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日本という名前って?

  • 暇なときにでも
  • 質問No.2821
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お礼率 0% (0/33)

ずっと昔からの疑問なんですけど、日本という名前はいつの時代から使われ始めて、もともと、誰が命名したのでしょうか。
余談ですが、高校生のとき、この質問を世界史の先生に質問したら、無視されました。あのときの屈辱はまだ忘れられません。
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回答 (全3件)

  • 回答No.1

はじめまして、某大学院の教育学研究科に所属するさえない院生です。 お答えですが、日本という名前は、おそらく「大化改新」の頃から使われ始めたと思われます。東方すなわち「日の本」(日出づる国)の意味から「日本」と書いて「やまと」と読んでいたようです。そのころ貿易が盛んになってきたため、日出づる国をアピール・自覚するためにこのように書くようになったのでしょう。 「にほん・にっぽん」と読むようになったのは、奈 ...続きを読む
はじめまして、某大学院の教育学研究科に所属するさえない院生です。
お答えですが、日本という名前は、おそらく「大化改新」の頃から使われ始めたと思われます。東方すなわち「日の本」(日出づる国)の意味から「日本」と書いて「やまと」と読んでいたようです。そのころ貿易が盛んになってきたため、日出づる国をアピール・自覚するためにこのように書くようになったのでしょう。
「にほん・にっぽん」と読むようになったのは、奈良時代以降です。

誰が命名したのか・・・それは申し訳ないがわかりません。でも、「大化改新」前後を調べ上げれば解ってきそうですね。ちょっと調べてみます。

世界史の先生は全くひどいね。たぶん回答できなかったので、そうした態度をとったのでしょう。人間、謙虚さを忘れたらおしまいです。
補足コメント
mimizukun

お礼率 0% (0/33)

大化の改新ですか・・・・。約1400年も昔から使われていたんですね。いきなり「日本」という名に重みが感じられてきました。実は、私は、古いものが大好きなのです。神社やその石段なんて趣があっていいですね。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
  • 回答No.2
レベル3

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高校の先生は「教科書しか信じない」という思考能力開発停止の特徴があります。 ほっときましょう。「日本」ということのおこりは「聖徳太子が隋の皇帝煬帝に出 した信書」にあります。「日出づる処」と漢字仮名交じり文ではなく漢文だった訳 ですね。この信書は残っていませんが「太陽の根本」を自らの国といったのがこの 時でした。「日本」を「じ・ぽん」と発音したためシルクロードを経由して西洋語 「ジャパン」になり ...続きを読む
高校の先生は「教科書しか信じない」という思考能力開発停止の特徴があります。
ほっときましょう。「日本」ということのおこりは「聖徳太子が隋の皇帝煬帝に出
した信書」にあります。「日出づる処」と漢字仮名交じり文ではなく漢文だった訳
ですね。この信書は残っていませんが「太陽の根本」を自らの国といったのがこの
時でした。「日本」を「じ・ぽん」と発音したためシルクロードを経由して西洋語
「ジャパン」になりました。中国では漢音・呉音・唐音と発音が変化します。現在
は「日本」を「リ-ペン」と発音しますが、当時は「ジポン」という漢音でした。
このように、明治維新のはるか以前にあって、15年前に一万円・五千円札から消え
たあの人だった。実は「大和」と同時期に「日本」が存在していたのです。大和時
代と明治時代は共通点があったんですよ、高校の先生が気付かないことですね。面
白いでしょう。発想の観点はタイムマシンに乗っていくのですよ。では。
補足コメント
mimizukun

お礼率 0% (0/33)

なるほど。日本の名付け親は、聖徳太子だったんですね。
彼が「日出づる処」と言ったのが、当時の貴族の間ではやって、「日本」という名が生まれ、それが現代まで続いているんですね。
ん?では、大和という言葉はもっと古いということになりますが、それはいつからなんでしょう。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
  • 回答No.3
レベル3

ベストアンサー率 0% (0/1)

今回は「大和」について、簡単に説明しましょう。「大和」を「やまと」と読むの は日本側で、もともとは中国側は日本のことを「倭」と記述していたのが、魏のこ ろです。朝鮮半島経由で入った情報だった証明は「好太王碑」にも残されていま す。日本が統一する前に、五王の時期があったので「倭」または「和」があったと いうことになります。統一によって「朝廷」ができたことを「和が大きくなった」 という意味を含めた「 ...続きを読む
今回は「大和」について、簡単に説明しましょう。「大和」を「やまと」と読むの
は日本側で、もともとは中国側は日本のことを「倭」と記述していたのが、魏のこ
ろです。朝鮮半島経由で入った情報だった証明は「好太王碑」にも残されていま
す。日本が統一する前に、五王の時期があったので「倭」または「和」があったと
いうことになります。統一によって「朝廷」ができたことを「和が大きくなった」
という意味を含めた「大和」になります。問題は「だいわ」でなく「やまと」と読
む原因です。呉音ではないので「邪馬台国」の変遷だといわれています。この二つ
の共通点は「日本には山が多い」という地理的条件で「大切なものを守りやすい」
という意味を持っています。音読みと訓読みの両面が求められた「大和」の発生は
日本の時代は統一以前ですが、中国の「魏」「漢」の時代の史料にありました。こ
のように日本史と世界史の交点にあるわかりづらいものでしたね。いかがでした
か。
補足コメント
mimizukun

お礼率 0% (0/33)

 説明されたことを自分なりに解釈すると、5朝時代に「和」という国があってそれが、全国を統一して朝廷を作ったから、和が大きくなったと言う意味から「大和」という言葉ができた。読み方は、以前あった「邪馬台国」から来ているということでいいのでしょうか?「和」という国が全国統一できた原因のひとつとして、中国の後ろ盾があったためだと思います。その理由は、中国が日本のことを「倭」と読んでいた。統一した国が「和」であったというつながりからです。それぞれの年代がよく分かっていないので、間違っていたらごめんなさい。
投稿日時 - 0000-00-00 00:00:00
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