにはその力がないのでボランティアの力を借りる
ことが多いのだと思うのですが。
可哀想な人達にやってやってんだと思う人はやらない方が良いかも知れません。
投稿日時 - 2002-07-26 02:50:14
お礼
回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2002-07-27 23:10:25
ホームレスは、大きな犯罪を犯しているわけでなく、かといって、生活保護も受けられず辛抱しているのですから、うまく、生活保護を受けて市営住宅に住んでいる人に比べると、そういった知識もなかったのかもしれず、一概に、責められないと思います。
ことに、中高年の失業者は、再雇用先もなく、技術も何もない人たちは追われていくだけです。
確かに、そういう側面はあるにせよ、憲法の生存権を考えると、行政の不備をボランティアが補うのは、その趣旨に逸脱しないと考えます。
投稿日時 - 2002-07-26 02:42:31
お礼
回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2002-07-27 23:10:28