哲学や美術史に興味がもてない(1/3)

解決済みの質問

哲学や美術史に興味がもてない

選択科目に興味がもてません。
小・中学校のとき美術や図工が大好きだったのにショックです。
特に西洋美術史やキリスト教美術史に全く興味がわいてきません。授業を聞いても本を読んでもだからどうしたって感じなんです。すべて机上の空論のように聞こえます。
好きで選んだつもりなのに・・・
ゼミにはすごくこれらに詳しい人が楽しそうに勉強していて、私は圧倒されているんだろうか?興味がもてないというのは逃げてるんだろうか?とか考えがぐるぐる回って判断がつきません。
最近は美術館に行くのも恐怖です。
何も感動できないんです。

何か初心者にもわかりやすい面白い本はありますか?
また哲学とか好きな方、どうして好きになったんでしょう?
私は心が貧しいんでしょうか?
普通にきれいな絵だなと思うだけではだめなんですか?
苦しいです。

投稿日時 - 2005-06-28 17:35:49

QNo.1478895

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

# 私なんとなく小中高の美術と趣味で絵を描いてる事の延長線上に今の勉強があるような気がしてたんですが、もしかして頭を切り離して考えないといけないんでしょうか。


頭を切り離して考えた方が、いいと思います。むやみに追い込まれていらっしゃるみたいなので。パンが好きな人が必ずパン屋さんになるというもんじゃありません。
ものごとというのは、自分との関係性ができたときに、初めて面白いと思えるんです。そうなったらそのときに勉強すればいい。
ぼくは大学のとき法学部で、本当にぜんぜん勉強しませんでした。選択科目どころか、選択学部ごと面白くなかったです。単位が楽に取れるという評判の授業ばっかり履修してました。試験以外は一回も出席したことの無い授業なんかもたくさんありますから、何を履修したのか覚えてません。たぶん卒業したときは「六法」の六つって何か、言えなかったと思います。
ところが社会人になってから、畏れ多いことに、上場企業の法務部長なんて仕事もやったことがあるんですね。世の中何どう転がるかわかりません。
法律は面白いですよ。でも学生の時にはさっぱり面白くなかった。他所様の林の端っこを温泉の水道管が通っていて、買い取れとかそれはムチャだとかいった権利侵害事件の判例なんて、今でもちっとも面白いと思わない。学生の頃の授業というのはそういうのをやってました。
ワンクリック詐欺はどの時点でどういう風に契約無効を主張できるのか、なんてのは、知ってると面白いです。ぼくはその手のメールはしょっちゅうクリックしますけど、「法的手続を取ります。」とか「警察に訴えます。」とかメールを頂いたら、ドーゾドーゾって嬉しくなります。
ぼくの場合はさすがに学生の頃にもうちっと勉強しとかないといかんかったなと思いましたけど、興味が湧いてから勉強しても、まあなんとかなりました。ちょっとチャランポランなとこもあったかもしれませんが。
こうあるべきだ、じゃなくて、こうしたい、好きだ、嫌いだ、という感情が物事の源泉です。
ほとんどの物事は、テキトーに、イイカゲンに、片付けることができると思います。「適当」「好い加減」って、本来の言葉の意味を考えると、ものすごくいい言葉だと思いませんか。
力まないで、もちっとリラックスしても、大丈夫です。

投稿日時 - 2005-06-30 22:00:16

お礼

体験談がとてもわかりやすかったです。ありがとうございます。

★ご回答いただいた皆様へ

今日、岡本太郎さんの「芸術と青春」という本を読んだんですが、学校で習う学問としての美術?とアーティストの間には隔たりがあるという事がはっきりかいてあり少し納得しました。私はなんというかそれを一緒にして考えるべきだと思っていたようです(しかし感覚的には一緒に考えられなかった)
本も今まで専門書の中で簡単な物を探してたんですが、視点を広げて自伝とか娯楽的な読み物も読んでみようと思いました。
まだ何か頭の中がもやもやとするのですが、はっきり言語化できたらまた質問させていただこうと思います。
今まで誰にも相談できなかったのに色々ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-07-01 22:05:47

ANo.15

5人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

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ベストアンサー以外の回答(14件中 1~5件目)

ANo.14

以前の回答は変な文章を書いてしまい、見苦しくて申し訳ないです。
はっきりとは覚えていないのですが、瓶の話は竹田青嗣さんの、「はじめての現象学」だと思います。違ってたらすいません。割と平易な言葉で書かれているので、わかりやすいと思います。ただ、「現象学」というのは、哲学という分野のなかにある様々な考え方のうちの一つです。その点をお気をつけ下さい。「ものの見方」を知るために役には立つと思います。

投稿日時 - 2005-06-30 15:30:28

お礼

わざわざありがとうございます。

投稿日時 - 2005-07-01 21:56:03

ANo.13

N02のkaitaradouですが、ほかの方たちとのやり取りを読ませていただいているうちに二つの点に気がつきました。ひとつは、美しいとか感動したというのは大脳皮質よりも小脳の機能であるという説があります。貴方の場合大脳の論理と小脳の働きが遊離しているのかなと思った利しました。貴方は体を動かしたり楽器を奏でることをよくやりますか。もうひとつは、外のの世界と頭の中の世界がやはり遊離しているように思われることです。他の人が描いた絵を見るというのは外の世界のことです。外の世界そのものには美しさも感動もないわけです。大脳皮質による理解というのは、この場合外の世界に即しています。だから感動がないのは当然です。又興味がないのも当然です。感動は頭の中の世界の出来事です。パニックになるというのは外の世界と頭の中の世界が重ねられないからだと思います。

投稿日時 - 2005-06-30 09:35:06

お礼

すみません。難しくてよく出来ません。今まで平々凡々と過ごしてきて脳に問題があるとは意識した事がないんですが、哲学にもともと向ていないという事はわかりました。

投稿日時 - 2005-07-01 21:55:27

ANo.12

もし、本当に芸術家を目指すのであれば、直観を信じ、自分の道を歩めばよいのです。

もし、本当に美術の先生や評論家になりたければ、素直に学問を記憶することに徹したらいいのです。

投稿日時 - 2005-06-30 02:20:36

お礼

私、芸術家も評論家も目指してないんです。普通の学生で、ただ他の人があんなに楽しくしてるんだから何かしら学問に魅力があるんだろうと思ってそれをわかるようになりたいなと思うんです。

投稿日時 - 2005-06-30 09:03:16

ANo.11

# 選択科目に興味がもてません。
# 小・中学校のとき美術や図工が大好きだったのにショックです。

芸術と、それについての評論ですとか美術史みたいなものっていうのは、本質的には全く別な物だと思います。芸術と論理とは使う脳も違うとか聞きますし。

音楽とか絵とかに感動する、感動しないまでも気に入る、ということは、論理的なことじゃないですよね。
論理ってそもそもは感情が基礎になってるものなんですけど、感情の集合を論理として抽象したとき、具体的な一個一個の感情は、どこかに行ってしまいます。抽象された論理性というのは、感情とは別なものだと思います。

美術に興味を持って、そのせいで美術史にも関心を持つということは、あると思いますけど、それは、車を買ったらタイヤにも興味を持つようになることがある、というのと同じだと思います。
しかし本質的にはタイヤが好きなわけではない。
また、車が好きな人が誰でも必ずタイヤマニアになるわけでもない。

もしかすると、美術館に行って絵を見たら、論理的にそれらを解釈できなければならないという強迫観念に迫られてないでしょうか。

そもそも芸術って、論理では伝わらないものを伝えるものです。それをまた論理の世界に引き戻そうとすることを目的に据えてしてしまっているとすると、本末転倒です。
「わたし何やよーしらんけど、ピカソの絵ぇって子供の落書きみたいやから、あんまり好きちゃうねん。」
という、大阪のオバチャンがいたとしたら、ゲルニカの時価評価額が10億円だろうが100億円だろうが、オバチャンに於いてその感想は絶対なんです。説明はいらない。
ダヴィンチ、嫌い。という人がいたとすると、その人は感性に忠実なのであって、ダヴィンチが有名だというだけで何となく凄そうだと思ってるぼくなんかよりも、よほど絵画それ自体を真面目に捉えている人です。


# 何か初心者にもわかりやすい面白い本はありますか?

偉そうに書きましたが、実は美術史なんか齧ったことも無いので全く知りません。


# また哲学とか好きな方、どうして好きになったんでしょう?

たぶん好きですが、ハイデガーだのソシュールだのが何をしたのか知りませんし、勉強する気もいまのところありません。
それを知らないこととぼくの哲学的な信念とは、無関係です。


# 私は心が貧しいんでしょうか?

先に書いたように、芸術に対する感性と、キリスト教美術史は、本質的に関係ありません。


# 普通にきれいな絵だなと思うだけではだめなんですか?

だめじゃありません。


# 苦しいです。

笑い飛ばすような問題です。


あーそうだ。

マイルスデイビスという、ジャズの帝王と呼ばれた人の自伝を読んでみて下さい。

マイルスは音楽の勉強をするためにニューヨークのジュリアード音楽院とかいう有名な学校に入学したそうなんですが、先生が、

「ブルースとは黒人が差別された苦しみの中から生み出した音楽です」

とかなんとか授業で説明したのを聞いて、

「ふざけんなオレは差別されて苦しんだことなんか無いがブルースは演るぜ」

とか言って(会話部分はいずれもウロ覚え)、1年で退学して、チャーリーパーカーにくっついて回って、トランペットの勉強をしていました。
だからマイルスは、ジュリアード音楽院で教えている音楽史を知らないはずです。
ノーベル音楽賞というものがあったら3回ぐらい受賞してるだろうというような人ですが、それで困ったことがあるとは言ってませんでした。

投稿日時 - 2005-06-29 14:42:42

お礼

マイルス・デイビス私も好きです!自伝は読んだことなかったので今度読んでみます。私なんとなく小中高の美術と趣味で絵を描いてる事の延長線上に今の勉強があるような気がしてたんですが、もしかして頭を切り離して考えないといけないんでしょうか。

投稿日時 - 2005-06-30 08:59:48

ANo.10

>教授はとても美術史等に情熱をもっておられ教育熱心です。

それはいいことですね。西洋の文化は、基本的にキリスト教対土着宗教
カソリック対プロテスタント
そういう対立する軸の中で、オリエントや東洋・インドのエキゾチズムや
技術が混在しているわけで、モツ鍋やおでんのような、何が湯主役か
わからない茫洋とした部分がありますね。
美術史を語る先生にも得意分野があったりしますが、哲学的視点で
現象学や記号論で攻めてこられると、(まぁいまどきいないでしょうが)
素人泣かせで難儀ですよね。

>ほかの学生も論文がおもしろくて徹夜したとかの人です。
すごいですね。テーマはどのあたりなんですかね。もともと今の学生の
背景には、指輪物語とかアーサー王伝説とか、死海文書とかダビンチコード
とか、ケルト文様とか、聖書や多くの神話を下敷きにしたスターウォーズとか
ギリシャ神話とかハリーッポッターとか結構素養ができていたりしますね。
ゴシックに限らず、ロマネスクでもバロックでもわりあいテーストや背景に
なじみやすいのかもしれませんね。

>でも私はその熱さについていけません。
美術史を熱く語る若者・・・うーん。あまり流行らない気もします。

>この春休みにロンドン、パリに行ってきました。
いいですね。うちの娘も同じ時期にパリに行ってましたよ。観光旅行ですね。
ダビンチコード読んで、ルーブルもう一度見たいとかいって出かけていきました。
理系の学生なんですがね。

>博物館系は楽しく鑑賞できたんですが、ゴシック美術の部屋に入った時に、
ゴシックはともかく躁病患者の熱中というか狂気ですよね。偏執狂。
微細に描き尽くすということでは、ダリの絵とも一脈通じる。

>この部屋の絵のすべてに意味があるんだと思ったとたん、
>作者の宗教心?とかいろんなものが大量に頭の中に流れ込んできて
>パニックになったようで気分が悪くめまいがしてしまいました。
いやぁ 繊細な感性をお持ちですねぇ。敬服いたします。
天に同化しようとした狂気の時代、技術のバブルというかともかく芸術には
常に偏執的側面はつきものです。
ゴシックの魔物に憑かれましたね(^^)

もともとがローマ風という意味のロマネスクの優美さに対して
ゴート風(野蛮な)というのがゴシックという語源です。ゲルマン民族がキリスト
教の影響下で独自の国民文化として作り出したゲテモノがゴシック。
まぁ無骨な武士が作った日光東照宮のようなもんですな。

ルネッサンスの土台みたいなもんだと思ってあっさり流したほうがいいです。

>それからルーブルに行ったんですが、何かスイッチが切れたように
>何を見ても全く心が無感動でした。

ノートルダムもルーブルもすべて豊穣の美ですよ。
ロココとゴシックを結ぶのにやはりルネッサンス美術が必要で
そういう意味ではローマとフィレンツェに行かれたらよかったですね。
南欧の能天気さは、美術でもどこかゆとりがあります。
システィナ礼拝堂は、描き尽くされた絵というよりも空間の広がりと
天空の無限を感じます。

>若い人の企画展やギャラリー、デパートとかの展覧会は平気なんですが、
>美術館に行こうとすると足がすくみます。

構えていますね。こころに鎧ができています。それともゴシックの妖怪と
ロココの亡霊に憑かれたのかな。

>以前はピカソや草間さんの作品が好きだったんですが
ピカソは本当に天才ですよね。草間彌生は真の芸術家ですね。
横尾忠則や荒川修作に彼女ほどの生命力があればよかったのになぁ
と思います。

>アート系の雑誌等も私にはわからないと表紙をみただけでアレルギー反応がおこります。
美術■帳って今5000部くらいしか売れてないんじゃないですかね。
読めないというか画廊の広告ばっかしでリクルートから出したほうがいいかもって感じ

嫌いなものを嫌いというのも美術史を学ぶ態度として間違っていません。
福祉を目指す学生が山谷のドヤ街へ入り込んで思わず嘔吐してしまったとしても
恥ずべきことではないでしょう。
永平寺で修行する若い僧が、参拝にきた若い美人にぼーっとなってしまっても
それは仕方ない。
むしろ、意味のある拒絶反応ということでしょう。
質問者さまは、評論という目以上に、感覚の精度が高いのでしょう。感じたことと
の多量な力を言葉に置き換えることになれていないのです。

私も、音楽は好きですが、息子が好きなロックのコンサートに同行しましたが
エアロ・スミスでさえ、ちょっと難しかった(;;)
エリック・クラプトンとかならなんとか大丈夫なんですが
とにかく、芸術の鑑賞に得て不得手があるのは仕方がない。
好き嫌いという枠組み以外に苦手なジャンルがあってもいいような気がします。
人間ちゃわんじゃないから 角が欠けていたってそのほうが面白い。

好きなことを好きに学んで必要な単位をとればいいし
あなたにしか書けない視点でレポートを書けたらいいのでしょう?

あなたにはあなたの生きてきた背景があなたのオリジナリティとしてあるのだと思います。

自信を失わないでください。

投稿日時 - 2005-06-29 11:16:11

お礼

西洋美術史(中世)の先生です。図像学、美学もご専門のようです。確かに私言葉におきかえるの苦手です。長嶋監督の言語感覚にすごくシンパシーを感じるレベルです。私には長嶋さんの言わんとしてる事よくわかります。私も人に説明する時あんな感じです。

投稿日時 - 2005-06-30 08:54:10

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