解決済みの質問
後漢の創始者である劉秀は前漢の景帝の息子で長沙王に封ぜられた者の末裔です。嫡流の劉氏から見た場合には、傍流もいいところの家柄でした。
実際に劉氏がその後に王朝を打ち立てますが、その他にも有力な勢力はかなりあり、そうした乱世を切り抜けたと言う意味で、唐の武則天前後とは大きく異なります。
また既に出ていますが、後漢は成立の時に豪族の支援を受けた経緯から中央集権国家としては前漢に比較し弱体で、支配構造も異なります。
唐に関して言えば、武則天の15年の治世後には李氏の皇帝が復活しており、その血統は正嫡の流れのままで、前後に分けるほどの大きな断絶はなかったと後世の史家が判断した結果でしょう。実際に武則天没後も武氏は皇族の一翼を担っていますしね。
投稿日時 - 2005-10-04 10:51:31
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