イエスキリストは代表的ユダヤ人の一人だと思うのですが・・。(1/2)

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イエスキリストは代表的ユダヤ人の一人だと思うのですが・・。

ヨーロッパの歴史の中で教会などキリスト教関係者も率先してユダヤ人~ユダヤ教を弾圧してきたようですが、いくらユダヤ人からも迫害され処刑されたとはいえ当のイエスキリスト自身や愛弟子たちがユダヤ人であったということはキリスト教徒達にとって矛盾というか違和感は無かったのでしょうか?確かに『ユダヤ人』と言う言葉の定義は微妙で血統的な事よりもユダヤ教徒であることに重きを置いて考える事が多いようですが、そうすると(キリストを救世主としてあがめキリスト教自体を開いたのはあくまでキリスト死後の弟子達であり)自分自身はユダヤ教徒であったというキリストはますますピュアなユダヤ人ということになってしまうのではないですか?それとは直接関係無いかもしれませんがキリスト教などに改宗していても血統的にユダヤ系だとあのときのドイツではやっぱりユダヤ人とみなされ収容所とかに送られてしまったわけですよね・・・。また例えばヒットラーなどがキリストの人種問題に言及した事があれば紹介していただけますでしょうか? 

投稿日時 - 2002-05-06 16:35:49

QNo.265106

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回答(10件中 1~5件目)

ANo.10

キリスト教は、ユダヤ人の共同体の中から、イエスが救い主であると信じる人々が出てきて成立しました。ユダヤ人は律法を守るので、当初のキリスト教を信じる集団(エクレシア)はユダヤ教も同時に信仰していました。その後、ユダヤ人ではない人々が、キリスト教を信仰するようになって、律法(安息日も含む)を「愛」の一字で集約して、イエスと彼の教え(神・罪・救いなど)でキリスト教が成立しています。

投稿日時 - 2011-01-29 11:20:17

ANo.9

追伸  前略
福沢諭吉先生も学問のすすめの中で、仰ってますね。
天は人の上つていうのは、みなさん御存じなんで
人は、学ばなければ、智は無い。智の無いものは愚かな人である。
つまり、賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか、学ばないかによって
出来るものである。そのもともとを見て行くとただその人に学問の力が、あるか無いかによって、そうした違いが、できただけであり、
天が、生まれつきに定めた違いではない。
草々

投稿日時 - 2009-07-29 09:49:40

ANo.8

質問者様の仰ること、そのとおりだと思います。
いろんな事に、応用して解釈って出来ますよね。
全然、的はずれな意見だと自分自身も思いますが、少し
私は、日本人です。差別、偏見っていっぱいありますよね。
日本だけでは、ありませんね。世界中にいっぱいあります。
イムジン河っていう歌、私好きなんです。
朝鮮半島に流れている河ですね。北と南に分けております。
その河って日本と外国の間にも、流れていますし、我々個人の
間にも、流れている河じゃないでしょうか?
話は、全く違いますが、starflora様の回答いつも謹んで
読ませていただいております。さぞや名のあるお方と存じます。
賢いを通り過ぎて賢すぎる感想を持っております。
当方は、賢くありません。
ご活躍、陰ながらお祈りいたしております。
ごきげんよう。ニンハオ シェーシェーニー請原諒!

投稿日時 - 2009-07-29 09:35:20

ANo.7

ユダヤ人の扱いを不思議に思われるのも当然かもしれません。
しかし、ユダヤ人の歴史を見ると波乱に満ちています。

当初、神は古代イスラエルをご自分の愛する民として扱ってこられました。しかし、建国1500年後にキリストがこうおっしゃいました。
「エルサレム,エルサレム,預言者たちを殺し,自分に遣わされた人々を石打ちにする者よ―わたしは幾たびあなたの子供たちを集めたいと思ったことでしょう。めんどりがそのひなを翼の下に集めるかのように。しかし,あなた方はそれを望みませんでした。38 見よ,あなた方の家はあなた方のもとに見捨てられています。」‐ マタイによる書 23:37‐38

イスラエル国民は、幾度も神から離れた結果として、
バビロンに70年捕囚されたり、幾度も戦に破れたりと
悲惨な目にあってきていました。
しかし、こと神の子キリストを処刑するに至って
神の怒りは限界に達し、神はこの国民を捨て、
新たに別のイスラエルを設けることにされたのです。
イエスもこういわれました。
「このゆえにあなた方に言いますが,神の王国はあなた方から取られ,その実を生み出す国民に与えられるのです」‐ マタイによる書 21:43

パウロはこう書き送っています。
「そして,この行動の規準にしたがって整然と歩むすべての人,その人たちの上に,そうです神のイスラエルの上に,平和と憐れみとがありますように。」‐ ガラテア人への手紙 6:16

ですから、すでに神の基準を尊重する別の民が立てられており、イスラエルの国自体は既に神の恵みを失っているのです。

今でも、ユダヤ教徒は律法を守っていますが、それは無駄なことです。
「では,律法はなぜ[与えられたの]ですか。それは違犯を明らかにするために付け加えられたのであり,約束のなされた胤が到来する時にまで及ぶのです。」‐ ガラテア人への手紙 3:19

つまり、約束のなされた胤とはキリストであり、そこで律法は完了するのです。キリストの弟子となるものが新たな神のイスラエルを構成するのであって、ユダヤ人であるかどうかは関係なくなっているということです。
ユダヤ人の存在はは歴史的な意義はありますが、
今現在、神の特別の保護にあるわけではありません。

かえって、ユダヤ人は迫害され、抹殺されようとしたこともあり
人種そのものを根絶すべく異常なまでの殺戮が行われてきました。

これについては、悪魔によるユダヤ人の歴史的証拠を塗り消そうという試みかもしれません。
現代について聖書にはこう書いてあるからです。
「地と海にとっては災いである。悪魔が,自分の時の短いことを知り,大きな怒りを抱いてあなた方のところに下ったからである」‐ ヨハネへの啓示 12:12

参考URL:http://watchtower.org/j/

投稿日時 - 2009-01-01 14:16:58

 ヒットラー云々に関しては詳細に知らないので答えられませんが、イエスがユダヤ人であるという事について少し…

 classさんが仰るように、イエスはユダヤ人です。これまでの回答の中にも見られましたが、キリスト教自体がユダヤ教の1セクトとして始まっており、イエスにキリスト教(教会)設立の意志があったかについて疑う学者さえいました。(「イエスは神の国を伝えたが、やってきたのは教会だった」という言葉があります。すごい皮肉ですね(笑)。)

 イエスはその宣教の当初、明らかに宣教の対象をイスラエル、つまりユダヤ人に絞っています。このことは、聖書にある『イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。』(Mt.10:5,6)という言葉から伺えます。また原始キリスト教団においても、パン裂き(現在のミサ)や集会での祈りなど独自性を持ちながらも神殿礼拝をしていた事から、あくまでユダヤ教徒であるという意識があったと考えられます。

 答えになっているか分かりませんが、参考まで。

投稿日時 - 2002-08-22 09:31:00

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