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囲碁の究極の終局

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お礼率 35% (49/139)

No.247089、kenji24715さんの質問を見ていて、長年の疑問を思い出しました。

1.囲碁はどうなったらゲームオーバーなんでしょうか。実戦を見ていると、途中で双方がなんとなくお辞儀して終わるんですが、ホントのルールを知りません。ひょっとして、双方が「パス」をしたら終わり?じゃあ一方だけが「パス」するのもアリでしょうか。
 
2.もし「パス禁止。どちらかが参ったをしない限り、そして打てる所がある限りは打たねばならない。打てなくなったら負け。」なのだとすると、ダメを詰め、相手の目(2目以上連なっている所)に石を放り込み、ついには自分の眼を潰してでも打ち続ける。そうするとごっそり石を取られて、それで空いた場所にまた石を置いていく。こんなことを続けると、最後はどうなるんでしょうね。多分、一方の色の石だけが、1目だけの眼を幾つか残して盤面を埋め尽くして終わるんじゃないかなあ。でももし1眼しかなかったら、次の一発で全部の石を取られてしまって、序盤から打ち直すのも同然です。それでも続ける。
 さて、普通の終局で地を計算して負けた方が、このルールでもやっぱり確実に負けるんでしょうか?(コミ出しは無視しましょう。)
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回答 (全5件)

  • 回答No.1
レベル14

ベストアンサー率 57% (1002/1731)

1. >ひょっとして、双方が「パス」をしたら終わり? そのようです。 「日本囲碁規約 第九条-1(終局) 一方が着手を放棄し、次いで相手方も放棄した時点で、「対局の停止」となる。」 ですので,どの段階で終局になるかは対局者の判断にまかされており,ある棋譜を別の人が見て「私ならこんな悪あがきせず第何手目で投了する」とか,逆に「まだ決着は付いていない,もう少し続ければひっくり返せる」などと思う ...続きを読む
1.
>ひょっとして、双方が「パス」をしたら終わり?
そのようです。
「日本囲碁規約 第九条-1(終局)
一方が着手を放棄し、次いで相手方も放棄した時点で、「対局の停止」となる。」
ですので,どの段階で終局になるかは対局者の判断にまかされており,ある棋譜を別の人が見て「私ならこんな悪あがきせず第何手目で投了する」とか,逆に「まだ決着は付いていない,もう少し続ければひっくり返せる」などと思うこともあるわけですね。
また,ルール上は一方だけのパスも認められています(実際にはどこかよそに打つことが多いでしょうが)。

参考URL(1番め)のページに現行の日本囲碁規約を含むさまざまな囲碁ルールが載っています。(なぜか日本棋院のページにはない)
2番めは流れ図です。

2.は,これぞ究極の碁,って感じですが…どうなるんでしょう。なかなか想像がつきません。
ただ,このルールだと,ダメの少ないきれいな地をたくさん作っているほうが,終盤(というか,普通なら終局になっている段階を過ぎた,いわば超終盤?)の段階になったとき,自分の地を減らさざるを得ない可能性が高いので,普通ルールのときと勝敗逆転する(場合もある)ような気がしますが,果たしてどうでしょうね。
九路盤あたりでやってみたら面白いかもしれません。
(もし本当にこれでやるなら,コミも考え直さないといけないでしょうが,白と黒,どちらが有利なのか,よくわかりません。)
全然答えになっていなくてすみません。
お礼コメント
stomachman

お礼率 35% (49/139)

有り難うございます。
1.について。色んなルールがあるんですね。しかも「対局の停止」と「終局」は別の概念。面白いです。

現行ルールでは、
(1) 一方がパス。
(2) 他方も続けてパス→対局の停止。
(3) 石の死活及び地を確認するためには、終局までに「駄目詰め」及び「手入れ」を行わなければならない。
(4) 対局の停止後、一方が対局の再開を要請した場合は、相手方は先着する権利を有し、これに応じなければならない。(つまり(1)以前に戻る。)
(5) 対局の停止後、双方が石の死活及び地を確認し、合意することにより対局は終了する。これを「終局」という。

ということですから、駄目を適当に詰めてしまってから、(4)によって対局の再開を要請するとどうなるんだろう?このとき相手は応じなくてはならない。そして(4)がもし「相手が必ず先着する」という意味だとすれば、対局の再開を要請して、相手に相手自身の目を潰す手を打たせられることになる。フローチャートによればそういう事になってますが…
 つまり、A:「パスです」に対して、B:「パスです。で、再開を要求します」と言えば、Aのパスを無効にすることができる訳です。これって何だか変?

 やっぱり、(4)の「相手方は先着する権利を有し、これに応じなければならない。」ってのは、「相手方は応じはするが、必ずしも先着しなくても良い」、つまり再開の初着を「パス」できる、という意味なんではないかなあ?

 それはさておき、「何が何でも打てる所がある限りパスしない」って奴が打つとどうなるんだろ。相手がパスだって言っても自分はパスせず駄目や相手の地に打ち込む。そのうち自分の地を潰し始める。(これは2.の設問とは別の条件です。)それでもやっぱり、いずれ終局に至るんでしょう。この場合、相手は自分の地を潰さないでパスしていれば良いのだから、「何が何でもパスしない」って奴は(相手に二眼の活き石がありさえすれば)必ず負けそうな気がします。

 設問2.の方は、やっぱりまずは実験でしょうか。
投稿日時 - 2002-04-05 20:04:41
  • 回答No.2
レベル7

ベストアンサー率 9% (2/21)

>相手がパスだって言っても自分はパスせず駄目や相手の地に打ち込む。そのうち自分の地を潰し始める。この場合、相手は自分の地を潰さないでパスしていれば良いのだから、「何が何でもパスしない」って奴は(相手に二眼の活き石がありさえすれば)必ず負けそうな気がします。 上の問題についてですが、一般的には双方がこれ以上の着手をしても自分の地を増やしたり相手の地を減らしたりすることができなくなった時点で、パ ...続きを読む
>相手がパスだって言っても自分はパスせず駄目や相手の地に打ち込む。そのうち自分の地を潰し始める。この場合、相手は自分の地を潰さないでパスしていれば良いのだから、「何が何でもパスしない」って奴は(相手に二眼の活き石がありさえすれば)必ず負けそうな気がします。

上の問題についてですが、一般的には双方がこれ以上の着手をしても自分の地を増やしたり相手の地を減らしたりすることができなくなった時点で、パスをするのでしょうから、相手がパスをしても(パスをしないことを信条にしている人は)必要な手入れとか、駄目詰めを1人で行い、それができなくなった時点で対局の”停止”ではなく対局の”終了”を相手に要求できるのではないかと思います。

つまり有効な着手が無くなれば、勝負に関係のない着手をして(終局のための手続き)、それも無くなったとき(これ以上の着手をすると、自分の地を減らしたり、相手の持ち込みになる場合)終局ということです。

ただ規約では、終局というのは双方の合意があって初めて成立するものなので、一方が対局の終了を要求しても、もう一方がそれを認めず、「自分はパスをするから、お前は自分に不利益になる着手をしろ」という事態が起こりえないとは限りません。当然相手は拒否をするでしょうから、その対局は終了できず未完ということになるでしょう(審判のいるような対局では、審判の決定に従うことになるでしょうが)。

中国式のルールのように、地の多さではなく盤上の生存している石の数で勝敗を決めるなら、パスをすれば自分が不利になりますからそのような問題は生じないでしょう。
お礼コメント
stomachman

お礼率 35% (49/139)

有り難うございます。これはNo.1に付けたお礼の中で述べた、派生的な問題に関する回答ですね。

> 対局の”停止”ではなく対局の”終了”を相手に要求できるのではないかと思います。

対局の停止を経由しないで、いきなり終了を「要求」できる、なんてルールがあるんだろうか?
なお、「パスをしないことを信条にしている人」は、着手可能であれば打つ。ルール上、打って反則にならない限り打ち続けるということを想定しています。

 それはそれとして、一番興味があるのは2.の(最も単純明快な)ルールだとどうなるか、って事でして。宜しくお願いします。
投稿日時 - 2002-04-08 18:31:31
  • 回答No.3
レベル7

ベストアンサー率 9% (2/21)

えーっと。2.ですね。 私なりに考えてみました。 碁の着手というのは、布石の段階では目数としてとらえにくく、中盤になると一手約20目とか15目とか一手の価値が計算できるようになり、終盤には一手数目のヨセになり、最終的に価値のない手と損になる手ばかりが残ります。 その時点で、対局は停止となり駄目(価値のない手)を詰めて、後は損になる手ばかりというところで終局です。 さて、仮に終局の時点で黒が白に ...続きを読む
えーっと。2.ですね。
私なりに考えてみました。
碁の着手というのは、布石の段階では目数としてとらえにくく、中盤になると一手約20目とか15目とか一手の価値が計算できるようになり、終盤には一手数目のヨセになり、最終的に価値のない手と損になる手ばかりが残ります。
その時点で、対局は停止となり駄目(価値のない手)を詰めて、後は損になる手ばかりというところで終局です。

さて、仮に終局の時点で黒が白に20目差で勝っているとしましょう。
ここから先は、自分の地を一目ずつ減らすか、相手の地に入り相手に一目献上するか、いずれかです。
相手の地に入って、次に手が生じる場合、相手も自分の地の中に手を入れますから、プラスマイナスゼロで損にも得にもなりません。
このような手の交換は多数生じるでしょうが、お互い正確に応じれば損得なしですから意味はありません。

それ以外の手は、基本的に白も黒も一手打つごとに一目ずつ損をしますから、同じ手数打てば黒の20目勝ちは動きません。

黒の20目勝ちのまま、盤上は徐々に石で埋め尽くされていき、最後にドラマティックな変化が待ち受けています。

ここで仮に白石は全てが一つにつながっており、黒石は二つに分断されているとします。
石は目が二つなければ生きませんから、白は最後の二目が残るまで死ぬことはありません。これに対して、黒は二つの石が生きるため最低4目の地が必要になります。そうすると、白石が生きている段階で、黒は二つの分断された石のうちどちらかを一目にする手を打たなければなりません。
次の瞬間、その大石は白によって取られてしまいます。この石の大きさが10目以上あれば、勝負は逆転します。

黒の大石が抜かれた後に黒がいくら打っても、まわりは白石ばかりですから生きることは普通出来ません。

したがって、このような勝負は自分の石をいかにつなげるか、相手の石をいかに分断するかに勝負がかかってくるため、囲碁の打ち方が根本から変ってしまう可能性があると思います。それは、もはや囲碁とは言えないかもしれません。

以上、私のつたない頭で考えてみました。大筋ではあっていると思うのですが。
お礼コメント
stomachman

お礼率 35% (49/139)

2.に関してのご考察、有り難うございます。

>もはや囲碁とは言えないかもしれません。

 はい。(結構上手なプレーヤーでも案外意識していない)終局のルールを少しいじっただけで、もはや囲碁とは言えないゲームになってしまう、そのゲームの話をしているんです。

> 黒の大石が抜かれた後に黒がいくら打っても、まわりは白石ばかりですから生きることは普通出来ません。

 もし活きることができなければ、空いた箇所に黒が打てるなら白も同様にそこに打てる。ゆえに、白は自分の地に自分で打ち込むことなく、黒石をアゲ続けられる。その度に、盤上の空きは単調に減少する。従っていずれ黒は打つ所がなくなり、残りの自分の活き石の目を潰さなくてはならない。再び黒石はアゲ続けられる。その度に、盤上の空きは単調に減少する。かくて黒は必ず先に打てない状況になって負ける。そういうことでしょうか。
 ゆえに、囲碁の終局のルールに従った地の計算による勝敗と、「打てなくなったら負け」ルールでの勝敗は一致しない。一つにつながっている石で沢山目を持っている方が勝つ。なるほど。
 すると、地の計算は無意味ですね。ヨセのやりかたも変わって来ますね。たとえば三目が一列に繋がっている一眼を持っている方は、ダメなど詰めるより前に、さっさとこれを一目×二眼に分割しなくちゃいけない。ナカテ(三個の空きの内の真ん中に黒石を打ち込む)を打たれたら一眼になっちゃうからです。
  黒石が盤面の殆どを埋め尽くしているが実は二眼しかない。一方、隅っこに辛うじて白石が活きていて、これは三眼以上ある。という状況を考えますと、黒が掃除されちゃったあとに広大な盤面が残ります。従って白有利の条件ながら、概ね打ち直しと同様になる。すると勝負の行方はまだ知れない、という事なのかも。
 
 またまた派生的な疑問ですけど、普通のルールにおける地の計算では、自分の地の中に取り残された相手の石は自動的に自分のアゲハマに加えている。これってホントにきっちりアゲるまで手を入れたときと比べて、一目、半目の誤差を生じることはないんでしょうかね。
投稿日時 - 2002-04-10 22:29:40
  • 回答No.4

これは「囲碁」ではなく、「思考実験」ですね。 囲碁の究極の形ではなく、あり得ないルールを仮定した場合の結末の予想ですよね。 1.まず終局の条件ですが、 普通は、手がなくなった時点で一方が「終わりですね」と意思表示をします。これがパスの意思表示です。 相手は「そうですね」などと(これもパスの意思表示)応じて、終局となります。 中国式ルールの場合はダメ詰め・手入れをすべて終えて終局になります。 ...続きを読む
これは「囲碁」ではなく、「思考実験」ですね。
囲碁の究極の形ではなく、あり得ないルールを仮定した場合の結末の予想ですよね。

1.まず終局の条件ですが、
普通は、手がなくなった時点で一方が「終わりですね」と意思表示をします。これがパスの意思表示です。
相手は「そうですね」などと(これもパスの意思表示)応じて、終局となります。
中国式ルールの場合はダメ詰め・手入れをすべて終えて終局になります。
日本式ルールの場合、地合いが変わらない、すなわちこれ以上手の交換をしても、地の整理(最近は「整地」と呼ぶことが一般的ですが、10年前にはこんな言葉はありませんでした)の後の目数が変わらないと双方が確認した時点で、終局となります。
9級程度(一説には15級)の実力があれば、終局の概念は確実に理解できます。

半コウと呼ばれるコウが残ることがあります。
半目の価値のコウです。
ダメもなく、コウに勝てる余力(コウ材)もない場合は、「ツナいで下さい」と言って、相手にツがせます。これもパスの意思表示です。ここで対局の停止=終局です。
この場合、棋譜には「半コウ黒/白勝ちツグ」と記載されます。

一方がパス、というのもあり得ます。
「終わりですね」という意思表示に「まだ手がありますよ」と言われて、納得しない場合は打ち続ければよろしい。
パスした側は、手入れの必要が生じた時点で、手を入れる権利が発生しますから(着手復活と言います)、それまでは1手1目の損(死に石を打たせること)を続けさせておけばよいだけの話です。
打ちつづける側は、対局の再開の要請を続けているとみなされます。

#1のお礼で、「(4)対局の再開の要請」とは、普通、「手を入れて下さい。(さもなくば、ダメを詰めた後に手が生じて、損をしますよ)」という意思表示を指します。これに応じない人はいないと思いますし、アマチュアの場合は、「これこれこういうことになりますよ」ということを親切に示して下さる方が多いので(そうでない方と打つべきではありません)、問題はまず起きません。
再開を要求した方の勘違いならば、ダメを詰めるか、「石を置いて下さい」(つまり、パスの意思表示)をすればよろしい。

この件について、今年の棋聖戦第5局で、トラブルが発生しました。
挑戦者側が終局の意思表示をしたが、棋聖側が応じず、「応じた」と誤解した挑戦者が手入れをしていた、その際に棋聖が石を取れる状態になってしまった、というケースです。
参考URLに詳細ありますが、挑戦者のポカでしょう。
これは、棋聖側の判断が正しかった、ということで決着を見たようです。

2.これは単純明快どころか、囲碁の魅力を完全に損ね、人を寄せつけなくさせるルールですね。
打てなくなったら負け、ということですが、
パスができない、という制約条件があれば、地の多い方が有利になりますが、石が分断されている場合は、計算上、地合いは(分断されている数×2目)得になります。
言ってしまえば、「盤中での攻め合い」ですね。
結果は、どちらかが全滅するまで続きます。そして、複数の1眼のみが盤上に残った時点で終局となります。その時点で、相手方は着手禁止点(呼吸点のない目)しか残らなくなりますので、パスしかできません。そこで終局です。
最高で、盤上には一方の石が19^2-2=359個残ります。見たくもない!!

しかし、パスが認められている以上、そのようなルールを考えるのは囲碁界では無駄になります。
2のような碁を打ちたいと思う人は、一人もいないはずです。
確実に死ぬ場所に打っても、疲れるだけで、得るものは何もないのですから。
例えば、自分からセキの形を潰しに行く自殺行為は、許されがたき愚行です。

ご質問は、「サッカーで(PK戦ならぬ)オウンゴール合戦をやったら決着はどうなるのか」、と言っているに等しいと思われるので、想像しても時間の無駄、ということになります。
数学で、定義を複雑に変えるとどうなるかは想像に難くありません。それと同じです。
2のルールでの結末だと、アゲハマの数が3ケタになることは確実で、碁笥の蓋(アゲハマを入れるのに使います)を見るのもいやになるでしょうね。
碁石も3セットは用意しないといけません。

ちなみに、現在のルールでは、地を形成する石が終局時点で(相手地の死に石を除いて)全部繋がっていることを「盤中一石」と言って、非常に強く、よい形とされます。稀にしかできないケースです。

囲碁は所作・筋の美しさなど、美学に通じるところがあるのです。

#3への派生質問ですが、これは日本ルールでは手を入れるだけ1手1目の損です。
そのような煩雑さ+無意味さを避けるために、「相手の地の中で眼のない石は自動的に死に」ということになっているのです。
もしそれで相手が納得しないならば、パスをして相手に打たせ、しかるべき段階で着手復活を行なってすべてアゲハマにすればよいのです。

例外的な「隅のマガリ四目」というものがあります。
隅にしか出現しないレアケースなのですが、攻撃側が打てば取り盤のコウ、防御側が打てば死に、というセキに似たケースの場合、規約により、自動的に防御側の死となります。
これも、煩雑さを避けるための特別ルールです。
これに「手を入れろ」というルールができた場合、日本人・韓国人の大半は反発するでしょうね。
(基本的に囲碁は、中国・台湾以外では日本ルールです)

もっとも、コンピュータは、有段者の誰がどう見ても死んでいる石を生きている石にカウントしてしまい、「人間の81目勝ち」(要するに、9路盤でコンピュータが全滅した場合)とすべきところを、勝手に「私の勝ちです」としてしまい、困ってしまいます。

このような質問は、ネット碁が普及したから出てきたものでしょうね。
ネット碁では終局の意思表示は、「パス」と伝える以外にできません。
私はネット碁には懐疑的です。
機械的な囲碁は、面白くないのです。
理由は別の質問に対する回答で書きましたが、囲碁は「手談」というのですから、面と向かっての方が面白いのです。もっとも、マナー違反されると嫌気がさしますが。

囲碁は机上の空論で楽しむものではないので、実際に打たないといけません。
現実問題に即して考えないと、面白いものも面白くなくなってしまいます。
かつてのアマ三段格の経験者より。

なお、ルールで分からない点がある場合は、お調べ下さい。
今回は、ルールに一定の理解があることを前提にお話ししました。
補足コメント
stomachman

お礼率 35% (49/139)

大変丁寧な、幅広いコメントを有り難うございます。

ただ、これはゲームの話ではなく、飽くまでも数学カテゴリーへの質問です。

> これは「囲碁」ではなく、「思考実験」ですね。
> 囲碁の究極の形ではなく、あり得ないルールを仮定した場合の結末の予想ですよね。

まさしくその通りです。囲碁を楽しむための質問ではなく、ネット碁とも何の関係もございません。「現実に」「マナー違反」なく行われる囲碁の対局については、勿論、この質問の対象ではありません。

2.の問題は「(1.でお尋ねした)囲碁のルールでの勝敗と、このトンデモないルールでの勝敗が対応するかどうか」という数学の問題が質問の真意です。また、

> #3への派生質問ですが、これは日本ルールでは手を入れるだけ1手1目の損です。

誰でもそう仰いますが、これも「数学の問題として、例外が無いことを証明できるか。或いは例外を全部分類できるか」というのが質問です。これに対して

> 「隅のマガリ四目」というものがあります。

という例外を示して戴きました。つまり「手を入れるだけ1手1目の損」は定理ではない。これは数学として大変面白いことです。
では「「隅のマガリ四目」の他には例外がない」ということが(数学の問題という意味で)証明されているのでしょうか。
投稿日時 - 2002-05-27 00:48:27
  • 回答No.5

申し訳ないのですが、私は「数学的言語」で囲碁を語る術を持っていません。 「定理」とおっしゃいますが、今までのルールはすべて「盤上でそういった事例ができたから対処しましょう」というものです。 三コウしかり、循環コウしかり、打ち上げミスの両負けしかり。 (三コウは、「本能寺の変」の前夜に起きたことから、不吉の前兆と言われます) そこまで突き詰めるなら、私も突き詰めましょう。 ここに出たすべて ...続きを読む
申し訳ないのですが、私は「数学的言語」で囲碁を語る術を持っていません。

「定理」とおっしゃいますが、今までのルールはすべて「盤上でそういった事例ができたから対処しましょう」というものです。
三コウしかり、循環コウしかり、打ち上げミスの両負けしかり。
(三コウは、「本能寺の変」の前夜に起きたことから、不吉の前兆と言われます)

そこまで突き詰めるなら、私も突き詰めましょう。
ここに出たすべての問題に対する答え:
「コンピュータ囲碁問題が解決するまで、何ら問題の答えは与えられない」

コンピュータ囲碁問題は、最強のコンピュータの囲碁ソフトを作るA.I.の問題です。コンピュータの考える初手は361+1(パス)通りで、パスを考慮せずとも盤上をすべて埋め尽くすには、361!通り以上の手を考えなければなりません。
これよりも合理的な考えを持つソフトであっても、最強のソフトは我々が生きている間に出てくるかどうか……。

数学的思考を突き詰めると、現在のところ、ご質問の答えは、
「数学的に証明できる事項はない」
の1通りに落ちつきます。
本物の「究極」が存在しない以上、机上の「究極」の存在証明も出し得ません。
詳しいことは、情報工学者の方にお問い合わせ下さい。

2.の正確な答えですが、
(1)どちらか一方の石が盤上を埋め尽くし、アゲハマを数える「数え碁」になる。
(2)双方が二眼を持って盤上を二分し、「数え碁」になる。
(3)三コウ・循環コウなどが発生して、無勝負になる。
が、考えられる答えですね。
常識的な碁打ちなら、その前に碁盤を放り投げてますけど。
お礼コメント
stomachman

お礼率 35% (49/139)

>「コンピュータ囲碁問題が解決するまで、何ら問題の答えは与えられない」
> 「数学的に証明できる事項はない」

これら二つの超数学の命題が証明できたと仰るのでしょうか?ならば立派な論文になる仕事ですが…

> 2.の正確な答えですが、
> (1)どちらか一方の石が盤上を埋め尽くし、アゲハマを数える「数え碁」になる。
> (2)双方が二眼を持って盤上を二分し、「数え碁」になる。

 これらが生じ得ないことは自明です。「打てなくなったら負け」というルールにおいて、数えるものなどありませんから。
投稿日時 - 2002-05-29 02:36:04
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