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調性について

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お礼率 62% (103/165)

例えばハ短調の交響曲をニ短調で演奏すると、性格、音色、印象など変わるのでしょうか?管弦楽ならまだ、楽器自体の調性(開放弦やB管、F管など)ありますが、ハ短調のピアノソロをニ短調で弾いたところで、2cmほど右よりになるだけにも思えますが、いかがなものなのでしょうか?ウィーン会議でA=4△△Hzと決められ、段々上昇傾向になるtuningも含めてご教示くださいまし。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.5
レベル12

ベストアンサー率 36% (334/910)

結論から述べますと、変わると思います。ただし、条件付きです。

それにしても、No.1のpuni2さんは大したものですね。よくこんなに分かりやすくまとめたものだ、と感心しつつ、私も主観入りで述べます。

変わると感じるのは、良くも悪くも、いろんな音楽に触れて、音に関するイメージや世界観が作られてきている人だと、私は思っています。感性が高められている人です。ヒトという生物が、西洋音楽を聴くことなく育ち、いきなり本来ハ短調であるはずの曲をニ短調で演奏されたものを聴いて、「何だか調性に違和感が…」と感じるとは思えません。

では、ある程度西洋音楽になじんだ人にとってはどうか。やはり過去に触れてきた音楽の記憶に影響されることは多いと思いますので、性格、音色、印象は変わると思います。

歌手の人が、年をとったりして、昔歌っていた歌をキーを下げて歌っているのを見ると、「やっぱりちょっと違うなあ」と思ったりします。
○長調は○色、△短調は□のイメージ、などといわれます。私自身も、そんなことが論じられる前に、どっぷりと音楽に漬かっていた一人ですので、言われてみてから、「そう言えば、そんな気が…」という気分になっているのです。時既に遅し。

本当にヒトという生き物が、その調の音を聴いて、そういう色や風景、感触を抱くのかどうかは、とりあえず科学的には立証されていないように思います。

そこまで感性を研ぎ澄ませていたら、病気になってしまいそうで(笑)。

感性を研ぎ澄ます時と、鈍感でいる時とを上手に使い分けることが、大事なのだと思います。

なお、今はA=442のところが増えているのではないでしょうか?444までインフレを起こすと、さすがに聴衆も違和感を持つらしいということです。442。確かに心地よい緊張感はあります。今後、これ以上あがることはないでしょう。逆にギスギスしてくるような気がします。
お礼コメント
Piscator

お礼率 62% (103/165)

Songbookさま 数日空けての総括ご意見、見事なまでにわかりやすく、説得力のあるご返答いただきましたことに感謝いたします。音楽というもの(偉そうにいいますが)、そういう調性を意識しながら聞くことも出来ますし、なんの知識も無く「ノリ」で流すことでも楽しめますね。絶対音感の無い、ナニ調で鳴っているかもわからない(普通の)ヒトには歌詞、テンポ、強弱が重要な興奮要素になり、それらの延長線上、結構、奥深いところに調性、微妙な音色の変化、楽器のタッチの差などがえられるのかいなぁというあたりで、「感性の動き」を感じられることもできると考えられました。人間、とりあえず原始的欲望も生を営むには重要な要素ですが、いつまでたってもそれではアホですし、やはりある程度「研ぎ澄まされた」感性をつけさせるためには、教育というもの、重要ですねぇ。襟足みて「ゾク」っとくるような感性(私的意見ではコレハ本能ではありません)を得られるような家庭、教育、必要ですね。高校の音楽でもこの議論のあたりを開示してしまったらどうでしょう?思いきり脱線しましたが、質問者には大変、有意義なひとときを楽しませていただきました。どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2001-11-12 09:41:40
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  • 回答No.1
レベル14

ベストアンサー率 57% (1002/1731)

ものすごく主観的な回答になりますが,私の個人的感覚では,変わる気がします。 たとえば,ベートーベンのピアノソナタ・ハ短調「悲愴」をニ短調に上げると,重々しさが薄れ,ただの短調の曲になってしまうような気がします。 あるいは,ブラームスの交響曲第1番の第4楽章で,長い長い前置きのあとに主題(ソドーシドラーソドレーミファミドレー)が出てくると,厚くたれ込めた雨雲が少しずつ動いていって,すき間からぱあっと日差 ...続きを読む
ものすごく主観的な回答になりますが,私の個人的感覚では,変わる気がします。
たとえば,ベートーベンのピアノソナタ・ハ短調「悲愴」をニ短調に上げると,重々しさが薄れ,ただの短調の曲になってしまうような気がします。
あるいは,ブラームスの交響曲第1番の第4楽章で,長い長い前置きのあとに主題(ソドーシドラーソドレーミファミドレー)が出てくると,厚くたれ込めた雨雲が少しずつ動いていって,すき間からぱあっと日差しがさしこんで地上の田園風景を照らす,という(自分の勝手な)イメージがあるのですが,これがハ長調でなくて変ト長調だったりすると「なんだか気どりすぎててブラームスらしくない」などと思ってしまいます。
メンデルスゾーンの交響曲「イタリア」は,イ長調が南国イタリアの明るさをよく表現しています。これが変ホ長調だと,ちょっとベートーベンぽいかなと思います。
オーケストラはもちろん,ピアノや電子楽器などで演奏した時でも,やはり調が変わるとイメージが変わる気がします。
声楽曲は歌い手に合わせてしばしば移調されますが,ある声楽の楽譜(たしかウィーン原典版)では,原曲版のほかに中声版・低声版を作る際に,原曲の調がフラット系ならフラット系に,シャープ系ならシャープ系に,というルールを設けていました。
例えば,シューベルトの「魔王」(原曲ト短調)を下げる時は,ホ短調にするとシャープ系になってしまうので,変ホ短調やニ短調にする,といったぐあいです。
カラオケに行くと,ときどき気をきかせて音程を下げてある曲がありますが,私は原調に戻して歌わないと何となく落ち着きません。

作曲家の青島広志さんや池辺晋一郎さんも,楽典の本の中で,各調性が持つイメージについて書いておられました。

ただ,なぜそのような違いが生じるのかは自分でもよくわかりません。特に,平均律の楽器の場合は周波数で考えるとどの調も平等なはずですよね。Piscatorさんもその点を疑問にもたれたのだと思います。
全くの推測の域を出ませんが,
○弦楽器や管楽器は,それぞれに出しやすい音・出しにくい音,響きの美しい和音・濁った和音などが生じる。
○昔の作曲家は,それを微妙に感じ分けて,曲のイメージに合った(移調)楽器や,曲そのものの調性を選んでいた。
○原曲を移調して演奏すると,音が出しにくくなったり,濁ったり,その他微妙な響きの違いが生じた。
○その後,ピアノなど平均律で調律される楽器が増え,また管楽器にもバルブが登場して,以前ほど調性による色合いは目立たなくなった。
○しかし,長年,調性の使い分けをしてきたおかげで,聞き手の側にも「ハ短調の曲はこんな雰囲気だ」「ホ長調は南国風で明るい」などといったイメージ感覚がいつのまにか身についている。
○したがって,キーボードなどを使って単純に移調して演奏しただけでも,管弦楽のときと同様な「調性によるイメージ」の変化を感じる(気がしてしまう)。
といったことがあるのかなあ,とおもいます。

チューニングは,よくわかりません。音を「目立たせたい」という意識が,長年の間に徐々に438,440,442…と上げさせているのでしょうか。
それを考え出すと,メンデルスゾーンが描いていたイ長調のイメージは,現在とは違っていたかもしれないなあ,ということになります。
それとも,「イ長調=南国の太陽」的なイメージは,昔も今も同じなのか?

この問題は結局,今日私たちが「イ長調=南国の太陽」というイメージを抱く時,「440Hz(あるいは880など)を主音とする長音階=イ長調」というとらえかたをしているかどうか,だと思います。
もしそうならば,昔のイメージは違っていた可能性があります。
一方,「楽譜上でイ長調と記されている,#が3つある曲=南国の太陽」であって,現在はたまたまA=440とか442になっている,という話であれば,昔も今も同じ,でしょうね。
私は後者(楽譜から受けるイメージ)が強く,音楽を聞くと瞬間的に譜面や鍵盤が思い浮かんで,そこから自然に調性が判断されるのですが,人によっては楽譜抜きで,ストレートに音の響きからイメージを持つ人もいるかもしれません。
そうなってくると,ますますよく分からなくなります。

回答というより,結局Piscatorさんの疑問を深めただけになってしまったようですが,音楽って奥が深いものだと思います。
お礼コメント
Piscator

お礼率 62% (103/165)

puni2先生 優れた論文を読んでいるようで、感激いたしました。「イタリア」「ブラ1」の印象も僭越ながら先生と同様なものを得ております。移調したら恐らく優しく包み込むような「イタリア」やノー天気な「ブラ1」になってしまうような気がします。昔、「題名」で黛先生の番組で取り組まれたこの企画を見逃してしまっており、人生レベルで無念な思いを抱いたままでしたが、少し曇り空の合間から光が差し込んできたようです。ウチの愚娘が3歳のときに短三度を聞かせたら「さびしい」、長三度で「たのしい」(誘導尋問はしなかったつもりです)、という言葉を言いました。おサルにこの2つの和音を聞かせても何も無いと思いますが、最終的には調性の問題、この辺りに落しどころがあるように思えてきました。○項目のご意見は全く賛成です。ヒトの脳神経中枢レベルで「腹減った、眠い、やりたい」というところからミファ、シドの半音による快さ、各調性の印象にむけて、様々な知識、経験を積むことによって微妙な喜びを得られる大脳皮質系のある種の訓練も必要と考えられました。どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2001-11-12 09:08:41
  • 回答No.2
レベル14

ベストアンサー率 31% (726/2280)

音色はさておき、性格と印象は移調したことによって変わるのではなく、その曲の持つイメージがその人にどれだけ根付いているかによると思います。つまり、初めて聞く曲を始めから違う調で聞き込んでしまっている人にオリジナルを聞かせて、どう思うかです。ですので何調で演奏するかは別に問題ではないように思います。実際、バイオリン協奏曲をフルート協奏曲など違う楽器にアレンジ(移調して)した曲もありますが、どっちを先に聞いたか ...続きを読む
音色はさておき、性格と印象は移調したことによって変わるのではなく、その曲の持つイメージがその人にどれだけ根付いているかによると思います。つまり、初めて聞く曲を始めから違う調で聞き込んでしまっている人にオリジナルを聞かせて、どう思うかです。ですので何調で演奏するかは別に問題ではないように思います。実際、バイオリン協奏曲をフルート協奏曲など違う楽器にアレンジ(移調して)した曲もありますが、どっちを先に聞いたかで印象は随分違うのではないでしょうか。参考までに、モーツアルトのオーボエ協奏曲(ハ長調)とフルート協奏曲第2番(ニ長調)を聞き比べてみてください。
音色は楽器特有の響きがあり、弦楽器はシャープ系の曲がよく響きますし(バイオリン協奏曲はニ長調が多い)管楽器はフラット系がよく響きます(B管、F管楽器)ので特別な調が多い傾向には古典音楽にはあります。
私も以前オーケストラで演奏していましたが、440Hzより442Hzのほうが緊張感がありました。なんか、ハイになるというか、肩に力が入ります。
お礼コメント
Piscator

お礼率 62% (103/165)

ADEMUさま 実は私は18の手習いで楽器に少々触れておりましたが、絶対音感(ピアノの鍵盤をひとつ叩いて「これ何の音だ?」という程度の)がありません。ですので、チューニングは2つの楽器でAを出して「うなり」の消滅を確認しなければなりませんでした。ですので、いただきましたご回答、冒頭部分に全く同じ思いをしております。どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2001-11-12 09:13:41
  • 回答No.3
レベル13

ベストアンサー率 34% (574/1662)

ピアノも内部を見るとわかりますが、全て同じ構造ではありません。 弦の種類(巻線、単線等)が途中で変わりますし,1鍵あたりの弦の数も変化します。 また、ミュートペダルが利くのは全ての鍵盤ではありません。 また、共鳴する弦の数も変化する場合もあります。 発音する弦の位置が変化するなら,それにより音も変化するはずです。 周波数特性は変化しませんから,たとえば1KHzの音が強調されるよう ...続きを読む
ピアノも内部を見るとわかりますが、全て同じ構造ではありません。

弦の種類(巻線、単線等)が途中で変わりますし,1鍵あたりの弦の数も変化します。
また、ミュートペダルが利くのは全ての鍵盤ではありません。

また、共鳴する弦の数も変化する場合もあります。

発音する弦の位置が変化するなら,それにより音も変化するはずです。

周波数特性は変化しませんから,たとえば1KHzの音が強調されるようなピアノなら、音がずれると音色が変化します。(実際はこんな単純ではありませんが)

また、調は変更できても、物理的な特性からくる物はかわりません。
例えば,聞こえるぎりぎりの低音を使っていたとすれば,
それを下に移調すれば聞こえなくなり、がらっとかわるはずです。

管や弦ではさらに違いが大きいでしょう。

ですので、音が変化すれば聞こえ方は変化するのは不思議はありません。
お礼コメント
Piscator

お礼率 62% (103/165)

rerra5さま ピアノに関しての浅学、大変失礼いたしました。ティーンエイジのころは「ネコが歩いたって..」でした。ただ聞き手にそれ判る、聞き取れるだけの能力があるかどうか?ということにもなりますね。「ネコが歩いたって」とか「おめぇ、ショパンなんか装飾音符の羅列だべや!」などという程度では、この微妙な喜び、響きの変化を聞き取れませんし。ということは、やはり文学だったら駄洒落、下ネタでよろこべるか、ガルケスで感銘受けられるかという受けて側の器量、能力も大きなファクターのように思えてきました。貴重なご意見どうもありがとうございました。
投稿日時 - 2001-11-12 09:21:25
  • 回答No.4
レベル8

ベストアンサー率 35% (14/40)

<調について> 私は、変わると思います。理論的にはあり得ないことですが、人間の感覚として起こっていることなので、しかた有りません。作曲家もこの調を意識して書いていると聞いたことが有ります。編曲で調を変えるのは、楽器や歌手のの編成上出ない音が有る場合に仕方なくとる手段です。 もの知った人からは、編曲ものを演奏する際、原調を聞くよう勧められます。 <基準音について> これも非常に感覚 ...続きを読む
<調について>
私は、変わると思います。理論的にはあり得ないことですが、人間の感覚として起こっていることなので、しかた有りません。作曲家もこの調を意識して書いていると聞いたことが有ります。編曲で調を変えるのは、楽器や歌手のの編成上出ない音が有る場合に仕方なくとる手段です。
もの知った人からは、編曲ものを演奏する際、原調を聞くよう勧められます。
<基準音について>
これも非常に感覚的で申し訳有りませんが、基準音が上がるほど張りの有る明るい通りやすい音になります。ベースなどは、ソロを弾く際にチューニングを半音高くして演奏したりします。
ベートーベン以降音楽がサロンから飛び出し、より大きなホールでの演奏においてより聞き易くするため、基準音が次第に引き上がられてきました。逆に教会や宮殿といった石造りの超ライブな環境に少人数では、現代の演奏は耳障りかもしれません。それに伴って楽器自体(特に弦楽器)が進化したことも理由に挙げられます。
注)観客はホールで一種吸音材のような働きをします。

<現代と古典の演奏の違い>
モーツアルト依然特にバッハやコッレリの時代は、楽器も演奏法も(もちろん基準音も)環境(教会・宮殿VS大ホール)も違うので、同じ次元で語るのは難しいと思います。
実験的に、当時使われていたものと同等の古楽器使った演奏が行われていますが、現代の演奏に慣れた耳には違和感が有ります。
お礼コメント
Piscator

お礼率 62% (103/165)

HAL3800さま 「理論的にはありえないが感覚的には」という線、私も同感です。ただ、例えば西洋音楽に全く接していない人種にハ長調とイ長調の印象はどうだ?とか言っても議論にならないことは明白で、「感覚」を得るには、やはりそれ相応の知識というか経験、響きの記憶というものがベースにあることが肝要かなと皆様方のご意見を拝見して思っております。基準音については、「感覚」的なものよりもっとクールな物理特性に近い問題のようですね。どうも貴重なご意見ありがとうございました。
投稿日時 - 2001-11-12 08:56:25
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