解決済みの質問
どこのカテゴリが妥当か悩みましたが、
ここで質問します。
韓国のソウルから北朝鮮の新義州までの区間を指す
京義線の件ですが、
今現在は、都羅山と開城の間が分断されています。
それで質問なのですが、
よく日本から開放された後の1945年9月11日を最後に、
京義線の鉄道の往来が中断されたと書いています。
しかし、”このとき”、どこからどこの区間が分断されたのか、
書いていません。
中にはちょっと前まで韓国の京義線の分断地点だった
汶山(mun san)から北朝鮮の開城と書いているサイトも
ありますが、これは明らかにおかしいと思います。
なぜなら、”このとき”は、今の南北軍事境界線とは違い、
北緯38度線上に南と北みたいな形でしたので、
今現在、北朝鮮領になる開城はこの当時、
ぎりぎり38度線より南の韓国側ですので、
”このとき”に汶山(mun san)から開城の分断は
変だと思います。
少なからず、1950年の朝鮮戦争勃発まで、
開城は南側の統治下だったわけですから。
ということで、かなり前置きが多くなりましたが、
1945年9月11日を最後に京義線の分断をされた区間は
どこからどこでしょうか?
また、いつまで汶山(mun san)から開城の間は
鉄道運行されていたのでしょうか?
京義線に関する記述はあっても、
上記に書いた質問の答えを満たしてくれる
サイトを知りません。
もし、知っていましたら、URLも教えて下さい。
是非、回答をお待ちしています。
投稿日時 - 2006-11-28 15:59:28
ちょっと調べてみましたが、確信があるかはあやふやです。
いくつかのサイトを見ると、「1945年分断で、ソウル~開城の短縮運行」と書いてあります。
ので、分断は開城とその隣の駅(ピョンヤン?)間だと思います。
その後、朝鮮戦争によって1951年には完全に運行が中断され、1953年にソウル~ムンサン間で運行再開とあります。
朝鮮戦争後に南北国境線が確定し、開城が北側になったためでしょうね。
あまり参考にならずすみません。。
http://kr.dic.yahoo.com/search/enc/result.html?pk=10600400
(他のサイトにもいくつか書いてありましたが、再度探せませんでした。。)
投稿日時 - 2006-11-29 22:56:46
お礼
そうですね。
38度線を境にそれぞれ運行というのが
正しい感じでしょうね。
そうなると、
京義線では、38度線より南の最前線になる
開城の先の開豊と38度線を越えた方は金川でしょうか?
ただ、韓国語サイトで、
ソウル(当時はまだ京城)から短縮運行で開城と書いているので、
そうかもしれませんね。
ここらへんの細かい情報を日本語サイトで
探すのは難しいですね。
回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2006-12-02 17:34:00
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