解決済みの質問
よろしくお願いします。
Wikipediaのクメール・ルージュ、ポル・ポトなど関連事項を読んでおりました。
本当にささいなことなのですが、そこに、
>遺体は古タイヤと一緒に焼かれたあとで埋められ、墓は立てられなかったのだが、ポルポトを慕う近隣の住民たちが自主的に墓を作り、現在も線香の煙が絶えることがないという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%88
と書かれており、最後の部分「ポル・ポトを慕う・・」の意味というか背景が分かりません。
私が知っている限りの彼は、死んでも許せないなどの国民からの怨恨を一身に買ってしかるべきというイメージでしたので。
慕う人がいるというのは、彼の業績やあるいは背景に何かそれなりの経緯があるのですか?
もし、あれだけの虐殺の一方で慕われるものがあるのでしたら、教えてください。
あるいは、人の良いカンボジアの人が哀れんで、お墓を作ったという意味でしかないですか?
よろしくお願いします。
投稿日時 - 2006-07-05 00:15:46
こんばんは。
ポル・ポトは実はかなり良い家系の出身のようですね。
王家に娘を嫁がせるほどの家柄だそうです。
そういうことって一般大衆に慕われる一因になるのではないでしょうか。
またあのような暴虐者になる以前は教師だったそうで、
「温厚で正直、思慮深く気取りがなく、人間味があって
尊敬を集める人物」と見なされていたようです。
そのような若きポル・ポト像を慕う人がいるのかもしれませんね。
虐殺の真相ははっきりしないという見方もあるようですし。
http://www.geocities.jp/kisslike2000/FromMail/vietcam/vietcam.html
http://www.fben.jp/bookcolumn/archives/2004/12/post_574.html
投稿日時 - 2006-07-05 00:41:11
お礼
回答ありがとうございます。
ベトナム人への偏向した意識などが関連して、虐殺のことに関してさえも、現地では私達の認識と全く違った風聞が行われていることに驚きました。そもそも、あまり悪い人物と思ってないわけですね。
投稿日時 - 2006-07-05 19:55:05
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ベストアンサー以外の回答(4件中 1~4件目)
あれだけ虐殺しても全国民は死んでません。
実際にポルポト自身が手を下したわけではなく軍部や警察等が手を下したのでその生き残りが弔うのも理解できます。
投稿日時 - 2006-07-06 02:39:56
お礼
再回答ありがとうございます。
もちろん全国民は死んでいませんが、国民数人に一人は死んでいる計算です。単純計算では、家族に一人は死んでいることになりますので、家族筋にいれば、なかなか供養する気にはならないのではないかと思います。ただ、実際には、皆さんの投稿で、家族が巻き込まれてない人も多くいて、比較的優遇されている人もいたようなので、その人たちが慕ったということが了解できました。
>実際にポルポト自身が手を下したわけではなく軍部や警察等が手を下したのでそ
これはちょっと違う意見です。命令者ということが、分かっていたら、普通はこうは思えないのではないでしょうか?
投稿日時 - 2006-07-06 03:13:02
産まれ出でての王制を除き、独裁者と呼ばれる人には、独裁者になる以前の顔があり、その顔は、理論性や、説得力、カリスマ性等を強く持つことが ままあります。
また、強い思想・強い理念は、人を強く惹きつけます。
支配された民族、苦渋を知る人民であればこそ、尚、でしょう。
例えば、ヒトラーは 20世紀最大の・・等とどんなに悪名高く謳われても、未だ崇拝者がかなりの数、居ます。ネオナチも存在します。
そこには、その支配者のカリスマ性や、実行力だけではなく、民族性、地域紛争なども強い関わりがあるでしょう。
私達 日本人がマスメディアや、書籍から得る情報の多くは、欧米の視点から描かれたものです。
民族・宗教・思想と言った部分は人間の行動の大きな部分を占めますが、割愛されること、軽くしか触れられないことが現状です。そのような部分は、海と言う砦に守られた日本人には言葉では伝えきれない部分なのでしょう。
この地球上には 200余りの国に、(かなり大まかにまとめると)2000を超える民族が存在しています。
それを考えると 平和と言うものは難しいものなのでしょう。
また、支配者の宿命としては勝てば官軍と言う言葉があるように、成功すれば、虐殺をしても、英雄に。そして、結果失敗すれば、悪い面ばかりが伝えられるのでしょう。
カンボジアを訪れた時に、ポルポトのお墓で、私達が神社に行く時のように 願い事を言う人々を見掛けました。
また、毛沢東の絵を門戸に貼る家を中国でも見掛けました。
隣国でありつつ、あるが故、憎しみ合うベトナムと戦う力。
自分達を抑え続ける非道なる欧米と戦う指導者とは、
どんな虐殺をしたとしても(本当にしたのかどうかはわかりませんが)英雄を通り越し、神として残っているのかもしれません。
投稿日時 - 2006-07-06 00:52:25
お礼
回答ありがとうございます。虐殺以前の人気が残っている可能性もあるというわけですね。
ただ、ヒトラーは自国民を虐殺したわけではないので、栄光を夢見るネオナチがいるのは、よく分かりますが、この点はポルポトとは違っているように思います。虐殺以前の人気が残っているとしたら、地方によっては虐殺が少なく、以前の良いイメージが残っていたと言うことかもしれませんね。
>カンボジアを訪れた時に、ポルポトのお墓で、私達が神社に行く時のように 願い事を言う人々を見掛けました。
これは驚きましたね。日本などより、知識レベルにも差がある国でしょうし、政治的なことを何も知らないのでは?という疑念が湧いてきます。
>また、毛沢東の絵を門戸に貼る家を中国でも見掛けました。
これはずっと納得が行く話ではあります。
投稿日時 - 2006-07-06 03:07:26
#2の方の回答が的を射ているとおもうのですが、もう一つ付加えることがあります。それはカンボジアの人達は仏教を篤く信じているのですが、その仏教が小乗仏教だという事です。
彼等は虐殺された人達を気の毒だとは思いますが、それは前世の報いでそうなったのであり、いわば身から出た錆であり、また同時にこれで禊ぎが終ったので来世ではきっと幸せな暮しが待っていると考えていることがポルポトの責任を問う気持ちを希薄にさせているようなのです。
これはあながち悪いことではないと思います。3千年もの間お互いに憎しみあって来た近東の一神教を信じる人達よりはずっと幸せだと思いますよ。
投稿日時 - 2006-07-05 11:47:49
お礼
回答ありがとうございます。
仏教信仰は、基本的に根に持つことは少ないですから、それもあるのでしょうね。
投稿日時 - 2006-07-05 20:50:36
ポルポトは学がある人や知識人、街の顔役や地元の地主最後にはただメガネをかけていると言うだけで都心部から農村部へ強制移動させました。
その恩恵を受けたのが農村部に住む貧しかった農民で都会に出てきてポルポトの指揮下に入り軍部や警察、役所の人間等に任命されました。
と言うことで都市部に住むのはその恩恵を受けた人々で感謝の気持ちをこめて墓を立てて上げたんでしょう。
投稿日時 - 2006-07-05 02:37:50
補足
なお、参考URLでは、ポルポトの墓は密林地帯にあり、墓を建てた近隣の人とは、その田舎の人たちであるということになっていますので、直接都会に移住した人々が立てたということではないようです。
投稿日時 - 2006-07-06 03:15:52
お礼
回答ありがとうございます。
迫害された都市部の知識人の代わりに、入れ替わりに恩恵を受けた人もいるといことですか・・。世の中そういうものかもしれません。でも、これだけたくさん殺していて、という気はどうしてもしてしまいますね。
投稿日時 - 2006-07-05 20:30:14