なんでコロンブスって歴史に残ってるの?(1/2)

解決済みの質問

なんでコロンブスって歴史に残ってるの?

コロンブスってテレビとかで紹介される時、たいてい「アメリカ大陸を発見した人」ですよね。
なんであんなでっかい大陸と少々を発見しただけなのに、それに調べたら黒人奴隷制度を取り組んだらしいですね。それにそれに、自分が発見した大陸を死ぬまでアジアだと思ってたって話じゃないですか。
なのになんであんなに歴史の中心にいるんでしょうか?信じられません。この謎を解決してください。回答よろしくお願いします!

投稿日時 - 2005-01-14 18:40:56

QNo.1167674

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

なんだかデタラメの回答が多いのでね。

15世紀の後半から16世紀の前半にかけてを大航海時代と言うんだけど、この時の航海の目的地はインドへ行くこと。で、インドってのはどこかと言うとヨーロッパ人にとっては本当の場所はわからなくて東の方の遙か彼方でしかないのさ。香辛料とかそういう貴重なものがやってくる場所という認識なんだね。陸続きで行こうとするとオスマントルコという大国があって行けないので海路でインドへ行こうとするんだけど、アフリカまわり(というオーソドックスな方法)はエンリケ航海王子がスポンサーとなっていたポルトガルが先行していたという訳。

で、ここでジェノヴァ人のコロンブスがトスカネリという人が地球球体説に基づいて書いた地図(でもその地図にはアメリカ大陸が書いてなかった=アメリカ大陸は知られてなかった)を見て、なんだ西に行けばインドへ行けるじゃんと思ったのね。

で、そのアイデアをポルトガルの競争相手だったスペインのイサベラに売り込んだのさ。で、費用を出して貰って「いざ行かん」と西に航海し出したんだけど、当時の一般常識では地球は平らだと信じられているし海図では西の方のある地点で海がゴウゴウと滝になって下に落ちている絵が描かれていたんだね。

だから、船員たちは西に行くことに反対して、コロンブスが寝ている間に船の向きを変えたりして妨害するわけ。で、それに気がついたコロンブスは怒ってもとの進路に戻させる、また進路を変えられると繰り返すので後になると2週間もあれば横断できる大西洋をわたるのに60日ぐらいかかる(このため正確な距離がわからず実際よりも遠くに行ったことになってしまう)。

だから、ようやく到達した島をインドあるいはその周辺の島だと誤解するわけ。海路でインドに行った初めてのヨーロッパ人の栄光を輝かすわけだからね(もちろん事実は違うけど)。で、戻ったコロンブスはインド総督に任ぜられてそのあと3回、合計4回彼の思っていたインドへ航海するんだけど・・そこは伝えられていたような文明もなく豊かでもなかったので、結局総督は辞めさせられるんだね。

ついでに言うと、ここが新大陸であると確認した人がアメリゴ・ベスプッチで、ドイツ人の地理学者がこの大陸を「アメリゴの大陸」として書いたのが広まってアメリカ大陸になったのさ。もう1つおまけに書くと、コロンブスの名前はコロンビアという国名となって残っている(このコロンビアも初めはずいぶん大きな国だったのがいくつかに分裂して小さくなった)。

さて、これだけの知識を前提として言えば、やっぱりコロンブスは大航海時代以後、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に移住するきっかけを作ったわけ。当時の迷信だらけのヨーロッパで実際に行くことで滝から落ちることはないと実証したのは大変大きなことさ。スペイン人たちはインカ帝国とかアステカ帝国とかを征服して、新大陸の金銀をヨーロッパに持ち込んで経済的にも大きな影響を与えたし、ヨーロッパが世界を支配するようになるきっかけを作ったんだから、重要視されても不思議でも何でもないんだよね。

投稿日時 - 2005-01-14 21:00:50

お礼

へェ~、へェ~、へェ~、へェ~・・・。
そうなんですかー。真実を知ると謎じゃないですね。
語尾は腹立つけど、メチャ納得しました!
回答ありがとうございました!

投稿日時 - 2005-01-14 23:17:02

ANo.8

14人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

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ベストアンサー以外の回答(10件中 1~5件目)

ANo.11

ヨーロッパ人がアメリカ大陸を手に入れるきっかけを作ったからではないですか。誰がコロンブスを発見したかという本がありますね。当時アメリカ大陸に住んでいた人たちの中で誰が最初にコロンブスがやってきたことに気がついたのかという話です。アメリカにしてもインドにしてもインディアン(!)にしても黒人にしてもヨーロッパ人から観れば同じようなものだったのではないでしょうか。

投稿日時 - 2005-01-15 05:56:13

ANo.10

ほとんど回答が出尽くしたと思いますが、、彼が歴史に名を残す事となった、自分なりの考えを書かせてください。

コロンブス以前の冒険家は、東回りの航海をして、喜望峰やインドに到達していました。#8さんの回答にもあるように、西は巨大な滝があって落ちると考えられていたからです。
でも彼は、危険を承知で西回りの航海に臨んだ。
結果、滝に落ちることなく大陸にたどり着いた。

つまり、西回りの航路を最初に切り開き、その後、様々な冒険家がアジアへ早く到着するため、西方航路を研究するようになったきっかけを作ったからだと思います。
(悪く言えば、スペイン、ポルトガルがアメリカ大陸の国々を侵略するきっかけ)

またそれは、地球が丸いという証明にもなりました。
そして、たどり着いた大陸が、今までヨーロッパ人に知られていない大陸であったということも、コロンブスの知名度(?)を上げていると思われます。
「アメリカの発見」という、センセーショナルなネーミング(キャッチコピー?)のせいだと思います。その当時、「アメリカ」なんてないし、「発見」という言葉も語弊がありますしね。

しかし、航海術がすごいから、、という理由にはイマイチ賛成しかねます。
コロンブス以前にも、大航海をした人々はいくらでもいるからです。
コロンブスより80年程前、中国人の率いる大艦隊は、東南アジアからインド、アラビア半島のメッカなどを渡り、アフリカのケニアにまで到達しています!

以上、思ったままを書いてみました。
蛇足にて申し訳ないです。

投稿日時 - 2005-01-15 00:43:53

ANo.9

当時の航海というのは沿岸航海と言って、陸地を確認
しながら進むものが主流だったんです。

その方法で1488年にバルトロメ・ディアスと
言う人が喜望峰というところまで行ったのも
大成果だったんですが、コロンブスは一気に
何の目印もない大海原を進んだところに
歴史的価値があります。

コロンブスが経度方向の移動距離の
測定に失敗したことはNo.6のご回答
のとおりで、これが船の上でも使える
機械式時計、いわゆるクロノメーター、
ウォッチの開発に繋がりました。
ウォッチの原型説はいくつかあるのですが、
一例は1502年ころのドイツ製の
ものだったと言われています。

大航海時代は、探検の時代で、悪く言うと
行き当たりばったりだったのですが、
商業用ルートとして使うには、安定した
航海が必要で、星の位置をもとに
正確に航行するために、精度の高い
天体観測データが重要視される中、
17世紀には貴族の私的な天文台
ではなく、国が天文台を作る
ようになったんです。

この大元はやはりコロンブスの
大航海ということで、特に
歴史的に意味があるんです。

投稿日時 - 2005-01-14 22:07:19

ANo.7

#6さんに補足。

アメリカという名は南アメリカを探検したイタリア人、アメリゴ=ベスブッチの名前にちなんでいます。

これだけだと質問の回答じゃないので、一応回答も。↓

冷蔵庫なんか無い当時、非常に重宝されていた香辛料はほとんどアジア製で、ヨーロッパからアジアに船で行くのにはアフリカ大陸の先っぽをグルっと迂回して行くのが当たり前だった。
それをコロンブスは「地球は丸いから逆から行ったら近いんじゃね?」と、当時誰も考えなかった発想で大西洋に飛び出した。
大西洋の西に何があるかもわからないのに、自分を信じて西に進み続けた。
偉大なるバカ、コロンブスは歴史に名を残すのに十分な功績を残したと思います。

投稿日時 - 2005-01-14 20:23:01

お礼

えっ?当時地球は丸い説があったんですか?
でも自分を信じて進むという事は凄い事ですよ。
ジョークが通じないバカですみません・・・。
回答ありがとうございました!

投稿日時 - 2005-01-14 22:33:20

ANo.6

だいたい発見者だっていうのに、その大陸の名前と
して残らないのも変です。(笑)
 アメリカは確か、アメリカーゴ???だとか
言う人の名前にちなんで名づけられた。


>自分が発見した大陸を死ぬまでアジアだと思ってたって話じゃないですか。
なのになんであんなに歴史の中心にいるんでしょうか?

 非常にに精度が悪いながらも、近代航海術を
使った歴史的航海だからでしょう。

 インドと間違えたというのは、コロンブス
の間抜けさを象徴するものでなく、
経度方向の測定技術の未熟さを物語って
いるんです。つまり、その程度の航海術で
アメリカまで行ったというところがすごいんです。

 航海をするためには、船の正確な位置、
つまり、緯度、経度方向の測定が必要です。
緯度方向は太陽などの高さで比較的簡単に
分ります。農業のために、いつ頃の季節に
どのくらいの高さに太陽があるかは
よく知られていたんです。
赤道に近づけば同じ時期でも太陽は
高く見えます。これを六分儀という
望遠鏡つき分度器で測ればいい。

 ところが経度方向は、基準点からの
移動距離で割り出さなければならず、
そのためには、船の速度、経過時間の
測定が必要で、これと星の位置を
組み合わせることから、高度な測定
技術と精度の高い天体観測データが
必須なんです。
 船の速度に経過時間をかければ
移動距離が出るといった具合です。

 1492年当時、精度の高い機械式の時計は
柱時計、つまりクロックしかあり
ませんでした。これはゆれる
船の上では使えません。
確かコロンブスは砂時計を使って
いたと思います。
ゆれる船の上でも使えるようにと、
ゼンマイ式時計、つまりウォッチの
原型が作られたのは16世紀になって
からで、実用に耐えうるようななものが
できたのは17世紀になってからです。

 正確な天体観測データが集まり
始めたのもやはり17世紀から
で、海上の商業用ルート
開拓のために各国が国立天文台を
設立し始めたのがきっかけでした。

 イギリスのグリニッジ天文台が
経度方向測定の世界的基準点になった
のは、グリニッジの観測データの
測定精度が高かったことが1つの
理由です。

 ということで、正確な天文データも
正確な時計もなく、太平洋上では
目安にできる陸地も見えなかったため
コロンブスは移動した距離を正確に割り
出せなかった。
それでアメリカをインドと思ったわけです。

 しかし、経験則による古代的
航海術から、一歩進んだ航海方法に
よって成功した大航海のため、
コロンブスは歴史に残ったんです。





 

投稿日時 - 2005-01-14 20:09:05

お礼

う~ん、やはり船を操縦する事は難しいんですか。機械なんて無かった時代ですからね。自分が当時の船でコロンブスと同じ脳を持ったとしてもアメリカには辿り着けないでしょう。
回答ありがとうございました!

投稿日時 - 2005-01-14 22:23:17

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