解決済みの質問
1976年11月藤沢店開店のとき藤沢に住んでいました。生活必需品ではなく、趣味の対象商品を扱い、店員はそれぞれの商品を趣味で扱っているような人でした。秋葉原で売っているような電気製品売場には、配線とか半田付けなどに詳しい中年のおじさんが売っていました。こうした趣味のものを売るには、周辺住民のの所得だとか、世帯構成、等を考えたのでしょう。ハンズの隣は東急の高級マンションでした。私は出来立てのハンズに行き、部品を買って、アンプやスピーカーを作ったものでした。当時の都会を見比べると、藤沢はハンズ進出に適した所だったのだと思います。ちなみに2号店は1977年11月二子玉川店開店です。こちらも出店場所の選択は正しいと思います。
投稿日時 - 2007-01-03 01:03:05
お礼
ありがとうございました。
私も当時、藤沢に住んでいました。
あのヨーカドー前の一角は、マンション、ハンズの建設で様変わりしたのを覚えています。
店員は、サービス業というより、趣味の人の集まりという感じは確かにありました。
まあ私も子供でしたが、店員に「コンデンサはありますか」などと質問したところ、
「うん、うん、それはね」「ああ、そりゃうちにはないよ。他行ってよ」といった、ため口丸出しの応対をされたことをよく覚えています。
正直言って、それがトラウマとなって、いまでもハンズに対してはちょっとかまえてしまうんですけどね。
投稿日時 - 2007-01-03 10:32:35
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