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不登校増加の原因は?

  • 暇なときにでも
  • 質問No.238902
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お礼率 78% (59/75)

私は30代です。
私が中学生の頃は、校内暴力などが多発して、荒れる学校が社会問題になっていました。思い出してみても確かに学校はかなり危機的状況にあったような気がします。しかし、学校が荒れている割には、心因性の不登校の生徒は今ほど多くはいませんでした。
こんなに不登校の生徒がふえた原因は何だと思いますか?ご意見を聞かせてください。
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回答 (全12件)

  • 回答No.4

元・不登校児ですがよろしいでしょうか?(こういう事は言わなくてもいいことでしょうが、ちょっと視点を変えるためにあえて言います。外れているような気がしますがご容赦を) 周囲の「大人達」や、社会が、いじめやら何やらで、そこ(=ここで言うのは「教室」か、学校か)から逃げ出してしまうことを許容してしまっているでしょう? それに原因がないわけではないと思います。 辛いんだった行かなくていい、そういう風に考 ...続きを読む
元・不登校児ですがよろしいでしょうか?(こういう事は言わなくてもいいことでしょうが、ちょっと視点を変えるためにあえて言います。外れているような気がしますがご容赦を)

周囲の「大人達」や、社会が、いじめやら何やらで、そこ(=ここで言うのは「教室」か、学校か)から逃げ出してしまうことを許容してしまっているでしょう?
それに原因がないわけではないと思います。
辛いんだった行かなくていい、そういう風に考える人が多いんです。多分。義務教育は義務である、と言うことはさておき。
本当に辛かったら、嫌だったら、やめて構わない──すっごく甘いですよね。言われる側にも、言う側にも甘いんです、これは。(まぁ、後から辛いんですけど、逃げるというのは)

私個人から言えば、母曰く「小学校の時から学校嫌いだった」らしいので、他の不登校児(という言い方もおかしいですが)とは違ったようです。
大雑把に原因だなんだと言っても、「理由」は個々人で違います。が。0926v様が仰っているのは「理由」ではなく「原因」でしたね。

不登校・登校拒否は、「病気」ではないんです。要は、甘えです。
行けない・行かない・行きたくない、そのまま一直線に引きこもる(可能性もある)
今の時代、それでも子供たちは、そして私も、餓えません。
義務を放棄しても物が食べられる、遊べる、本だって読めるし、テレビもゲームもネットも出来る。──甘えられる世の中なのです。
そして、その甘えを容認してしまう世の中なのです。
「甘え」を「病気」に変換しているのが、現状です。病気なら、誰も責めません。早く治そうとするだけです。
でも、これは多分、治らないんです。本人が、どうにかしようとしない限り。

原因の一因は周囲にあります。けれど、大部分は、当人にあるでしょう。

それから、渦中にあった頃から思っていたんですけど、やはり、教育システムを変えないといけないと思います、どうにかしたかったら。
今のままでは無理なんだ、と、仰っている方は多いでしょう?
詰め込み教育ではダメなんです。出る杭を打ってはいけないのです。

競争に耐えられない子供が増えていることも、原因と言えば「原因」なんです。
学校は競争ですからね。勉強でも、外見でも、運動でも、何でも。

色々と書いてしまいました。長文すみません。ちょっと辛辣な部分もあるかと思います。
結局、一つ処に原因があるわけではないでしょう。ということに、私の意見は落ち着かせていただきますね。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。

確かに甘い世の中ではありますよね。学校に行かなくても良いというような雰囲気は徐々に高まってきていると思います。

何かの本で読んだことがあるのですが、今、大学生にも不登校が増えていると言うんです。大学生になれば自分で責任をとれるわけですから、行くのも行かないのも本人の勝手なんですが(実際私も大学3年の頃はほとんど行っていない)、自分で判断して「行かない」のではなく、「行きたいけど、行けない」学生が急増しているようなんです。

そして、この本の著者が言うには、何らかの心的要因で不登校になった子供は、最終的には「学校に行く」ことでしか解決しないということです。学校に行かないことを親や世の中から容認されて、いざ世間に出ようとするとなかなか世の中とうまく折り合いをつけられない。そういう大人が増えているそうです。

seinaさんのおっしゃる「世の中の甘さ」という言葉には納得させられます。
投稿日時 - 2002-03-22 13:58:11
  • 回答No.5

#4です。 0926y様、お名前の間違いすみません。 取り急ぎ、お詫びまで。 ...続きを読む
#4です。
0926y様、お名前の間違いすみません。
取り急ぎ、お詫びまで。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

ご丁寧に。大丈夫ですよ。
投稿日時 - 2002-03-22 13:59:18
  • 回答No.3
レベル6

ベストアンサー率 20% (1/5)

社会がそれを許容するようになったからだと思います。 一種のモラルハザードではないでしょうか? たとえば、電車の中で、 ・化粧をする人 ・携帯電話で大声でしゃべる人 ・地べたに座り込んでいる人 これらは本来 許されないことだと思います。 正確には、許されなかった・・・・ でも、いまは、やっている方も、みている方も平気です。 注意をする人は誰もいません。ほおったらかしです。 学校[ ...続きを読む
社会がそれを許容するようになったからだと思います。
一種のモラルハザードではないでしょうか?

たとえば、電車の中で、
・化粧をする人
・携帯電話で大声でしゃべる人
・地べたに座り込んでいる人
これらは本来 許されないことだと思います。
正確には、許されなかった・・・・
でも、いまは、やっている方も、みている方も平気です。
注意をする人は誰もいません。ほおったらかしです。

学校[教育]では、ほっとくわけにはいかないので、
何とかして悪者を作らねばなりません。

まず、やり玉に挙げられたのは、「学校・教育・先生」だったと思います。
でも、そうではないということは、誰の目にも明らかだったので、
次を探しました。それが、親や本人です。
ここに問題があるのは明らかなのに、それを追求できません。なぜかしません。
最後に行き着いたのは、『病気』にしてしまうことです。

こうすれば、誰も傷つかず済みます。
心因性などといえば聞こえはいいと思いますが、
心が原因と言うことです。誰の?と問われれば本人です。
結局 本人の脆弱さ故だと思います。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

「補足要求」とありますが、この覧にお礼とともに書かせていただきます。

回答ありがとうございます。
私も同感です。社会全体のモラルは本当に低下していますよね。精神的に弱い子供も増加していると思います。

ただ、なぜこんな社会になってしまったんだろうか?という思いが常にあります。今の社会は、子供にとって住み難いんだろうなとも思います。そして、子供が希望を持って成長していけるような社会ってどんな社会なんだろう?と子供を持ち親になって、強く考えるようになりました。
投稿日時 - 2002-03-22 10:37:05
  • 回答No.2

もう1度書き込ませてください。 0926yさんは男の方だったんですね。(女の方だと思ってました) となると少し答え方が変わるのです。(前に泣かせてしまったお母さんもいるので) 私は不登校の原因のほとんどは親にあると思っています。 >保育所に任せっぱなしにする育児・・・という一文がURLのHPにあるのですが・・・ 私の周りのみの話ですが~ 不登校にしろ非行にしろ問題を抱えた子供たちの多く ...続きを読む
もう1度書き込ませてください。
0926yさんは男の方だったんですね。(女の方だと思ってました)
となると少し答え方が変わるのです。(前に泣かせてしまったお母さんもいるので)

私は不登校の原因のほとんどは親にあると思っています。
>保育所に任せっぱなしにする育児・・・という一文がURLのHPにあるのですが・・・

私の周りのみの話ですが~
不登校にしろ非行にしろ問題を抱えた子供たちの多くが『母親が働きに出て家に居ない』のです。
中には「子供の自主性に任せてる」「放任主義なの」と言って子供の顔を見て子育てをしていない親がいるのです。自主性を育ててないのに何に任せるのか?ほったらかし=放任主義?(理解不能)
最近では0歳から預けて働きに出る親も多いのです。

今の時代、外へ外へと母親の気持ちは向かっています。
生活の為、自分自身の生き甲斐の為、それぞれの都合はあるのでしょうが
それは『子供たちの都合』ではないのです。

『三つ子の魂百まで』でせめて3歳までは預けずに母親が育てるべきだと思っています。
そして学校から帰って来たら「おかえり」と迎えてあげるべきだとも思うのです。

心が不安定な子供たちには身体も心も居場所がないのです。

『積み木くずし』というのがありましたが、子育ては本当に積み木のようなものです。幼い頃から心を育てて積み上げていかないと、いつか~なにかの型で崩れるのです。

その時には親の人生も崩れることに気がついてないのです。

そして怖いと思うのは『母原病』世代が今は親に教師になってきているのです。

まだまだ言いたいことはあるのですがキリがないのでこの辺にしておきます。(他の方々の意見も楽しみに拝見したいとも思いますので)

以上があくまでも私の思い・・・そう思って育てている我が子はかなり逞しく育っているような?そうでもないような?まだ積み上げ中です。
補足コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

お詫び
  下のお礼の文の中で、tukusi33さんに対して呼び捨て になっている部分があります。申し訳ありませんでし  た。投稿したあとに気づきました。ごめんなさい。
投稿日時 - 2002-03-22 09:30:46
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。

一つの家庭に5・6人の子供がいるのが珍しくなかった頃の話を祖母などから聞かされることがあります。とにかく食べていくのがやっとで、「子供をかまっている時間はなかった」と言っていました。そんな時代には、不登校児なんていなかったとも言っていました。あの頃の子ども達は、貧しいことが当たり前で、親と接する時間が少なくても、親は生活のために頑張っているんだということを敏感に感じ取っていたのだと思います。

現代は情報が氾濫して、親自身が子供をどう育てていったらいいか迷っているのではないでしょうか。ほとんどの親は自分の子供によい人生を歩んでほしいと思っているはずです。そんな中で、ある親は過保護になり、別の親は放任主義になりといった子育ての方法をとっていると思います。方法は異なってもどの親も思いは同じです。しかし、「何が良い人生なのか?」「人間としてどう生きていけばよいか?」といった価値観すらも大きく揺らいでいますので、親は自分の子育てに自信が持てないでいるのではないかと思うのです。そういう部分を子どもは敏感に感じているのではないでしょうか。親が子にどのようにあってほしいとかこんな人生を歩んでほしいといったメッセージがうまく(ときには押しつけがましくなったりして)子供に伝わっていないんじゃないか、と思いました。

tukusi33の紹介していただいたホームページを見ました。短い文章でそれだけでは文章の意図するところを感じるのは難しいと思いましたので、今度本を買ってきて読んでみたいと思います。

私にはもうすぐ2歳の息子がいますが、頭の中では自分なりの子育てのイメージは持っていま。しかし、息子が中学生ぐらいになったときに、はたしてうまくやっていくことができるのかという不安はあります。しかし、様々な方々からの意見もいただきながら本も読みながら、それらのことを自分なりに消化してやって行くしかないんだろうなとは思っています。
投稿日時 - 2002-03-22 09:29:37
  • 回答No.1

私が最近読み始めた本に『母原病』というのがあります。(下記URL参照) この本によると~ 『心身症型』『神経症型』『価値観喪失型』『未熟型・人間形成遅滞型』 『目標喪失型』『人間性崩壊型』『適応未熟型』『非行型』があるそうです。 そして『登校しただけで「治った」とはいえない』とあります。 私の周りにも「登校拒否」の子たちがいますが、色々な『型』があるように思います。 『子供に無 ...続きを読む
私が最近読み始めた本に『母原病』というのがあります。(下記URL参照)

この本によると~
『心身症型』『神経症型』『価値観喪失型』『未熟型・人間形成遅滞型』
『目標喪失型』『人間性崩壊型』『適応未熟型』『非行型』があるそうです。

そして『登校しただけで「治った」とはいえない』とあります。

私の周りにも「登校拒否」の子たちがいますが、色々な『型』があるように思います。

『子供に無関心な親』『子供に一生懸命な親』『働かなくてはいけない母』
『働きに行きたい母』そして『いまいち人ごとの学校』『一生懸命取り組まれる先生』他・・・

それぞれに考え方があり、それが『社会』なのですよね。

こういった問題は親子や社会「どこに原因が在る」とは簡単にはいえない問題なのではと私は思います。

1個人(母)としては「いかに我が子を育てるか」しか考えようがありません。

ぜひ0926yさんも色々なものを読み、人の意見に耳を傾け「勉強?」してみて下さい。そして自分なりの結論探してみてください。

私もまだ探し中です。(うちの子はとりあえず皆勤賞街道驀進中ですが)
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。

不登校の児童生徒が増加している原因は一つではないことはもちろん理解しています。ただ、私は、社会の歪というか矛盾というかそういう部分は、直接子供たちに影響し、それが現象として出現すると思っていますので、不登校増加の原因をさまざまな角度から述べ合うことは、現代の社会の姿をうつしだすことができるような気がするんです。
投稿日時 - 2002-03-21 15:12:34
  • 回答No.6

僕は貴方より少し上で校内暴力はまだなかった世代です。 しかし僕らも社会システムや学校教育に疑問を持った人は多いです。 定職に就かないフリーターも僕らが発祥ですし、恐らく不登校や学級崩壊は僕らの子供の世代が発祥かと思われます。 僕らは社会や教育に疑問を持っても、上の世代が持っていない限り、社会ルールとして納得せざるを得ませんでした。 しかし今の子供達は社会や教育に疑問を持ち、しかもその疑 ...続きを読む
僕は貴方より少し上で校内暴力はまだなかった世代です。

しかし僕らも社会システムや学校教育に疑問を持った人は多いです。
定職に就かないフリーターも僕らが発祥ですし、恐らく不登校や学級崩壊は僕らの子供の世代が発祥かと思われます。

僕らは社会や教育に疑問を持っても、上の世代が持っていない限り、社会ルールとして納得せざるを得ませんでした。

しかし今の子供達は社会や教育に疑問を持ち、しかもその疑問が親とも一致しているのではないでしょうか。
この状態で現行のルールだからといって、納得するのは辛い生徒も多いのでは。
不登校の人は真面目な繊細な人だろうな。

政府は「構造改革」や「ゆとり教育」などタイトルだけあって内容のないものを提示してますが、政府を批判するのは間違っているように思えてきます。(オレも反省)

政府は僕らの親の世代が中心であり、社会の変化に意味付けするのは無理があるのではないでしょうか。

「構造改革」や「ゆとり教育」の内容を創る責務を負うべきなのは、僕ら30代前後のまだ社会に疑問を持ち続けている世代だろうと思います。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。
社会に対する疑問ですか・・・。思春期から大人になる過程の中で誰もが通る道ですよね。そこでつまずく子どもが多いんでしょうね。そこを乗り切らないと、自己実現は難しいですよね。そう考えると、不登校の子ども達は自己実現できずに苦しんでいる子どもが多いのかなあ。
投稿日時 - 2002-03-23 02:24:35
  • 回答No.7
レベル14

ベストアンサー率 15% (594/3954)

ひとまわり上の世代から。 「義務教育」について、間違った解釈をされている方が、世間にも多いのでひとこと。 「子供が学校に行く義務」というのはありません。 子どもには「教育を受ける権利」があります。その権利を保障するのが大人や社会の義務なわけです。 昔は、「学校に行かない」といえば、「じゃあ働け」ということになるので、学校に行くほうが子どもにとっても「楽」だったから、文句があっても登校していたの ...続きを読む
ひとまわり上の世代から。
「義務教育」について、間違った解釈をされている方が、世間にも多いのでひとこと。
「子供が学校に行く義務」というのはありません。
子どもには「教育を受ける権利」があります。その権利を保障するのが大人や社会の義務なわけです。

昔は、「学校に行かない」といえば、「じゃあ働け」ということになるので、学校に行くほうが子どもにとっても「楽」だったから、文句があっても登校していたのでしょう。
いま、学校に行かなくても、じゃあ働け、ということはないし、その気があれば自分で知識も得る事が出来る(あくまで「あれば」という前提)。へたをしたら、塾の方が勉強が出来たりする。

「教育を受けさせる」イコール「学校に行かせる」ではないので、方法はいろいろ考える事が出来るはずですが、指導要領とかいろいろのしがらみがあるので、学校に放り込むのがいちばん手っ取り早い方法なんですね。

「なぜ学校に行くの?」と子どもに尋ねられて、ちゃんと答えられる大人がいますか?「そういうふうに決まっている」これで納得しろというほうがおかしい。
行きたくなるような学校であるべきなのですが、学校はそういうことは考えず、子どもが来るのがアタリマエだと思っている。

「働いている母親」の話ですが、そういう母親のほうが「とにかく行け」という対応をしていないだけで、実際に問題を起こしている子、親は、「専業主婦」の方が多いように感じます。PTAやってても、働いているお母さんたちは、議論になれているのに、専業主婦の方々は「おしゃべり」だけで話が前に進まない。「決まった(「上」で)事」を誰に押し付けるか、しか考えていない。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。
確かに「学校に行くのは当たり前」と思っている人は多いし、「なぜ学校に行くのか」という疑問を持っている人は少ないのかもしれません。
そして国の教育制度のあり方や学校のあり方は、「なぜ学ぶのか」とか「なぜ学校へ行くのか」といったことからスタートしないといけないのかもしれませんね。
投稿日時 - 2002-03-23 02:36:30
  • 回答No.11
レベル10

ベストアンサー率 28% (40/140)

 いろいろなことが考えられると思いますが、私は子供たちを取り巻く環境こそが今時代の変化を見せていると思っています。 「子供たちには目標がない」ということが大きな要因ではないでしょうか? 社会を取り巻く、偏差値社会こそが、子供達の才能を壊しているようにも思えます。好きなことが精一杯できない。ゆとりがない。とよくいいますが私は23にして同じようにゆとりのない教育の中でいきてきました。 何が原因かというと ...続きを読む
 いろいろなことが考えられると思いますが、私は子供たちを取り巻く環境こそが今時代の変化を見せていると思っています。
「子供たちには目標がない」ということが大きな要因ではないでしょうか?
社会を取り巻く、偏差値社会こそが、子供達の才能を壊しているようにも思えます。好きなことが精一杯できない。ゆとりがない。とよくいいますが私は23にして同じようにゆとりのない教育の中でいきてきました。
何が原因かというと、環境です。
それしかいえないです。すいません。変な回答になってしまいました。
  • 回答No.10
レベル14

ベストアンサー率 15% (594/3954)

8の回答で、 >義務教育は、親が子供に教育を受けさせる義務です。 義務があるのは、親だけでなく、社会全体です。もちろん、親は自分の子どもに教育を受けさせる義務(教育を受ける権利を保障する義務)がある。 だから、子どもをもっていない親も税金を納めて学校を運営している訳ですが、 じゃあ、その学校に行かなければ、教育を受けられないのか、ということではないでしょう。ヘレンケラーなど、学校に行けなかっ ...続きを読む
8の回答で、
>義務教育は、親が子供に教育を受けさせる義務です。

義務があるのは、親だけでなく、社会全体です。もちろん、親は自分の子どもに教育を受けさせる義務(教育を受ける権利を保障する義務)がある。
だから、子どもをもっていない親も税金を納めて学校を運営している訳ですが、
じゃあ、その学校に行かなければ、教育を受けられないのか、ということではないでしょう。ヘレンケラーなど、学校に行けなかったけれど、サリバン先生を派遣してもらえました。たしか、サリバン先生の給与は公費負担だったはず。

最低これだけは準備しなくちゃいけない、というレベルで公立学校があるわけですが、それで義務は果たしているからあとは個人(生徒)の問題だ、ということにはならない。本来、勉強は楽しいもののはずですが、それを面白くなくしている原因があるはずですね。
  • 回答No.9
レベル6

ベストアンサー率 20% (1/5)

de88です。 0926yさんのお考えは納得のいく大変すばらしいものだと思います。 お礼は、こちらから言わせて頂きたいと思います。 ありがとうございます。[チャット・BBS状態にしてすいません] 話題の、根幹的な部分や基本基盤などは、 同じ考えを持っておられるのだなぁと思いました。 おそらく、表現方法や指摘の手段、 観察の角度などが異なるのだろうなぁと思います。 ご意見を読ませ ...続きを読む
de88です。
0926yさんのお考えは納得のいく大変すばらしいものだと思います。
お礼は、こちらから言わせて頂きたいと思います。
ありがとうございます。[チャット・BBS状態にしてすいません]

話題の、根幹的な部分や基本基盤などは、
同じ考えを持っておられるのだなぁと思いました。

おそらく、表現方法や指摘の手段、
観察の角度などが異なるのだろうなぁと思います。

ご意見を読ませて頂き、いちいちもっともなことだと、深くうなずきました。

 ⇒「子供が大人にならなくても許される社会」
   これまでにこんな社会があったでしょうか?
まさに、その通りだと思います。
アダルトチュルドレンとは、まさに、このことでしょう!!

 ⇒自分の問題を前向きに解決しようとする態度を殺ぎ落とすような、
  そんな雰囲気をもった社会のような気がします。
にっこり笑って、子供の自立の芽を摘んでしまう。
可愛い子供を可愛いままで、自分の庇護の元ににおいておきたい、
というような感覚・・・・!?

 ⇒そういう部分での「子供にとって住みにくい社会」という表現です。
確かに、おっしゃるとおりです。
0926yさんの表現の意味合いが本当によくわかりました。

そこで、私の角度からの見方・考え方です。

「社会に適応しにくい子供」なのではないでしょうか?

いわゆる偏理屈と思われるかもしれませんし、
社会を主体的に構成できない、子供という存在ににとって、
その在り方を問うのは、酷だ・・・と言われるかもしれません。
鶏と卵で・・・、水掛け論だと言われることもあるでしょう。

私は思います。
「子供にとって住みにくい社会」と言った瞬間に、
また、⇒子供たちが、
    この大人になるための(社会に出て行くための)苦しみを
    放棄しているように見えます。
我々成人が、「子供にとって住みにくい社会」と表現することで、
すでに、「ここで問題視している社会」を
形成してしまっているのではないでしょうか?

ただの、言葉遊びやこだわりではなく、
ご意見にあるような「社会」だからこそ、
子供も大人も、自分以外のものを見るのではなく、
子供自身に「適応力」を要求しなければならないのではないでしょうか?
『生きる力』は、いまのこんな社会に迎合せざるおえない識者が、
精一杯のアピールをした言葉だと思います。

そういう意味で、「生きていく社会」を形容するより、
「自身の生きる力」を形容すべきだと考える次第です。

以上 生意気を申し上げてすいません。
お許しいただけるなら、またご意見を交換させてください。
お礼コメント
0926y

お礼率 78% (59/75)

回答ありがとうございます。

うーん、納得です(うなってしまいました)。
確かに「子供にとって住みにくい社会」と表現した時点で第三者的視点になってしまいますよね。自分も社会の形成者なのだからそういう表現というか物の見方というのは適当でないことに気づきました。
私自身としてどんな生き方が出来るのか、考えてみたいと思いました。本当にありがとうございました。
投稿日時 - 2002-03-26 21:24:35
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