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回答(7件中 1~5件目)
英雄とは、要するに「皆がナポレオンが英雄であると看做せば、ナポレオンは英雄」と言う程度の概念です。
彼が統治したフランスにとっては、やはり英雄であったのでしょう。実際問題として、多数のフランス人がナポレオン戦争で死に、ナポレオン失脚の過程で他国の軍がフランス本土に侵攻し、略奪暴行が行われたはずです。フランス人の被った戦争被害は甚大でしたが、それでもナポレオンはフランス人から恨まれなかったようです。
(1)ナポレオンが葬られているアンバリッドには今も参詣者が絶えない。パリの大通りは、ナポレオンの元帥たちの名前がつけられている。フランス人の総意として、今もナポレオンは大人気のようです。
(2)ナポレオンの甥が、ナポレオンの死後に「伯父の七光り」でナポレオン三世として即位している。ナポレオンが不人気であれば、そんなことはありえなかったでしょう。ナポレオン時代を体験したフランス人の間で、ナポレオンに人気のあった歴史的証拠です。
(3)ナポレオンの宿敵であったイギリスでは、ナポレオンは極めて不人気のようです。例えば、ナポレオン戦争当時を扱った、20世紀前半に書かれた時代小説「ホーンブロワーシリーズ」では、ナポレオンはまるで鬼畜のように描かれています。それだけ、憎たらしい存在であったと言うことです。ある国の英雄は、死後も敵から恨まれるくらいで本物でしょう。
投稿日時 - 2005-08-25 17:54:46
答えとしては「ナポレオンは英雄であり独裁者である」というのが正解でしょうな。
1800年から軍事独裁政権を首班したわけなので、独裁者であるし、国民和解や法整備など社会的貢献もしたし、フランスに史上最大の栄光をもたらし、立身出世したという意味での英雄でもあります。
基本的に、人間は善か悪かというような二元論的なものの見方では判断できません。
人間は善の部分と悪の部分を両方もっているからです。
どんな人間も全くの悪人ではないし、どんな人間も全くの善人たりえません。
また独裁=悪というわけでもありません。
混乱状態のなかではある種の統制は必要であるし、革命の混乱を収拾するには軍事力を背景にした独裁以外の道はありませんでした。
民主主義=善というわけでもなく、民主主義は混迷した時代では機能しませんし、クーデタ・暴力革命が常套手段だった当時は、選挙による平和裏の政権交代が不可能でした。
ナポレオンの独裁は安定化に貢献したといえます。
しかしながらナポレオンが個人的な野心・個人的利益に突き動かされていたのも事実です。
ヨーロッパ支配を目指したということは、結果的にも経過的にもボナパルト王家とその利益受託者以外には何の恩恵ももたらさなかったので、それは非難されて当然でしょう。
とはいえ、こういうことはすべの政治家の行動に当てはまることであって、ナポレオンだけが非難されるような類のものでもありません。
これは逆に言えばナポレオンが普通の人間であり、善人である悪人であったということを示しているだけともいえます。
英雄についてですが、この言葉は非常に漠然としていて、実はとらえどころがない言葉です。
最大限に評価すれば救世主や神に近い、完全無欠な善なる人間で指導者ということになるでしょうが、そのような人物は歴史上に1人もいません。
「英雄とは何ぞや」ということの定義は、ほとんど十人十色。
最も簡単に考えれば、単に「すぐれた(=英)おとこ(=雄)」だと言葉を定義できますが、そうするスポーツ選手とかあらゆるジャンルの著名な人物すべてが当てはまります。
要するに、誰もが英雄になりえるし、誰も英雄に値しないとも言えるのです。
だから独裁者かどうかは簡単にいえますが、英雄かどうかはそれほど簡単にはいうことはできません。
様々な人によって「英雄とは何か」ということが違うので、ナポレオンは英雄であると言う人もいれば、そうでないという人もいるでしょう。
しかしそれはナポレオンがどういう人物だったかとか、どういう業績があるかではなく、ナポレオンを評価する人物の英雄観に依存するわけです。
だから「ナポレオンは英雄か」と聞かれたら、「英雄とは何か」と聞き返す必要がありますね。
英雄とは所詮、主観的評価でしかないのですから。
投稿日時 - 2005-08-24 17:42:25