解決済みの質問
こんにちは。今、話題の亀田ボクシング一家をテレビで見ていて思ったのですが、
あんな風に子供を鉄拳制裁を加えたり、
週に6日は付きっきりでトレーニングすると、
極端に「子供が過剰に反発」したり、「親に対して従順すぎる人間」になったりしそうな気がします。
母親は教育方針の違いで離婚とニュースにありましたが、そんなに激しい教育なら、いつか子供の心が爆発しそうな気もします。
そこで質問です。
教育心理から考えると、スパルタ教育というのは成功するのでしょうか?
投稿日時 - 2006-08-07 00:22:03
こんにちは、
先ず、基本的に何かを成し遂げるためだけに子供をマインドコントロールし、子供の選択肢を奪ってしまうのがスパルタ教育なのだと思います。もちろん人道的な道を誤りそれを強制するためのスパルタ教育というのもあるとは思いますが、
亀田兄弟の父親の場合、完全に前者であり子供を選択肢を偏らせて自分の私利私欲のために子供を利用しているにすぎません。
社会生活に必要な教育は一切しておらず、作法礼儀をわきまえない教育です。ボクシングというスポーツはそれに限らず必ず引退の時期がくるものです。その後の子供達の人生を深く思慮するならば、彼のやっていること、それはすでに教育とはいわず、子供達がボクシングを引退するような時期、近い将来父親自身それに子供達全てに人格破壊が起きることは目に見えております。結果、亀田兄弟の父親が実行しているスパルタは必ず失敗に至ります。私の意見ですが、あの父親を持つ亀田兄弟が哀れでなりません。攻撃性だけを植えつけられてボクシング以外の知識が乏しく、引退後その子供達が同じように自分の子供をそのように育てるようなことがないかと危惧します。
一番の加害者は父親ですが、メディアにも半分責任があります。
私個人的にはあの父親とTBSには嫌悪感さえ感じます。
投稿日時 - 2006-08-07 07:21:59
お礼
引退した後、どんな道を辿るのか恐ろしいですね。
しかし、兄弟には他に選択肢が無かったのですから、
仕方ないことかもしれません。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2006-08-07 09:45:24
2人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(8件中 1~5件目)
私自身、ほとんどDVなスパルタ教育を受けてきましたが、ずいぶんスパルタ教育で嫌な思いもしましたが、それでも私はスパルタ教育に肯定的です。
ただし、その根底には教育者に愛情と情熱がなければならないと思います。それだけに、スパルタ教育には教育者の質が求められると思います。
例えば、よく息子や夫や恋人が朝起きられないって相談がよくありますよね。あるいは、僕は朝が起きられないんですって本人が相談することもあります。朝起きられないのを治すのは簡単です。我が家では、私がウダウダ寝ていると親父が部屋に入ってきていきなり胸ぐらをつかんで「いつまで寝ていやがんだあ!」と部屋の反対側に放り投げられました。おかげで、わたしゃ近くに父親の気配を感じるだけで飛び起きれるようになりましたよ・苦笑。
特にボクシングというのは、限りなく殺し合いに近いスポーツです。ボクシングでは今でも数年にひとり死者が出ます。他のスポーツで数年にいっぺんは人が死ぬスポーツなんてありません。殺されるかもしれないのですから、おのずと荒っぽくなってしまうところはあると思います。
また亀田家に関していえば、彼らの住む地域というのはなんというか、非常にガラの悪い地域です。あそこで「なんやワレ!」というのは「こんにちは」という挨拶みたいなものです。それと彼らはマスコミ受けを狙ってわざとああいうキャラクターを演じていますね。次男の大毅君なんて、最初は大人しくて真面目な少年だったのに最近はかなり無理してお兄ちゃんのああいう口調を真似ていますね。最初亀田三兄弟が紹介された頃の大毅君なんて、口数が少なくてインタビューにもですます調できちんと答える子でしたよ。大毅君はボクシングもお兄ちゃんほどじゃないし、キャラクターも無理させられて可哀相ですね。でも、末っ子は強いですよ。あの子は本当の意味でチャンピオンになれる可能性があると思います。まあ、スポーツの世界では末っ子が活躍する例が多いですからね。
投稿日時 - 2006-08-08 22:17:23
お礼
おおっ! 末っ子が一番伸びそうなんですか?
これからが楽しみです。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2006-08-10 10:49:15
戦うロボットを作るのであれば、カメパパのスパルタ教育は意味があると思います。
しかし、その【教育】で作られたロボットは、戦場でただただ闇雲に人を殺せばよいという使命を果たすロボットの場合です。
今回のように作られたロボットが、スポーツ界に送り込まれる場合、スポーツ精神の何たるかも教えられない人間が行った【スパルタ教育】は、ロボット作りとしても失敗なのではないでしょうか。
ルールを守り、マナーを尊重し、互いに切磋琢磨する心、正々堂々と力の限りを尽くすという最低限の価値観を身に付けた上で戦うのがスポーツですから。
少なくとも【教育】という字が付いているのですから、最低限のことを【教え、育む】必要があるのです。
自分は相手を愚弄するだけ愚弄し、相手から馬鹿にされると簡単に切れるような神経しか作れなかったのですから、カメパパのスパルタ教育は【教育】ではなかったということです。
これから先の将来、自分たちが生きて働いてゆく場をどこに求めたらよいのかすら、カメノの家族全員が、解っていないのではないでしょうか。
投稿日時 - 2006-08-07 19:20:44
お礼
スポーツをする上でマナーは大事ですよね。
特にテレビに出てるのですから。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2006-08-10 10:48:26
子供の個性に合っていればスパルタでも大丈夫なんじゃないでしょうか。
そういう方法に合わない子供には辛いし、害が出るかもしれません。
愛情はもちろんですが、それ以外にも、親子の性格の兼ね合いもあると思います。
物事の向き不向きもあるのでは。
たとえばどんなにがんばってやらせても、足が遅くて走ることに楽しみを見出せない子に短距離走を強いたら無茶ですし。
投稿日時 - 2006-08-07 15:09:59
お礼
子どもがボクシングをしたいと思わなければ、あそこまでの成功は
無いでしょうね。やはり、向き不向きを考えた上での
スパルタだったのかもしれません。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2006-08-10 10:47:21
No.4さんのご回答のように、全ては「愛情」だと思います。
スパルタ教育の真反対な教育方法は、「自由・放任」になると思いますが、これも愛情のある・なしで、将来が違ってくると思います。
亀田家の教育については、よく知りませんが、例えば「ボクシングをやめたいときはいつでもやめていい」という暗黙の条件があったり、「試合に負けたからといって、安易に見捨てない」という子育て方針はあるのではないかと、個人的には思います。
(勝ち負けは、結果に過ぎず、教育において大事なことは過程だと考えています。)
亀田家に限らず、有名なアスリートや音楽家は、子ども頃からの、親の熱心な教育によって成された人が多くいます。
そういった方々は、ある意味では愛情の注ぎ方がうまかった、と言えると思います。
投稿日時 - 2006-08-07 10:58:46
お礼
子どもの頃からの親の熱心な教育というのは、
たしかに歴史に残る人を作る上で重要ですよね。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2006-08-10 10:46:04