解決済みの質問
人間には、生きる意味は有ると思います。
ただし、それは「人間だから生きる意味がある」では無く、飽くまで「生物だから生きる意味がある」と言う事なのだろうと思います。
生物が何故に産まれて来たのか、それが何故に生き続けようとするのか。それら問題の真の回答は、残念ながら私にとって完全に手の余る所に有ります。
ですが生物と言うものがそこに厳然と存在し、そして自己を飽くまで保存し続けようとするもので在るなら、それが例えどれほどまでに形而下かつ無二念なものではあったとしても、既にその行為自体が"目的"であり、かつ"目的に至る道筋"として、つまりは「"生き続けると言う目的を行っている主体"である生命を肯定する意味」として成り立っているのではないかと思えるからです。
従って、或いは自己完結にしか過ぎないものなのかもしれませんが、もし自己を保存しようとしている生命が有れば私はそれだけでその生には意味が有ると思いますし、こうした論理は人間であれ他の生物であれ、全く同じ事ではないかと考えたりもしています。
個人的な生の意味については、誰もが持つ事の出来るものでは無い以上、あまり普遍的では無いような気もしています。
ただそのような特殊性も、生命維持と言う観点から見た場合には必要となる事が有ったりもしますから、それはそれで意味として認められるべきものなのかもしれません。
とりあえず、本来は物理現象の塊に過ぎない以上、森羅万象そのものに意味が有るとは思えませんし、にもかかわらずその中で私たち生物(人間)の存在にだけ意味が有ると考える事は、既に非常に傲慢であるのだろうと思います。
しかし人の心は無意味と虚無とを区別する事が出来ませんし、そのどちらにも耐える事はできません。ですから私たちが生物で在り同時に人間で在る以上は、良くも悪くも「自身(たち)の生には意味が有る。そう思わざるを得ない」と言う名の牢獄から、抜け出すことは不可能なのでは無いでしょうか…?。
投稿日時 - 2005-07-05 03:45:30
お礼
回答ありがとうございます。
おっしゃることはよく理解できます。
人間には「生物だから生きる意味がある」というのは間違いないでしょう。
問題は人間の生きる意味に、これ以上の事ははたしてあるかないかということです。
人間の意識を超えた存在や世界があるかどうかにも関係してきますが・・・
もしそれがあるとしたら、生きる意味を問うことは人間にとって大切なことになりますが、
もしそれがないとしたら、生きる意味を問うことは人間にとって余計なことになると思います。
投稿日時 - 2005-07-16 12:56:32
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ベストアンサー以外の回答(23件中 1~5件目)
#12です。
お礼とコメント有り難うございました。
アンケートカテゴリで、こういったやりとりをしていいのか迷っていましたが、いただいたコメントについてです。
>生きる意味など特に必要としないですか?
必要ないです。意味の無い生を意味なく生きる。そして意味なく死んでいく。それが人であり、万物のあり様だと思ってます。
>生きる意味がなくても、あまり虚しいとか思わないですか?
虚しいか否かと問われれば「虚しい」のでしょうけど、世界自体を虚しいものと想定しているので、虚しいことそれ自体をどうこう思っていないですね。
>こんな小難しい事など考えずに、自分はただ生きればいいだというスタンスなんですかね。
「ただ生きればいい」というよりは、「生きざるを得ない」という方が、自分の想いに近いかなーと想いました。
>回答から受ける印象としては、生きる意味がなくても、淡々としていて自由な感じがします。
うーん。自分も一応世の中で生きてますから、「自由」ではないでしょうね、いろんな意味で・・・
確かに淡々としている部分はあると思いますけど。仙人じゃないですから(笑)
仕事で葬儀の準備に関わったり、葬儀屋さんの手伝いみたいなことをします。人の死(死後ですが)に触れる機会があるからですかね、こんなふうな考えになるのは。虚無主義に走ってるつもりはないんですけど・・・では。
投稿日時 - 2005-07-09 19:54:35
お礼
再度の回答ありがとうございます。
詳しく返事をしてもらい、よく理解できました。
葬儀の仕事をしていることは、きっとあなたの考えかたに影響してるんでしょうね。
投稿日時 - 2005-07-17 22:06:47
> 神や宇宙人など人間を超える存在を必要とするんでしょうか?
科学的な理由は長くなるので抜きにして、客観的に生きる意味を考えるなら、宇宙人と話し合うのは意味があると思います。
(ドレイクの方程式では、両者が遭遇できる確率はゼロに近いです)
別の言い方で言うと、そう思考して判断(人間に有利に解釈)するのも脳なので、人間を否定するような思考を脳はできるか?ということも考慮する必要があります。
私の予測では、「利己的な遺伝子」(リチャードドーキンス)が正しくて、生きる意味があると都合良く考えて行動もそうする。のが人間だと思います。
投稿日時 - 2005-07-05 22:44:41
お礼
再度の回答ありがとうございます。
人間の脳は、生きる意味がないと判断して自殺も考えるそうですが、その肉体は生命の本能として生きる意志を最後まで持ち続けると言われてます。脳だけが誤った不利な判断をするという訳です。
投稿日時 - 2005-07-17 22:00:48
NO.4です。
例えば、携帯電話のパーツがあったとします。
それを小さなカプセルに入れて振っていても何年たっても
携帯電話にはなりません。
生命を構成する元素も同じだと思います。
何かプログラミングされたものがこの世界を司っていると思います。
私はそれを宇宙意思であると思います。
それを神と呼ぶ人もいるでしょう。
害虫と言いますが、それは一方的な呼び方で生命全体に存在価値があると思います。
投稿日時 - 2005-07-05 09:38:09
お礼
再度の回答ありがとうございます。
あなたの説明は、キリスト教の神を証明するときによく使われるものです。神の存在はその被造物を見れば明らかだと・・・被造物は、偶然ではできない、プログラムするものが存在すると。
害虫を駆除するのが私の毎日の仕事です。
あなたの説によると、これはやはりまずいことですかね。
投稿日時 - 2005-07-17 21:45:08
Cのその他で…
生きる意味は「ある」「ない」の問題ではなくて「見つける」ものだと思います。最初の回答者さんもそう言っていますが…
一生かかってもいいから、その意味を見いだすことに「生きる」意義がある、私はそう思っています。
投稿日時 - 2005-07-05 08:45:41
お礼
回答ありがとうございます。
あなたの回答は、生きる意味はというアンケートで最も一般的なものだそうです。
この回答にはまるめこまれるというか、はぐらかされたような感じを私は受けます。しかし、模範解答だけあって、なかなか賢い答え方ですよね。ないと否定せず、あると肯定もせず、それでいて前向きな姿勢だけは示す。生きる意味を問うことの危険性をうまく回避しながら有効性だけをうまく使用するという感じですね。
PS
五木寛之の「人生の目的」という本でも、同じような答えでした。
この本はベストセラーになりましたが、こういう考え方が日本人にはしっくりくるのかもしれません。
投稿日時 - 2005-07-16 13:36:37