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お礼率 58% (269/463)

一つ疑問に思うことがあります。それは、日本に英語(に限らず外国語)という言語がどのようにして理解されていったのでしょうか?

説明が悪いかもしれませんが、つまり、英語が日本に伝わった1番はじめ、だれが英語を翻訳できたのでしょうか?

うまく説明できません。補足があれば付け足して下さい。

宜しくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3

日本は地続きの国境を持たないため状況が異なりますが、通常は外国語の習得は国境に住む人を通じて行われます。地続きの国境を持つ世界中の国の国境の人々は最低二カ国語を話します。次に難破、貿易、戦争等で国境を越えた地域の外国語を習得する機会があります。こうして、これらの言葉を通じて、未知の国とも意思の疎通が可能になるわけです。古くはヨーロッパではラテン語やギリシャ語を通じて、他の国と理解しあっていました。東洋では中国語がその役を果たしていました。

初めて日本に漂着したポルトガル人(鉄砲を日本へ伝えた)は種子島の領主と中国語の通訳を通じて筆談したといわれます。江戸時代には長崎にオランダ商館が出来て、日本人はオランダ語を学び、西欧の進んだ医学や情報を入手していました。幕末にアメリカのペリー提督が軍艦4隻を率いて開国を迫ったとき、交渉の共通語になったのはオランダ語でした。最初に英語を学んだ人たちはオランダ語の知識を持つ人々でした。高知県出身の漁師が難破してアメリカの捕鯨船に助けられてアメリカに渡り、英語、航海術、捕鯨術等を学んで帰国したのは1850年でした。英語を現地でマスターした日本人第一号はジョン・ 万治郎の名で知られるこの男です。
幕府は1858年、オランダ語の学者や通訳を教授陣とした英語伝習所を開き、明治初期には初の外国語学校として正式にスタートしています。

参考までに新大陸でインカ帝国を降したピサーロもアステカ帝国を征服したコルテスも通訳を伴っていました。これは彼らがスペインから直接攻め込んだのではなく、コルテスはキューバ、ピサロはパナマという基地を設け、運よく通訳を入手することが出来たからです。当時の通訳は複数の言語を通したものでした。
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  • 回答No.1
レベル5

ベストアンサー率 0% (0/5)

昔、テレビ番組か何かでやっていましたが、まったく知識ナシで言語をネイティブから学ぶ場合、とりあえず紙にグチャグチャっと書くそうです。そうすると、現地の人は彼らの言葉で「何?」と言うはずですから、そこからその「何?」という意味の単語を使って周りにあるものから学んでいくそうです。 でも、最初に「何?」って言わなかったらどうするんですかね? もしかしたらあんまり回答になってないかもしれないですけど参 ...続きを読む
昔、テレビ番組か何かでやっていましたが、まったく知識ナシで言語をネイティブから学ぶ場合、とりあえず紙にグチャグチャっと書くそうです。そうすると、現地の人は彼らの言葉で「何?」と言うはずですから、そこからその「何?」という意味の単語を使って周りにあるものから学んでいくそうです。

でも、最初に「何?」って言わなかったらどうするんですかね?

もしかしたらあんまり回答になってないかもしれないですけど参考程度に…
  • 回答No.2
レベル10

ベストアンサー率 30% (25/81)

これは、マタギ(山間部狩猟生活者)や、水先案内人にもいえることで、通訳(翻訳)者もそうでうすが、一番初めのそれらの人たちは、一体どうやってそういう知識を身に付けたのか?とうのは不思議なことです。 全くの素人の推察ですが、…。 こういうところで、当時の「健全な」社会からは「変わり者」と見なされたり、「変人」とされたり、後ろ指をさされたりしている人たちが、初期のそういう知識を蓄えた人として、幕府と ...続きを読む
これは、マタギ(山間部狩猟生活者)や、水先案内人にもいえることで、通訳(翻訳)者もそうでうすが、一番初めのそれらの人たちは、一体どうやってそういう知識を身に付けたのか?とうのは不思議なことです。

全くの素人の推察ですが、…。

こういうところで、当時の「健全な」社会からは「変わり者」と見なされたり、「変人」とされたり、後ろ指をさされたりしている人たちが、初期のそういう知識を蓄えた人として、幕府とか政府の陰では、実は役立っていたのではないでしょうか?

例えば、普通の「善良な」民が稲作をやっているときに、上手く溶け込めずに、山での生活をするようになった人…これが初期のマタギ・登山案内人として、必要な時には、役立った。ただ陰の功労者ではあるが、歴史上は記録に残らず消えていった。

例えば、日本でない国を目指していた商船が難破して偶然日本に漂着した西欧人が現地の地元民の異性と生活をともにするようになった。どちらも現地の民からは迫害されたりしてひっそりと暮らしていたが、あるとき幕府からの指示で通訳がどうしても必要というときには、その西欧人が借り出された、とか…。
  • 回答No.4
レベル11

ベストアンサー率 24% (92/378)

>でも、最初に「何?」って言わなかったらどうするんですかね? 「何」から入らなくてもいいんです。 例えば、相手の目の前で紙を口にくわえて見せます。 それを見て相手は「紙をくわえたぞ」なんて言うかもしれません。 その言葉をしっかりと覚えておきます。 次に石をくわえて見せます。 「石をくわえたぞ」なんて言ってくれたら、しめたものです。 「石」「紙」「くわえる」という言葉の見当がつきます。 ...続きを読む
>でも、最初に「何?」って言わなかったらどうするんですかね?

「何」から入らなくてもいいんです。
例えば、相手の目の前で紙を口にくわえて見せます。
それを見て相手は「紙をくわえたぞ」なんて言うかもしれません。
その言葉をしっかりと覚えておきます。
次に石をくわえて見せます。
「石をくわえたぞ」なんて言ってくれたら、しめたものです。
「石」「紙」「くわえる」という言葉の見当がつきます。
こうしてつけた見当が正しいかどうか確認するには、
石を相手に見せながら自分が「石」だと見当をつけた言葉を言ってみて、
相手の反応を見ます。
今度は石を投げてみせれば、「投げる」がわかります。
  • 回答No.5
レベル14

ベストアンサー率 46% (1678/3631)

 これらの船は、肉体労働や下働きとして、中国人を乗せていました。中国人はあるていど、命令としての外国語が理解できたので、日本人との間で筆談することによって、彼等をとおして、外国語が理解できました。当時の筆記用漢字は話し言葉ではなく、書き言葉として、ベトナム・朝鮮を含む東洋常識人の共通語でした。
 これらの船は、肉体労働や下働きとして、中国人を乗せていました。中国人はあるていど、命令としての外国語が理解できたので、日本人との間で筆談することによって、彼等をとおして、外国語が理解できました。当時の筆記用漢字は話し言葉ではなく、書き言葉として、ベトナム・朝鮮を含む東洋常識人の共通語でした。
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