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「ゆとり」教育論

sterstyle007の回答

回答No.9

>これほどの科学技術を生み出す力の背景は、 >国際情勢だけではなく、戦後復興のために、 >国(国民)をあげて努力した結果であり、教育の一助もあるかと思います。 まったくその通りですね。自分もそこまで書こうとしたのですが長くなるのが 嫌だったのでやめました。「比べては」にその意図を読み取ってください。 ただ、インドのように科学エリートの供給は学校教育の規模が小さくとも可能だという点で、 (準)公的教育の経済発展への影響力は日本の場合は国際政治経済情勢に比べれば それほど重要ではないのではと考えました。 私が問題だと思うのは、教育の意義ですね。なぜ教育をするのかです。 言語や空間への思考力、コミュニケーション力(EQまで含む?)などは 疑いようがないくらい人生の楽しみを増やしてくれますが、 日本の学校教育はただ経済発展のためだけに存在してきたのでは?という 疑問があるんです。 「勉強ができる=人生が楽しい」だとは経験的に思えませんよね。 ゆとり教育は教育の意義について考える絶好の契機ではないでしょうか。

noname#1753
質問者

お礼

こんばんは。 正確には学校教育は年功序列社会を築くために存在し、それが経済成長に繋がっていたから国民はそれで納得していたのでしょう。 今の受験競争を勝ち抜いていくためには、社会や人生に対して思考力を持たない事が必要みたいです。 IQとEQの違いは外務省官僚と田中真紀子さんの違いが分かり易いです。 IQが高くてEQの低い人は真紀子さんを嫌いますけど、そういう人には人間的な魅力を感じないですよね。

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