締切り済みの質問
精神科を受診した患者が、「夜も眠れなくて、不安でやる気が起きなくて・・・」などその他、うつ病の人がよくうったえるような内容を先生に申し出たとします。そして検査でも死にたい、不安だ、気分が落ち込む等、うつ病になりきった回答をしたとします。そしたらやはりうつ病と診断されるのですか?他の病気と違って血液やその他の検査で異常値がでるわけではないし、やはり診断は問診とがおおむねをしめるのですよね?
受診してうつ病に表れる気持ちをうったえれば誰もがうつ病と診断されるような気がして・・・。
先生の判断は何をもってされているのですか?
私は日常生活は送れているので周りからみたらただ怠けてるように見られてる気がします。「病院に行ってネットに書いてあるうつ病の症状を辛そうな感じで言えば誰もが診断書でて仕事休めるじゃん」と家族は言います。うつなんて医師の言うことを信じてはいけないよ、気の持ちようだよ、と。
先生はうそで言ってるかどうか見抜けるものなのでしょうか?
投稿日時 - 2007-06-16 20:10:29
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回答(8件中 1~5件目)
付け焼き刃の嘘は見破れます。
診断方法と治療方法を熟知していて上手く演じられてしまえば見抜けません。
(嘘であることを前提に常に診断してもよいなら別ですが)
臨床の授業で学生同士で欝患者を担当し診断の練習というものに、昔モグリで参加しましたが、精神臨床学の教授自ら臨床手法の限界について話していました。
患者の心理を100%把握することは不可能ですし、患者の言葉と行動・仕草を元に分析を行っていく限り、内科や外科に比べその精度は低いものの、信じて行うことが大切であるとしていました。
どういう仕草や行動・言葉で判断するかもあるていど基準化されている面もあるので、ここをつけば誤診させることは可能なはずです。
確信犯を見抜くのは嘘発見器でも無い限り不可能ですし、うつ病の診断結果を欲しい人であれば、A病院でダメと言われてもB病院に行くなどして、診断書を書いてもらえる病院を探すはずです。
投稿日時 - 2007-06-18 05:31:57
こんばんは。
ある事柄を気にするかしないか・問題と捉えるか捉えないか だとか、どう言う風に感じるか だとかは十人十色なので、抱える問題やその感じ方もそれぞれです。
書籍やインターネットを駆使してなりきったとしても、訴え方や表現にバリエーションがなく紋切り型になって判るんじゃないでしょうか。
寄せ集めてツキハギしても、感じ方が一定でなく矛盾が生じると思います。
『鬱病』だからみんな同じ風に感じて同じ不安を持ってるって訳でもないと思います。
ちょっと話はそれますが、私は似た症状がありましたが、医師曰く『鬱病』ではないそうです。
『鬱病』の人とは、訴え方が違うそうです。似ているけど違う様です。
意外と細かい所をみてると思いますよ。
後、他の方の仰る様に嘘を付いてもメリットがない様に思います。
質問者さんは自分が鬱病なのか とか、病院に行こうかどうか とか、家族には怠けている様に見られてる とか、困ってらっしゃる方なんでしょうか。
投稿日時 - 2007-06-17 22:00:30
たいへん難しい問題です。
おっしゃるような状態、すなわちうつ病の症状を情報として学びそれを自らの症状として愁訴している状態のことを「擬態うつ病」ということもあります。そういう書名の本も出版されていますので、ご関心があったらご検索ください。
逆に、本当のうつ病の人が、自分は「擬態うつ病」でも「ただの怠け者」でもなく本当に鬱で苦しんでいるのだと説明しても、周囲にはほとんど理解されないのが実情です。うつ病とはそういうパラドックスを本源的にはらむ病気です。本当のうつ病の人が擬態うつ病だと疑われて、鬱の苦痛に上塗りするかのような精神的苦痛を味わい、自殺に至ってしまう例もあります。
それらの理由やメカニズムは、質問者さまならばよくおわかりのことでしょう。
いわゆる「名医」が、そこをどう判別するかといえば、「経験」と「直感」という言葉に集約せざるをえません。患者との対話で、背後にあるものを嗅ぎ取るのです。
さらに、擬態うつ病の人はなぜ擬態うつ病を演じているのか、という視点も必要となっていきます。患者にとってうつ病と診断されることは社会的にけっして良いことではなく、それなりのリスクとタスクがあります。ただ「怠けたいから」だけでうつ病患者を演じ続けるのは社会的に「割が合わない」はずなのです。ならばなぜ「演じて」いるのか? いわゆる「名医」はそれを嗅ぎ取っていくといってもよいでしょう。
投稿日時 - 2007-06-16 21:01:53