解決済みの質問
藤原氏渡来系というは、中臣鎌足が、実は渡来人で養子扱いになっていたという説ではありませんか?
そもそも、渡来系云々と分ける意味というのは、天皇家自体が渡来系という説もあるくらいなので、あんまり意味がないと考えます。
日本という意識が、天智・天武朝あたり以降、白村江の戦いで、朝鮮半島からの避難民が大量に来た以降の話で、最近来た人を帰化人としたわけですから。
本朝(日本)を慕って帰化したから帰化人である、という国家意識ができたのが、上記の天智天武朝あたりから。その前のことで、帰化人(まぁ最近は渡来人と呼ぶようですが)であるかどうかを明確に分けることは不可能かと思います。
投稿日時 - 2006-10-24 00:19:49
お礼
回答ありがとうございます。 すると
日本に先に土着したのは「渡来人の物部氏と蘇我氏」で、後から渡ってきた悪辣な渡来人である藤原氏が陰謀を重ねて土地と権力を奪い取った。
というのが「本当らしい」説なのですね。
投稿日時 - 2006-10-24 03:31:48
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
よ~わからんのですが, 「どっちも渡来系」って説もあったような.
ちなみに, 大化の改新 (乙巳の変) で滅んだのは蘇我宗家だけ. 傍系は存続してますというか石川麻呂なんざ乙巳の変に協力してますが. あと, 「蘇我氏が聖徳太子系」というより「聖徳太子が蘇我系」の方が妥当じゃないかな. まあ, 蘇我氏自身がその「ほとんど同族」の聖徳太子直系 (上宮王家) を滅ぼしちゃってるんですが.
投稿日時 - 2006-10-23 19:15:54
お礼
上宮王家、聖徳太子の後継ぎ山背皇子の一族の事ですね。 ありがとうございました。
「どっちも渡来系」これが有力なんでしょうか
投稿日時 - 2006-10-24 03:20:11