解決済みの質問
こんばんは。
よくはわかりませんが、もともと鉄道と航空機はライバル関係ですから、空港へのアクセスにJR(国鉄)線がなかったのだと思います。
空港へのアクセスを重視したのは、千歳空港駅(現在の南千歳駅)が最初だったでしょうか。1980年ごろだったと記憶しています。
現在では、成田空港・関西空港をはじめ、宮崎空港とかにJRが乗り入れていますね。
なお、現在の東京モノレールの経営権は、JR東日本になっていますね。
投稿日時 - 2007-04-26 20:41:27
補足
モノレールはJR東日本だったのですか!!!まったく知りませんでした。確かに考えてみれば、飛行機と電車はライバルですからね。勉強になりました
投稿日時 - 2007-04-26 21:53:06
お礼
すみません。↑お礼に書くつもりだったんですが、間違えました
投稿日時 - 2007-04-26 21:55:27
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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
空港アクセスに鉄道が着目されたのは日本ではつい最近のことです。
羽田空港の東京モノレールこそ、1964年の開業ですが、当初はがらがらで経営危機に陥ったこともありまして、ようやく空港アクセスとして認知され経営が安定してきたのは1970年代半ばになってからです。
ただ、それも羽田空港という巨大空港だからこそであり、他の空港では成田空港で鉄道アクセス(成田新幹線)が計画されたものの、そのほかの空港では鉄道アクセスそのものが考えられていなかったのです。
国鉄は空港アクセスに関してはまったく関心を持っていませんでした。と、いうより航空は長距離輸送のライバルであり、空港アクセス鉄道なんて「論外」レベルの話だったのです。成田空港は国際線専用だったので例外的な扱いだったのですが、成田新幹線計画は通過予定地沿線の反対運動で計画倒れに終わっています。
転換点になったのは、1980年の千歳空港駅(現:南千歳駅)の開業でして、空港近くを千歳線が走っていたので、ターミナルビルの近くに駅を設け、(当時の)ターミナルビルまで長い連絡通路で結びました。この駅の設置に際しては、国鉄本社が「ライバルの航空に塩を送るような物」と難色を示したものの、国鉄北海道総局の強い要望で設置されたのですが、駅からかなり歩かされるものの定時制に優れた鉄道アクセスは大成功の結果となり、あわせてバスに頼った空港アクセスの問題点が他の空港でもクローズアップされ、同じく空港アクセスとしては千歳空港駅以上に不便であった、京成による成田空港アクセス(当時は現:東成田駅から連絡バス)の利用客が少しずつ上向きになってきたこともあって、定時制に優れた鉄道による空港アクセスが各地で計画・建設されていったのです。
投稿日時 - 2007-04-26 22:21:13
お礼
単純にふと思ったことだけなのに、こんなに深い理由があったんですね
投稿日時 - 2007-04-26 22:35:41
空港に乗り入れるという考えは旧国鉄にはありません。
羽田空港はモノレールで十分だったんです。
(というよりモノレールも開業後数年は大赤字)
京浜急行が乗り入れたのは元々羽田空港近くまで路線を戦前から持っており(穴守線)、いつか復活を考えていたんですが空港移転で乗り入れる事が可能になったからですね。モノレールとの調整は大変だった様ですが。
空港アクセスを本気で考えたのは「千歳空港駅」からです。
JR後、空港駅を作る気になったのはJR九州(宮崎空港駅)とJR北海道(新千歳空港駅)だけです。
JR西日本には山口宇部空港・鳥取空港と多少手を入れれば立派にアクセス駅化できる駅がありながらやる気ありません。
たぶん今後もJRとしては空港アクセス駅を作る気は無いでしょう。
投稿日時 - 2007-04-26 21:57:34
お礼
なるほど、やはりお互いライバル意識が強いんですね。静岡空港に新幹線の駅を作りたいという考えがあるそうですが、無理ですね
投稿日時 - 2007-04-26 22:03:41
直接は乗り入れていませんが、羽田空港に行く東京モノレールはJR東の傘下です。
昔は飛行機は対抗勢力だったので乗り入れをしなかったのでしょう。
それに飛行機は金持ちが乗るものだったし。
飛行機に重きを置いていませんでした。
大阪の伊丹空港、九州の福岡空港にも乗り入れしていません。
北海道の千歳空港も千歳線が脇を通っているのに駅がありませんでした。
公共施設だから乗り入れると言う発想はなかったのでしょうね。
投稿日時 - 2007-04-26 20:45:59
お礼
羽田以外にもJRが乗り入れしていない空港があったんですね。ありがとうございました
投稿日時 - 2007-04-26 21:56:47