解決済みの質問
もう亡くなりましたが、川谷拓三さんがそうです。
大部屋俳優で、中年になってきつねどんべいのCMか何かでブレークしたと記憶しています。
エピソードとしては、テレビに長く映りたくて、斬られ役で主役に刀で切られても、いつまでも苦しんだ芝居をしてなかなか倒れないので、「もっと早く死ね!」と監督によく言われたというのがあります。
大部屋俳優時代にアイドル歌手などが良い役で役者のまねごとをすると、ニコニコサポートしながらも腹の中では「なんぼのもんじゃい! どんな芝居ができるのか見せてみろ!」と面白くない感情があったようなことを、テレビのインタビューで言っていて、正直な人だなと思った記憶があります。
投稿日時 - 2007-04-09 00:15:07
お礼
川谷拓三さんのことはあまりよく知りませんでした。正直で魅力的な役者さんなんですね。
回答ありがとうございました。
投稿日時 - 2007-04-09 13:08:15
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ベストアンサー以外の回答(7件中 1~5件目)
風間杜夫さんの話は結構有名ですね。
蒲田行進曲で一躍有名になりましたが、売れない頃は、大竹まことさん、斉木しげるさんと3人で一間のアパートに同居してたそうです。
よく聞いたエピソードでは、風間さんが冷蔵庫を開けて、こっそりとキャベツにマヨネーズをつけて食べているところを大竹さんに見つかって「てめ~、何ひとりで食ってんだよ!」と大喧嘩になった、というくらい食べるモノに困ってたそうです。
大竹さんたちと「表現劇場?」とかいう劇団をやってた頃の話ですから、30年近く前の話かな?
奥田瑛二さんの話も結構有名でしょ?
アパートの家賃をずっと滞納してて、ある日、帰ったら鍵が取り替えられてて、それ以降、代々木公園で野宿(今で言うホームレス)生活を送っていた。その頃、友人からあるパーティに誘われて、会費だけは出してやるから、喰い物を喰いダメしてこいよ、と言われて、行ったパーティで、今の奥さんと知り合ってヒモのような生活になった、という話で、何回かテレビで本人が話してますね。
投稿日時 - 2007-04-11 01:02:22
お礼
風間杜夫さんの話は知りませんでした、まだ若いせいでしょうか。
売れない頃に役者同士で共同生活をしていたという話はよくありますね。
奥田瑛二さんの売れない頃の話は聞いたことがありますが、奥さんと出会ったときのことは初めて聞きました。本当に運命的ですね。
回答どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2007-04-12 01:34:35
どうも今晩は!
最初に思い当たったのは、小林稔侍さんですね。
今では温和な役やコミカルな演技が多い俳優さんですが、元々は東映ニューフェイス
として1965年にデビューしてピラニア軍団に所属し、数々の任侠映画でセリフがほと
んど無い悪役(しかも端役)を演じていました。
その後、1980年代に入ってからTVドラマにも出演するようになり徐々に頭角を現し
ました。
最近は山田洋次監督の『時代劇三部作』(『たそがれ清兵衛』・『隠し剣 鬼の爪』・
『武士の一分』)の全てに出演するなど貴重なバイプレイヤー振りを発揮されていま
すね。
下積み時代のエピソードとしては、私達の世代(40代)には懐かしい子供向けTV番
組『キャプテンウルトラ』で主人公の助手「キケロ星人ジョー」を演じていたのが印象
深いです。
因みにナレーションは同じピラニア軍団の室田日出男さんでした。
http://www.geocities.jp/kindanhm/captain.html
投稿日時 - 2007-04-09 01:02:26
お礼
小林稔侍さんも遅咲きだったんですね。山田洋次監督の作品でしか拝見したことがなかったので、もっと古い作品も見てみようと思います。
回答どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2007-04-09 13:37:41
ハリウッドだとマイケルダクラスの父親でもある、カーク・ダグラスの苦労話が有名です。ロシア系ユダヤ人でかなり貧乏だったらしく「くずやの息子」という自伝を出しています。
映画俳優として売れるまでにプロレスラーやらホテルのボーイやらなんでも40種類もの職を経験したそうです。デビューしたのが映画俳優としては30才とかなり遅かったんですが三年後の「チャンピオン」というボクサーの映画ではアカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。以降は主演兼プロデューサーとしても活躍し大作を多く手がけています。
他にはバートランカスターも俳優として認められるまでに長かったようです。こちらも33才でデビューとかなり遅く、それまでは空中ブランコ乗りとしてサーカスで働いたり海軍に入隊したりと、回り道が長い人生だったそうですよ。認められてからはハリウッドのみならずイタリアの巨匠ビスコンティと組むなど、映画史の1ページを築くまでになりました。
日本だと八名信夫さん。「う~ん、まずい! もういっぱい!」という青汁のCMでよく知られるようになりましたが、もともとは野球選手で東映フライヤーズ(いまの日本ハム)に所属していました。試合中のケガで引退を余儀なくされ、親会社の東映で俳優として再起。強面だったため悪役専門となり主役級の役をやるまでにかなり時間を要したようです。
投稿日時 - 2007-04-09 00:52:57
お礼
デビューが30過ぎで、それからアカデミー賞にノミネートされるのはすごいですね。「くずやの息子」ぜひ読んでみたいと思います。
バートランカスターの出演作品は恥ずかしながら見たことがありませんでした。興味を持ったので、今度観てみます。
八名信夫さんは野球選手だったんですね。
回答どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2007-04-09 13:34:08
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