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福沢諭吉の朝鮮観

福沢諭吉の朝鮮観について教えてほしいです
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投稿日時 - 2005-07-12 00:17:24

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QNo.1507449

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ANo.2

福沢諭吉の朝鮮観について説明いたします。

【西洋列強の東アジア侵略】
1880年頃、西洋列強の国々が東アジアの侵略を目指していました。
日本も朝鮮もそれに立ち向かっていくためには、自国の国力を増強していく必要がありました。
まして朝鮮は清の国の属国になっていたために、近代的装備を持った国になる必要がありました。
福沢諭吉は朝鮮は独立国家にすべく朝鮮開化派を支援しました。
朝鮮が近代国家になることが日本の安全にもつながるという考え方から来ています。

【甲申事変】
1880年頃、朝鮮開化派の中心人物の金玉均は、
日本の明治維新を朝鮮近代化のモデルとする改革運動を展開しました。
福沢諭吉は金玉均を支援し、朝鮮での新聞「漢城旬報」に協力しました。
金玉均は1884年、甲事変を起こしましたが、清国の介入で失敗しました。金玉均は日本に亡命しその後暗殺されました。
福沢諭吉の朝鮮近代化構想は失敗に終わりました。

【脱亜論】
甲申事変が失敗に終わった翌年、福沢諭吉は1885年3月16日の「時事新報」社説に脱亜論を発表しました。
それは西洋最新の文明を基礎とした列強の勢力の世界進出は防ぎようがないから、
日本も西洋文明を導入して列強から存在を認められるようになる以外にないことを主張しました。
西洋列強から朝鮮、清国と協力して侵出を防ぐことよりも、
日本の近代化を急ぐべきだという脱亜主義に傾きました。

【福沢諭吉の朝鮮観】
福沢諭吉は、朝鮮の近代的改革を目指した開化派を支援しました。
漢城旬報の発行、朝鮮人留学生を慶応義塾に受け入れたりしました。
これは朝鮮は清国の属国にならず独立した近代国家になって欲しいという願いがありました。
朝鮮の独立が日本の安全にも寄与するという考え方だったと思います。
しかし甲申事変の失敗で諭吉は、やや朝鮮に失望し、朝鮮観は、後退したところが脱亜論で示されていると思います。
しかし彼が朝鮮の近代化を図ろうとしたことは、
紛れもない事実です。

【福沢諭吉の真実】
平山洋の『福沢諭吉の真実』によりますと、
諭吉は支那(中国)や朝鮮政府を批判しても、民族そのものを貶めたことはなかったという事です。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89

投稿日時 - 2005-07-12 16:14:59

ANo.1

福沢諭吉の朝鮮観は『時事新報』明治18年3月16日付の社説(いわゆる「脱亜論」)に集約されています。

http://www.jca.apc.org/kyoukasyo_saiban/datua2.html

なお、この前段として福沢諭吉は、開化派の朝鮮人の留学を世話したり、彼らの活動資金融資のために口利きをするなど、多数の援助をしていました。

ですが、革命が失敗に終わり、「前近代的」な統治が続くことになった朝鮮に見切りをつけてこの社説は書かれたことを付け加えておきます。

もっと詳しく知りたければ『福沢諭吉のアジア認識』(安川 寿之輔)『福澤諭吉の真実』(平山洋)といった本を読むといいでしょう。

投稿日時 - 2005-07-12 11:21:29

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