• ベストアンサー

哲学者の定義

starfloraの回答

  • ベストアンサー
  • starflora
  • ベストアンサー率61% (647/1050)
回答No.2

    哲学(philosophia)とか哲学者(philosophos)というのは「概念」です。従って、この概念が把握されている必要があります。無論、本に、哲学者「無知無学」先生などと書いてあったので、無知無学氏という人は哲学者なのか、という納得の仕方もありますが、誰かが哲学者だという表記・現表は、「誰かが判断して」行うものです。天から、「哲学者」というネームプレートが落ちてきて、哲学者に相応しいと天が認めた人の胸に張り付く訳ではありません。     つまり、誰が哲学者かは、「人間の判断と評価」の問題になります。「哲学者」に関しては、哲学や哲学者の「概念」をまず判断者が持っていなければなりません。「日本根源哲学学会」とかいう組織があって、そこの会員であるので、あの人は哲学者だ、という判断でもよいのです。この場合、哲学者とは何かよく分からないが、「哲学学会」という名の組織のメンバーは、哲学者だ、という判断が行われ、哲学者をそのような概念で把握していることになります。     わたしの概念把握では、「哲学」とは、世界と人間について、人間の持つすべての能力を色々に駆使して、把握し、理解し、思索し、「究極により近い答え」を求める人間の営みと考えます。もう少し具体的に言えば、世界や生命や人間は、「何を根拠」にして存在しているのか、存在とはそもそも何なのか……第一哲学、形而上学の課題を問題にする知的営み。次に、形而上学的には、答えが分からないが、あることは、どういう仕組みでそうであるのか……分科科学的な問いを発し、思索し実践する営み。そして、良いこと、善とは結局どういことなのか、人間にとっては、何をなすのが善で、何をなすのが善に反するのか、こういったこと、倫理的課題を思索し実践する「自覚的営み」……これが哲学の営みで、哲学とは、こういうものだとわたしは考えています。     これが「哲学の概念」で、従って、こういう営みを為す人は、「哲学者」です。わたしは、従って、このような意味では、「哲学者」です。     哲学者は、個人の判断で決まって来ます。従って、哲学の概念を把握し、哲学者の概念を把握了解した時、自分自身はどうであるのかと考えると、哲学の営みを行っている、と考えた時、他者に告げた時、そういう個人は、「自称哲学者」あるいは「自己認識での哲学者」です。     また、哲学や哲学者の概念把握からして、あの人……フローラ・スターという人は、まさに哲学者と判断し、考え、あるいは他者に知らせた場合、「他称・他者認識の哲学者」です。     しかし、また、単に、哲学の問題を思索する・実践するというだけでは「格」が足りない。世の多くの学者や一般の人が、「哲学者」だと判断するような人こそが、「哲学者と呼ぶに相応しい」……自称・他称の哲学者などは、本物でない、という「概念把握」もあるのです。これは、「社会的認知の哲学者」となるでしょう。     社会的認知の哲学者のヴァリエーションは色々あり、有名な「哲学研究の先生」が多数、哲学者と呼んでいる人が哲学者だという認識もあります。別に哲学の研究者など関係なく、多くの人が哲学者と認識する人は哲学者だという認識もあります。「何々哲学学会」の会員が哲学者だというのも、社会的把握の一つです。     わたしは、基本的に、自称・他称で「哲学者」の資格は十分だと思います。他人に話すと他人が笑うと言うなら、他人には告げなければよいだけでの話です。「わたしは平凡な人間だが、世のなかの役に立ったと思っている」「わたしは、悪いことをたくさんし、世のなかにとって、迷惑な存在だったと思う」こういう自己認識で、前者は「わたしは平凡な善人だ」、そして後者は「わたしは、やはり悪人だ」という自己認識なら、自己認識で、善人、悪人であるのでしょう。     哲学者というのは、こういう感じで、自称・他称で、すでに意味があると思います。しかし、自称・他称する場合、「哲学」や「哲学者」の概念把握が前提になります。概念は分からないが、世のなかで、A氏は哲学者だと呼ばれている、多分そうなのだろう、というのは、社会的な認知の哲学者です。そして、この場合は、社会的にそう認知されている人が、****者である、という意味把握で、これでも良い訳です。     また、Z氏は自称「哲学者」だが、あれはただの世迷いごとを言っている狂信者であって、哲学者など、とんでもない、という場合、他称「非哲学者」です。     わたし自身の基準で、もう少し述べると、先に記した大別三つの課題を、論理的に、価値感情において、直観において、感覚において、整合させようとする努力において、「探求する者」が哲学者だということになります。論理的であらねばならないのですが、直観や感情評価も高い意味を持つのです。     >哲学者はどうやって生活するのですか?     哲学者というのは、職業名ではありません。人の生き方、世界と他者、自己に対する思索や判断の営みの様態です。肉体労働、知的労働などをしつつ、哲学思索する人もいるでしょう。知的労働のなかで、過去の哲学者の成果を学生に大学で教えたり、解説したりしたり、研究することで生計を得ている人もいるでしょう。あるいは、無職で、残飯をあさりながら世界や人間や善について思いをめぐらし、遂に路傍で餓死とか病死する人もいるでしょう。     また、親などの残してくれた財産で、働くことなく、哲学課題の探求に時間を費やす人もいるでしょう。     漫画愛好家・アマチュア作家は、どうやって生活するのですか?という問いの答えもこれと同じになるでしょう。「哲学者」には「プロとアマチュアの区別はない」のです。プロフェッショナルな「哲学研究家」とアマチュアの「哲学研究家」はいますが、「哲学者」は、生き方の問題で、生計の立て方は関係ありません。     なお、以下の質問のなかのわたしの回答も参照してください:     哲学者ってどんな人?   http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=186765     河合隼雄と村上陽一郎の文章について   http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=172977  

参考URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=172977

関連するQ&A

  • 哲学科

    理学部の数理科学科で数学を勉強しています。 数学科と並んで哲学科も頭だけで考える、感じがしますが、実際どうなのでしょうか? 哲学を勉強している友達がいないので教えてください。 また、数学家と哲学科ではどちらが実生活で役にたちますか?

  • 【死なない時代の哲学】死なない時代の哲学とはどうい

    【死なない時代の哲学】死なない時代の哲学とはどういったものに変化して来ているのでしょうか? 飢えて死ぬことはない。最低限の生きる保証は生活保護制度によって確立されている。よって昔の哲学は意味を成さない。今の死なない時代の哲学とはどういったものでしょうか?

  • 哲学らしい哲学って、どんなものだと思いますか?

          本を読んでいたら「これこそ哲学らしい哲学あり方だ…云々」という一説があったのですが、じゃあ、哲学らしい哲学って一体なんだと考えてみるとよくわかりません。 カントやへーゲルのイメージなのか、詭弁的空想をさすのか形而上学をさすのか、それ以外なのか。 どう思われますか?

  • 大学で学ぶ哲学

    大学で学ぶ哲学 哲学を学んでどの様な職に就くのでしょうか。 どの様な仕事の場面で活きるのでしょうか。 どの様な生活の場面で役に立つのでしょうか。 哲学的思考の価値がよく分かりません。 例えば法政大学には文学部哲学科がありますが、そこを卒業して良かったと思う人はどの様な人なのかなと思いまして。

  • 「哲学」を安易に使いすぎ?

    よく、投資の哲学とか、 経営の哲学とか、 遊びの哲学とか、 宗教の哲学とか、 政治の哲学とか、 ○○の哲学という言葉が世の中に氾濫していると思うのですが どうでしょうか? 哲学=思想 なのでしょうか? 皆様の意見をお聞きしたいです。

  • 哲学について

    今大学で哲学を学んでいます。昔から、哲学には興味があり、いろんな本を読んだりしていました。 だけどこの前、教授から哲学を学んでいる意義はなにかと聞かれたけどわかりませんでした。 哲学を学んでいる人は哲学を学んでいる意義とはどんなものなのか教えてください。お願いします!

  • 哲学ってなに?

    宗教は、迷える子羊を救うこと。 哲学は、迷える自分を救うこと。 では、ないでしょうか? しかし、宗教は現実には、迷える子羊を更に迷わし、集め、子羊たちの血を搾り取っている。 哲学は過去の哲学者も、現在の哲学者も、殆どが自分独特の哲学的思想を持っている。 自分だけに合った哲学が特に現在は多いのではないでしょうか? ですから、巷の哲学者が何を言っているのか理解できないことが多いのではないでしょうか? 哲学って何かの答えも哲学者ごとに違うのではないでしょうか? 私のこの考え間違っていますか? これを読んでいる宗教関係者、哲学関係者の方は例外ですので、該当しません、悪しからず。

  • 哲学の有効性について

    私は個人的に哲学が好きです。 学生時代はたくさん本を読みました。 でも、やはり麻薬だったのかなと思います。 現在は事務の仕事をしていますが、実際哲学も必要ないですし哲学的な思考も必要ありません。 必要なのは会計や法律の知識ばかりです。 むしろ、哲学を学ぶことで現実から遠のいているようなきがします。 これは私の哲学的思考が未熟なのでしょうか。 企業で会社員として働くものにとって哲学というのは有効なのでしょうか? そもそも、哲学の会社員にとっての有効性を考えようとすること自体、哲学的ではないのでしょうか。

  • 哲学とは・・・

     私は哲学について勉強したことが無いのですが、時々”その考えは哲学的だな”とか”そこが哲学の難しいところさ”といった会話を耳にします。でもその意味がよく分かりません。  そこで、私も哲学について少し勉強してみたいと思うのですが、哲学はやはり難しいと聞きます。 私のような素人でも少しでも哲学に触れるには、取っ掛かりどのようなことから始めたらよいでしょうか? 勿論、専門で勉強されていらっしゃる方から見れば”そんな簡単なものじゃないよ”といわれるかもしれませんが、専門家の方たちにおかれては、とても敬意を払っております。 どうか哲学という学問に関心を持った小娘にアドバイスをお願い致します。

  • 哲学的なテーマで話し合いたいと思いますか

    「哲学カフェ」という集まりがあります。 哲学的なテーマについて皆で話し合う場です。 例えば「ひとはなぜ怒るのか」とか「しあわせってなに?」とか「結婚のメリット・デメリット」とか「読むとは」とか、そんなような普段の生活にはあまり役立つとは思えないようなテーマについて話し合うんです。 あなたは、そんなテーマで話し合いたいと思いますか。 また、そのことに意味があると思いますか。 よければご回答ください。