解決済みの質問
マムルーク朝の初代スルタンは、アイベクと言います。
アイベク自身の経歴は、知りませんが、彼と一緒にアイユーブ朝を倒し、後スルタンとなった、バイバルスは、アイユーブ朝のスルタン・サーリフに買い取られ、マムルークとなります。
アイベクは、バイバルスの同士とされていのすので、バイバルスと同じサーリフに買われたマムルークだったと思われます。
アイベクは、サーリフが急死するとサーリフの子をアイベクやバイバルスが倒し、アイユーブ朝が滅亡します。
さらにアイベクは、サーリフの元妻シャジャル・ドゥッルと結婚し、スルタンとなります。
イスラム世界の奴隷は、ヨーロッパの奴隷とは異なり、才能が有れば、どんどん出世します。
将軍、大臣、総督、地方領主などは、ほとんど奴隷でした。
そのため、自ら奴隷になる者も数多くいたそうです。
バイバルスも、18歳でサーリフに買われ、22歳ですでに、ルイ9世の十字軍を迎え撃つ司令官になっており、ルイ9世を捕虜にする手柄をたてています。
そして33歳の時に、ついにスルタンとなります。
投稿日時 - 2005-05-07 22:20:33
お礼
奴隷という言葉が当てはまりませんね。奴隷=貧乏ってことはないのでしょうか。上も大してお金持ちでないとか…?十字軍の遠征でお金を使って、報奨金があげられなかったとか…。階層は奴隷でも、身分による差別とかもないってことでしょうか。サーリフの元妻ジャジャル・ドゥッルはアイベクの妻になり、どんな気分だったのでしょう。悲劇の人だったのか、状況の変化に対応する強い女性だったのか…?子供殺されたので悲劇の人ですね。子供は何歳くらいだったのでしょう。十字軍の遠征がそれだけ大変で、力が物を言う時代だったのでしょうか。奴隷でも支持する人は多かったのでしょうか?奴隷軍人が沢山いたとか?制度というものがなく、ごちゃごちゃしていたとか…。ありがとうございました。
投稿日時 - 2005-05-07 23:11:44
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ベストアンサー以外の回答(5件中 1~5件目)
>奴隷から一般人になるケースはないのか
奴隷というのはこの時代、財産でしたから売り買いの対象です。
従って持ち主に対価を払えば自由人になれました。
普通キリスト教徒が奴隷にされていた場合、教会やキリスト教徒が対価を払って買い取るケースは多かったようです。 地中海沿岸のキリスト教徒はよく襲われましたから。
現代でいえばマラッカ海峡の海賊に拉致され身代金を払うようなものです。
一般人でもボディガードとしてマムルークに相当する軍人を奴隷として買い取る事は出来ました。
このような奴隷は家族同様の待遇で同じ屋根の下で暮らしました。
イスラム社会での奴隷は常識とかなり異なる存在でした。
投稿日時 - 2005-05-09 15:15:36
お礼
自分の力では、一般人になることはできないのですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2005-05-09 18:20:11
1・2番を書いた者です。
>一般人と奴隷の違いは自分の財産を持っているかということでしょうか
チョット違います。奴隷も財産を持ちますが、あくまでそれは主人から与えられた物で、世襲財産ではありません。
一般人の財産は、世襲財産です。
>軍人は皆奴隷ということで
軍人=奴隷ではありません。
主人に軍人として買われた人が奴隷で、自分から応募した人は一般人(タワーシャと言います)です。
ただし、スルタンや諸侯(アミール)は、自分に忠誠をつくすマムルークを信頼し、出世させますが、裏切りやすい一般人を優遇しませんでした。
>奴隷から一般人になるケースはないのでしょうか
これはあります。
老齢や負傷で、軍人として約にたたなくなったマムルークは、それまでの財産を没収され、自由身分となります。
また、主人の無くなったマムルークの一部は、自由身分となりました。
ただ、実質的に無一文で放り出される事になるので、その後の生活は、みじめだったようです。
一般市民の奴隷の状況については、わかりません。
投稿日時 - 2005-05-08 19:34:13
お礼
奴隷は老後を考えると暗いですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2005-05-08 19:43:12
イスラム社会には通常の奴隷とエリート奴隷とも言うべきものとがあったようで後者がマムルークに相当するようです。
売買によるか戦時捕虜として獲得されるかして得られた奴隷は通常いわゆる奴隷労働に従事しますが、知能や体力、才能に見込みのあるものは奴隷学校に送り、教育、訓練し使用するシステムでした。
この中から軍人に適しているものがマムルークとして採用されたのです。
前払いで採用された軍人のようなものでした。
エジプト、パレスチナあたりを版図としていましたからこの地方の出自でしょうがトルコや地中海からも奴隷は集めましたからよくわかりません。
マムルークとなれば出世街道に乗ったのですからスルタンにもなれました。
投稿日時 - 2005-05-08 17:38:09
お礼
いろいろな国から奴隷が集められたので、一般人が奴隷になるというケースはありそうですね。奴隷から一般人になるケースはなさそうですね。しかし、奴隷でも夢が持てて、他の国と比べてると昔はイスラム社会の方が夢があったような。でも戦いばかりで大変ですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2005-05-08 18:15:32
奴隷という日本語の訳語のイメージに引っ張られすぎかもしれませんね。
マムルーク、というのはアラビア語で動詞MLK(支配する、王として君臨する、等)
から派生している単語で、原義は、所有されている者、とでもなるでしょうか。
(MLKという概念は多義的でひとつの日本語訳をつけるのは難しいのですが。)
スルタンに直属する軍人・兵士のことです。
貴族に雇われた傭兵隊であった平家や源氏が、やがて政治の実権を握って
いったのと似たようなものと考えれば、イメージできるのではないでしょうか。
日本語で奴隷というと、古代日本の奴婢や、昔のアメリカの黒人奴隷のイメージ
を連想させて、財産も持てず結婚もできず生存するのに最低限必要な
ものだけを与えられて最もきつい肉体労働に酷使される.......なんて印象を与え
がちですが、マムルークはプロの軍団です。力があります。
投稿日時 - 2005-05-08 15:02:01
お礼
訳語が悪かったのですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2005-05-08 15:52:00
1番を書いた者です。
>奴隷=貧乏ってことはないのでしょうか
この当時のエジプトでは、支配層は、スルタンの奴隷が占めていました。スルタンから領土をもらい、家臣を雇います。貧乏かどうかは、買った主人の地位によります。
>報奨金があげられなかったとか
という事ではありません。
サーリフは、十字軍との対戦中に死んでしまいます。
サーリフの子が、新スルタンとなると、それまでサーリフに使えていたマムルーク達は、全て解雇され、その地位を失い、別の主人の奴隷となってしまいます。
このことが、原因と思われます。
シャジャル・ドゥッルは、始め自らがスルタンとなっています。その後アイベクにスルタンの地位を譲っていますので、彼女の気持ちは分かりませんが、悲劇には当らないと思います。
>奴隷でも支持する人は多かったのでしょうか?奴隷軍人が沢山いたとか?
高級軍人は、奴隷です。
スルタンの奴隷であるマムルークは、自分が雇った一般人や、自分で買った奴隷を指揮して戦います。
スルタンは、自分の奴隷しか信用しませんでした。
奴隷たちも、自分の保身の為に主人に忠誠を誓います。
自分の主人が死んだり、失脚すると、その主人に仕えていた奴隷は、全てを失い、他の主人の下で働く事になります。
主人が変わった奴隷が、再度出世する見込みは、あまり多くなかったそうです。
投稿日時 - 2005-05-07 23:49:21
お礼
再びご回答ありがとうございます。サーリフが死んだら、その子供の奴隷になったとしても出世することがないので、殺してしまったのですね。実力次第で一般人より奴隷の方が偉くなるみたいですが、買ってくれる人が入れば奴隷ということなのでしょうか。一般人と奴隷の違いは自分の財産を持っているかということでしょうか。それとも軍人は皆奴隷ということで、軍人に対して非常に厳しかったということでしょうか。奴隷から一般人になるケースはないのでしょうか。
投稿日時 - 2005-05-08 09:12:14