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回答(3件中 1~3件目)
自由党と民主党の、いわゆる『保守合同』は東西冷戦の産物です。 社会党の台頭に危惧した、アメリカからの要請もありました。
民主党の鳩山一郎党首から、吉田茂氏(自由党)へ接触があり、話し合いがあって、自由民主党が誕生しました。
今、この出来事を振り返ってみると、鳩山氏の態度は立派です。 自由党を新政党の先に立て、しかも吉田氏を党首に推しているのです。 彼のこの寛容さがあったからこその快挙だったといえます。
あれから、半世紀が過ぎ、東西冷戦は終結しています。 新しい時代には、新しい政党が必要です。 『新しいぶどう酒は、新しい皮袋に』といいます。
投稿日時 - 2006-08-16 10:49:16
1.1951年のサンフランシスコ平和条約のときに、日本社会党が左派(ソ連等を含む全面講和に固執)と右派(ソ連等が不参加の片面講和を支持)に分裂。
2.ところが1955年に左右社会党が再統一し第1党へ。
3.財界がビックリして、自由党(吉田茂とか)と日本民主党(鳩山一郎とか)に保守陣営の糾合をはたらきかける。
4.両党がこれに応じて自由民主党を結党(=保守合同)
日本政治史の授業では、保守合同の「きっかけ」についての説明は上記が一般的だと思います(ちなみに、自民党結党も社会党再統一も1955年だから「五十五年体制」)。
保守合同http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%AE%88%E5%90%88%E5%90%8C
で、自民党結党の時点で改憲についてどこまで合意されていたのか、特に戦後復興を切望していた財界や、後の経済成長路線の源流となった吉田派はどう考えていたのか、は私もよくわからないので、このあとの回答に期待。
社会党の成立史についてはサッパリなので、参考として下記を挙げておきます。
日本社会党http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%85%9A
投稿日時 - 2006-08-16 03:15:20
政治には詳しくないんで保証できないです
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/rittou/index.html
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/houshin/index.html
>六、独立体制の整備
平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。
>新しい憲法の制定を
私たちは近い将来、自立した国民意識のもとで新しい憲法が制定されるよう、国民合意の形成に努めます。そのため、党内外の実質的論議が進展するよう努めます。
の部分かなあ・・・?
投稿日時 - 2006-08-15 22:49:23