解決済みの質問
彼の考えは、以下の3点に集約できると思います。
(1)西欧列強の干渉に拮抗して、日本の独立を確保する。
(2)幕末に結ばされた不平等条約を改正する。
(3)当時の国際社会において、日本の地位を西欧列強と伍するところに高める。
当時の日本にとっては、清国も脅威のひとつでした。そのため、朝鮮半島から清国の勢力を駆逐することが、独立確保のために不可欠だったのです。
下関条約も、その目的に添うものだったのです。
説明不足で恐縮ですが、ご参考となれば幸いです。
なお、詳しくは以下の書籍がご参考となるかと思います。
岡崎久彦著「陸奥宗光とその時代」(PHP)
投稿日時 - 2002-07-02 21:17:05
お礼
的を得た回答どうもありがとうございました!特に(3)を読んで、ほ~と納得できました。とても分かりやすかったです。
投稿日時 - 2002-07-02 22:38:54
3人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(1件中 1~1件目)
お答えします。陸奥は明治にはいる前に坂本竜馬率いる海援隊という、
日本初の総合商社の一員として、薩摩藩、長州藩などを株主に武器を
海外から購入する仕事を竜馬の右腕として幕末を過ごした当時
としては少ない海外の事情に詳しい知識を持っていた人です。
明治に入りまもなくのころはカミソリ陸奥の異名を持つくらいで頭が
切れすぎていたせいか薩長を中心とする藩閥政府にきらわれていましたが、
関税自主権を持たないことが海外との貿易をしていく中でどれだけ日本に
不利なことわかった政府が切り札的に仕方なく登用した背景があります。
結果日本の関税自主権が認められることになりました。
現在の日本にも陸奥のような外務大臣いれば世界から村八分にされること
もないだろうにと思います。日本の歴代で最も優れた外務大臣ではないでしょうか?
投稿日時 - 2002-07-02 18:35:23
お礼
回答どうもありがとうございました。は~、そんなに頭が切れる方だったんですか~。今の時代にこの方のような外務大臣がいたら日本ももう少し世界に強気な態度を持てるのでしょうね。
投稿日時 - 2002-07-02 22:35:39