解決済みの質問
『歴史から学ぶ』って何?
年号を覚えることではありません。過去の歴史から教訓を得たり、感動を得たり、祖先を尊ぶ気持ちを育てること、これが歴史を学ぶということではないでしょうか?
鎌倉幕府をイイクニと覚えるなら、もっと覚えなければならないことがあるでしょう!
また、戦後のわけの分からない社会教育のおかげで、『日本は悪いことをした』という誤った風潮の中で近代史を学んだ(?)おかげで大方の日本人は自虐的史観を持って未だに自国に誇りや自信を持つことができない(誇りを持つと右翼だと糾弾されるでしょう?)ままでいます。
よって、学校で学ぶ歴史なんてのは受験勉強用だけのものであって何の価値もありません。
きちんと歴史を学ぶためには色々な本を読んで、自分の中で歴史的の主義主張を確立することではないでしょうか?
投稿日時 - 2005-02-27 01:07:21
お礼
たしかにそうですね。歴史は過去の資料や発掘物から推測した意見ですものね。人によって意見が違うのは当たり前。教科書を読むことが歴史の勉強ではなく、いろいろな人の著書から幅広い知見を入手し、自分なりの考えが持てることになることこそが歴史を勉強したということになるんでしょうね。まあ、そのためには教科書もひとつの知見として捕らえることが大事であることですね
投稿日時 - 2005-02-28 10:55:25
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ベストアンサー以外の回答(5件中 1~5件目)
遅くなりました。こんにちは。
>そういうときに受験のときの覚え方が邪魔をしてくるよう
>なのです
覚え方が邪魔をするというよりも、「歴史」の勉強とはこんなものだ(こんなものに過ぎない)という偏見のせいであるような気がします。年号を覚え、人物名を覚え、漢字で書けるようにし、政治をやったら次は文化、イギリスの次はプロイセンを覚え・・・・などなど。
ですが、センター試験程度の問題レベルですら、史実を順番どおりに並べるなど、多少高度な問題が見受けられます。これは大体の場合、単純な年号暗記では対応しにくいような分野、テーマから出題されています。
そこで必要とされる能力は、当時の社会の情勢を歴史的出来事から推測し、見えない流れを理解するというものです。これは歴史研究には必須。
国立大の二次試験や一部の私大の論述問題は、それよりも上の理解力と応用力が求められています。学問とは本来、そのような能力をこそ育てるべきものだと思います。
#4の方も仰っている通り、生物学でもなんでも一緒だと考えます。学問というものを、ただ入試に必要だから、教師や親に言われているからやっているだけ、という捉え方をしている人間にとっては、勉強とは等しく書いてあることを覚えるだけの「作業」であり、その態度に「研究」の下地を見出すことは難しいです。
hagfishさんは理系の院に在学されながら、歴史に対してそのような認識をされており、とても理解力のある方とお見受けします。昨今の学生が学問に対する本質的興味を失っているという悲しむべき現状に対しての無意識の憂慮から、このような疑問を呈されたとのだと勝手に推察しました。
私の考えは以上です。
投稿日時 - 2005-02-24 15:36:37
お礼
回答ありがとうございます。
わたしは日々の生活をゲームにたとえるなら学校の勉強はゲームをするときにあらかじめ聞かされるルールを習っているのだと考えています。たしかにゲームをするときは楽しいでしょう。しかし、そのルールを長々と聞かされればそれは退屈以外の何者でもないような気がします。だからよい先生と悪い先生との境はルールを教えながらもそのゲームの本質の部分を触れれる先生なのかもしれません。
わたしは高校や中学の授業は嫌いだったくせに知見だけはほしいと思っていた口です。なぜなら、知見があればあるほどテレビを見るにせよ旅行に行くにせよ持っていない人と比べると何十倍も楽しめると思うからです。
投稿日時 - 2005-02-28 11:02:53
学説が対立している場合.悲惨です。
センター入試は.ある教科書メーカーの教科書の範囲しかでません。しかも.東大の先生の学説しかでません。
これに反対する学説の大学にいこうものならば目いっぱい苦労します。
例.米国某大学留学。中国某大学留学。
教科書の内容が常に正しいわけではない野のです。私なんて小学校しか出ていませんから.途中を省略して大学に入ってしまったから.見ること聞くこと新しいことばかりで楽でした。同級生は.戦時教育で変なことばかり教えられていたから苦労しました。第二文部省とも言われた某出版社の影響をうけた人々も悲惨でした。
投稿日時 - 2005-02-24 10:12:34
お礼
回答ありがとうございます
たしかに中学高校のときは教科書に書いてあることがすべてであるといった具合に勉強しますよね。いいようにいうと純粋だったのかもしれません。理科は根本が覆ることはほとんどないですからねその体制もまま勉強が進むのかもしれません。自分の知識をいったん打ち砕くこういう気質が歴史の勉強には必要になってくるんでしょうね。
投稿日時 - 2005-02-28 10:49:12
それは「弊害」ではなく、応用力、分析力が利かない、ということだと思います。
受験勉強時は、ただ時系列に並んだ出来事を覚えるだけのことですから、覚える量は多いものの、単に単語(歴史用語・人物名など)の暗記をするだけです。
もちろんそれだから簡単と言うのではないですが、それだと知識の塊になってしまい、その歴史の背景にあることや、その出来事がどんな意義があったかなどの考察が非常におろそかになり、質問者様言われるような「応用の歴史知識を肉付けできない」と言うことにつながるんだと思います。
でもこれは、受験勉強によって得た知識がもたらす弊害ではなく、ただ「暗記」と詰め込んでいく授業の仕方、また、語句の暗記だけで事足りるような問題作成をする大学側に問題がある気がします。
結局、入試で求められている事を受験勉強ではするのですから。
ですから、良い先生に教わると、歴史を非常に深く掘り下げてくれ、洞察力、観察力が身につきます。
(そうは言ってもカリキュラム上、そんな時間はなく難しいのですが。。)
しかしながら、受験で「暗記」した知識は、最低限歴史を理解するのに必要不可欠なものばかりであり、これはこれで非常に役に立っていると私などは実感しています。
これは生物学も同じ事が言えると思うのですが。。
私は文系であったので、生物は単に暗記物だと割り切っていました。
細胞各所の名称を覚えたり、卵の分割(?)の順番とかおぼえたり。。
それでそこそこ点数が取れていました。
でも、例えば入試なんかですと、卵の分割の実験結果から何が分かるのか、とか、グラフの数値から読み取れる事はなんであるか、とか、とにかく名称を暗記してるだけでは手も足も出ない問題ばかりです。
(もっとも、質問者様に言わせれば、それも何か受験テクニックで乗り切れるのかもしれませんが。。)
それでも、まずはこういう名称すら知らないと、生物学に入っていけないわけですから、それがまったく無駄であったり、弊害があるとは感じません。
>受験勉強で歴史を勉強した後、大学の応用レベルの歴史や趣味で歴史を勉強したときそれが逆効果になった経験
経験談にはなりませんでしたが、逆効果になるということは(上に書いた理由から)考えられないです。
>あれを聞くと正確な歴史が身に付かないような気がいつもいたします
正確な歴史とは何か、という疑問もありますが、受験テクニックで覚えた歴史であっても、それは「正確な歴史」=「歴史とは何であるか」を理解する第一歩であると考えます。
以上、ご質問の主旨と若干ずれまして、また駄文にて失礼しました。
投稿日時 - 2005-02-24 02:19:00
お礼
応用力と分析力とは違うような気がします。分析力応用力とは既存の知識の批評・組み合わせによる新しい知見の構築ですからね。知識の積み重ね方の相違が影響している気がいたします。理科の知識はいわゆる逆ピラミッド型に知識を積み上げていきます。その根本にある化学物理法則はよほどのことがない限り覆らないんですよ。そのため、その根本をほんとうに大事にいたします。しかし、歴史などは高校で習った根本のピラミッドのまわりに新たに知識のピラミッドを立て戦い合わせる手法になります。やはり、大きな目で全体を捉える既存の知識に依存しない体制が必要なんですかね。頭が固くなっているのかも。
投稿日時 - 2005-02-28 10:39:52
ああ、そういうことですか。ちょっと誤解してました。
仰られた例に関しては、確かに、受験レベルではその程度の括り方で問題ないでしょう。ですが、それが大学での研究の支障になるのも事実ですね。
実際に大学で研究されたらわかると思いますが(学部の間は大して差が出ないので、やはり大学院進学以降)、高校での勉強は、何をどうやったって研究で必要な知識量の足元にも及ばないです。
そういう意味で、何をどんな風に覚えたって、大学で本格的にやり始めたらどっちもどっちだ、という極論も可能です(^^;;
結局のところ高校の間は、できるだけ正確な知識を、ただ丸暗記するだけじゃなく、しっかりと体系立てて興味を持って覚えるということに腐心するのが良いと思います。
投稿日時 - 2005-02-23 16:30:13
お礼
回答ありがとうございます。
ちなみになぜこのような疑問が生まれたかというと、私は生物系の大学院に所属しているのですがそこで友人たちと歴史について話していたことが発端です。生物系の大学にも一般教養として歴史の授業が入ってくるのですが、どうも受験勉強の歴史に応用の歴史知識を肉付けできない人が多いようなのです。理系の授業では高校でやった基礎知識が覆らず、そのまま上に知識を積み重ねることができますが、歴史はさまざまな側面から見た知見を組み立てていかなくてはいけませんよね。そういうときに受験のときの覚え方が邪魔をしてくるようなのです。そういうことがほかでも起こっていることなのかを興味を引かれたからなんです。
投稿日時 - 2005-02-23 18:17:22
高校時代に覚えることで、少なくとも覚えて損をすることは一つもありません。大学で歴史を研究するのであれば、受験とはまた異なる知識や考え方が必要になりますが、その基礎はやはり高校で習うものなのです。
でも、受験の弊害は、ないわけではないです。
たとえば、受ける大学によっては、政治史がよく出たり、文化史がよく出たり、明治以降が多かったりというように、その大学の問題の癖ってのがありますよね?それに特化して勉強し、知識が偏ることは、あまり良いこととは思えない気がします。
どちらにせよ、大学で歴史を専攻するのであれば、高校時代に手に入れた知識や考え方の上を行く専門性が必要です。ひとまず高校生の間は、基礎を多く覚えておくことが大事ですよ。
投稿日時 - 2005-02-23 13:44:52
補足
回答ありがとうございます。私の言葉が足りなかったのかもしれません。例を挙げますと、世界史のメソポタミアの分野で民族系統の暗記の際、ヒッタイト・リディア・アケメス朝以外はセム系と覚えれば受験は乗り切れると教えられます。つまり、暗記の仕方が受験対策で歴史の勉強になっていないのです。確かに受験ではありがたいことこの上ないのですが、この知識のまま応用の分野を勉強した場合、大変なことになりますよね。そういう意味での弊害のことです。
投稿日時 - 2005-02-23 14:01:00